「もっと裾に向かってボリューム出したいな」

「了解。レースは?」

「こうして見るとイメージ違うよね。内海ちゃん、この間のレース使える?」

「そっちも変更ね。わかった」


実際に着てみれば、プロ二人は真剣な目で私の着ている服を見た。こうして色んな服が生まれてるんだな。それがわかるのはまさに社会見学だ。






■■■






だだっ広いアトリエをの紙類を片付け、私達はお茶をすることにした。二階の事務所で働く女の人、外村さんが温かい紅茶とクッキーを持ってきてくれたのだ。クーラーで冷え切った部屋なので、温かいものを出してくれるのはありがたい。

加々美さんは紅茶に砂糖をたっぷりと入れていて、私は紺スエットの時同様にぎょっとした。

内海さんは無糖の紅茶を飲みながらクールに答える。


「気にしないで。何かを生み出す事ってかなりの栄養が必要だから。だから加々美は太らないし病気にもならない。……普通の人よりはね」

「加々美さん、部屋の中でじっとしてるだけだけど、そんなにカロリー消費すんのか。デザインってダイエットになるのかな」


リーチ君は言ってからクッキーを頬張る。加々美さんは男性としては痩せている方だけど、裏ではこんな砂糖の液体を飲んでいたのか。となると、デザインとはハードな運動並にカロリーを消費することになる。

ちなみに加々美さんはその砂糖紅茶を一気に飲み干しまたシャカシャカと紙にデザインを描いていた。


「ものを作るのって言うのは模倣……真似することが基本なんだよね」

「マネ?それじゃパクリとか言われねーの?」

「下手な人だと言われるかもね。だからそう言われないように、何かの真似をちょっとずつして自分らしいものを作る。誰も何が何のパクリだなんてわからないくらいにね」


リーチ君にもわかりやすいよう内海さんは説明してくれる。より社会見学っぽくなってきた。


「ただ、それだけ真似をするのって大変だよね。例えば、百人の漫画家さんの真似をして、一本の漫画を作るとする。それだってお金は勿論かかるし、時間も必要。それにその内容すべてを覚えなくちゃいけない」

「……うん、漫画一冊五百円としても一巻では終わらないよな。漫画家一人あたりに大体十巻買うとして五千円。それが百人分になると……五十万!?」


さすがリーチ君はすばやくお金の計算をする。あくまで予想の話だけど、百人の漫画家を知るだけでもそれだけのお金がかかるという事だ。

しかも百人で済めばまだいい方。千人分の知識から生み出す人もいるかもしれない。それだけの知識がないと生み出せない。

私だって、たまに料理で新メニューを考えたりするけど、カレーにチーズを入れるとか、たらこパスタのソースをポテトサラダに入れるとか、誰かが考えたレシピとレシピを重ねるだけだ。もっと一から何かを作るにはもっと多くの知識が必要なのだろう。


「ま、デザインは全部買わなくても見れるからそこまでかからないかな。それだけの知識を覚えて、必要なものだけ取り出す。それが加々美がやってる事だよ。だからカロリーも必要なんだ」

「全部覚えているんですか?」

「すぐには思い出せないけど、いつか思い出せるようなスペースにしまいこんでるかんじらしいよ。人間、思っているより物事を覚えているけど、思い出せないだけらしいから。それで必要な事だけを思い出す事がひらめきって事なのかな」


内海さんから丁寧な説明を聞いて、私はたすく君の事を思い出した。たすく君は全部を覚えて全部を思い出す事が出来る。それは当然すごいことだ。

でもいつか必要になる知識をため込んで、必要な時だけにだすのもすごい事だ。おととい食べた夕飯を思い出すのにも苦労するのが普通の人間だと思う。

私はいままでデザインというと、センスのある人がすぱっと作るものだと思っていた。けど実際は違う。色んなものを見てきた人がその中から選ぶ。それがセンスになる。私は改めて加々美さんを尊敬した。


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