長い前髪はちょんまげみたいに結われて、寝不足なのか目元にはクマがある。これが本当に加々美さんなのか。


「ああ、そっか。二人はこういう加々美を初めて見るっけ。これは加々美デザイナーモード。服作るのって思っている以上に重労働で時間との戦いだからさ、こういう楽な格好じゃなきゃならないんだよね」

「へ、へぇ……」

「服飾の学校でも、皆おしゃれなのは最初だけなんだよ。だんだんと課題に追われて服も化粧もしてる暇ないっていうかさ」

「う、内海さんもそんなかんじなんですか?」

「うん? 私はこういうカッコが多いかな。化粧もそんなしないし」


そう言って腕を広げた内海さんの格好はシャツとジーンズ。シンプルだけど着る人のおかげでおしゃれに見える。良かった。内海さんまでスエットじゃなくて本当によかった。


「今日引率に志水先生を連れてこなくて本当に良かった……」


リーチ君が小さくつぶやく。気をきかせなくて本当によかった。今の加々美さんが悪いわけじゃないけど、ただでさえ男性に厳しい志水先生にこの姿を見せてはいけない。


「内海ちゃん、小夜子ちゃん来たならアレ着てもらって」

「ああ、『アレ』な」


大人二人は子供二人にわからない会話をする。そして内海さんがクローゼットから冬服らしきものを取り出した。

別にいいけど、加々美さんの方は私達に対して挨拶はない。シャカシャカ音を立てて紙に向かってる。


「小夜子ちゃん。早速で悪いけどこれ試しに着てもらえる? 隣の部屋、仮眠室なんだけど鍵かかるからそこで着替えてね」

「冬服、ですよね」

「うん。クーラー効かせとくから」


そうは言ってもこの部屋はとっくにクーラーが効いていて、寒いくらいだ。


初めての撮影の時もこうしてあれこれ着せられたっけ。

撮影はある程度着る服が決まっているけど、場所や天気、そして実際の私の雰囲気などで変更もあるらしい。いつもあの人達は真剣に私のコーディネートで悩むのだった。こうして私に服を着せるのも、実際にモデルが着用したかんじを確認するためだろう。


私は服を持って仮眠室に向かう。部屋の半分に畳がひいてあった。枕やタオルケットの他、段ボールなどが積まれている。脱ぎっぱなしの加々美さんのものらしき服もあった。


まるで忙しい時のうちの家みたいなここは、くつろぐための部屋のようだ。

と、思ったら、ここにも私のポスターがあった。どれだけ加々美さん達は私を気に入っているんだろう。

そういえば他にポスターはない。そろそろ秋物の季節だというのに秋物のポスターもない。それはちょっとおかしい。だって、これだけ広告の必要なお店なら、記念でも宣伝でも、とにかくポスターを貼っていてもおかしくないはずだ。リーチ君の事務所だってもう引退した女優さんのポスターが貼っているくらいだ。

それだけ『前に一緒に仕事した人』は大事なものなのに、何も残っていないのはおかしい。

確かエレベーターで前のモデルさんについて聞いたとき、内海さんは気まずそうにしてたっけ。


……なにかあったのかな。

前にリーチ君が言っていた。宣伝をする人間は、ちょっとでも悪事を働けば、その広告は全部使えなくなってしまう、って。


『小夜子ちゃん、着替えられるー?』


外から内海さんの声がして、私ははっと気づく。今は着替えないと。それになにか良くないことがあったのなら聞いてはいけない。

気持ちを切り替えて、服を着替える事にした。

これもワンピースだから着るのは簡単だ。ただ、ちょっと着心地にいつもと違う変な感じがする。服を裏側から見ると、縫い目が荒かった。二人がとりあえず縫ったばかりの服なのだろう。

着替えがすぐ済み、鍵を開けて部屋を出ると加々美さんがいきおいよく立ち上がった。


「うん、いいっ」

「写真ちょっと撮らせてね。これは私達の確認用だから」


私の周りをぐるぐる回る加々美さんに、スマホを向ける内海さん。とりあえずモデル業に慣れた私は服が見やすいポーズをつけることにした。あまりしわが見えないようにデザインがわかりやすいようにするのがポイントだ。

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