「家族ぐるみなんだ?」

「あの人うちの家族にモテるからさ。ただのイケメンなら親父の反感買うけど、イケメンな女子だからな。もう皆に大人気」


内海さんはミロワールのパタンナーで、加々美さんの仕事のパートナー。背が高くてショートカットがかっこよく似合う彼女は確かに女の人にもモテることだろう。とくに女家族の多いリーチくんちではそうだろうなと思う。


芸能事務所を出て私達はしばらく若者の街を歩いた。ファッションのお店の並びを通り過ぎ、裏側に入った所に、ミロワールのアトリエ兼事務所の入っているビルがあるらしい。

三階建てのビルだった。外観は普通の小さいビルだけど、ところどころにミロワールのシックで可愛いロゴがある。入り口にてすらっとしたイケメンが手を振っている事に気付いた。内海さんだ。


「小夜子ちゃんにリーチ君、いらっしゃい。よく来てくれたね」


そう優しく声をかけてくれる内海さんはお姉さんっぽい。けど今日も白いシャツにラフなジーンズがよく似合うイケメンだ。


「今日はよろしくお願いします」

「いやいや、こっちこそよろしく。三階で加々美が待ってるからね」

「加々美さんも待ってくれたの?」

「待ってくれてる、っていうか、カンヅメ中。デザインできるまで外には出さないの」


つまり仕事ができるまで外に出れないというのか。デザイナーというのも大変なのかもしれない。きっと加々美さんならそれなりのデザインはすぐできるだろうけど、それで納得するような人ではないから。


「一階が受付とか応接間とか倉庫ね。二階が事務所で、三階がアトリエってかんじかな」


内海さんがエレベーターに私達を招きながら説明してくれた。そのエレベーター内には私の写真がある。


「おっ、小夜子のポスターじゃん」


それは私がミロワールの服を着て写っているポスターだった。私も一枚貰ったし、リーチくんちの事務所の隅っこにも貼ってあるやつだ。

夏用の白いワンピースを着てオシャレな洋館に立っているポスター。これが自分だっていうのは信じられないくらいにモデルっぽい。


「これね、かなり好評だったんだよ。もともと広告の服はよく売れるものなんだけど、今回は普段より売上がすごくってね。やっぱりモデルがいいからだよね」


内海さんがにこにこしてから言うので、私は照れくさくなった。

ものをよく売れるような見本であること。それがモデルの役目だけど、改めて言われると嬉しくて顔がにやけてしまう。

でも、『もともと広告の服はよく売れる』って事は、私より前に同じようなモデルさんがいたって事だ。どんな人なんだろう。勝ち誇りたいわけじゃなくて、単純に気になる。


「内海さん。私の前のミロワール専属モデルってどんな人だったんですか?」


気になったから内海さんに聞いてみた。しかし内海さんの笑顔はぴたりと固まった。動くことなく笑顔のまま。それがなんだか怪しい。


「じ、事情があってね。やめる事になっちゃったんだ」


内海さんはぎこちないまま答えてくれた。けどその答えはおかしい。私は『どんな人?』と聞いたのに、『やめた』と答えるなんて。


ひっかかっているとちょうどエレベーターが三階についた。それを降りて、すぐの部屋に入る。扉は開けっぱなしだった。

そこはがらんとした空間だった。大きな机とミシン。あとは壁一面に棚がある。

大きな机には紙類とともに人が突っ伏していた。紺色のスエットにちょんまげみたいな髪をした人だ。


「おい、加々美。小夜子ちゃん達が来たからしゃきっとしろ」


乱暴に内海さんは加々美さんに向かって言う。なるほど、突っ伏していたのは加々美さんだったのか。って、そんなのおかしい。加々美さんと言えばオシャレなスーツの似合う紳士なのに。


私が信じられない気持ちでいると、紺スエットの人は顔を上げた。ずれた眼鏡を直し、私達に気付く。


「わぁ、小夜子ちゃんにリーチ君だー」


その柔らかな声は紛れもなく加々美さんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る