「よし、できた。冬物の直しと春物のコンセプト」


その加々美さんは私達の話も知らずに鉛筆を置いた。どうやらたまっていたデザインの仕事が終わったらしい。内海さんはそのデザインを見てうなずく。


「お疲れ。うん、良くなったな。春物もいいかんじじゃん」

「小夜子ちゃんのおかげでひらいたよ、ありがとう」


変わらず眼鏡と前髪ちょんまげだったけど、私にふにゃりと微笑みかける加々美さんは素敵だった。すごい仕事ぶりを見てしまったからそう思えるのかもしれない。志水先生にもこういう面を見せればいいのに。


「それで、小夜子ちゃん。これは事務所にも話を通してることなんだけど、冬物のモデルもやってくれないかな?」

「ひえっ?」


やはり気の抜けた格好のまま、真面目な事を言う加々美さんに驚きすぎて変な声が出る。冬物のモデル。それは私も願っていた事だ。五月に夏服を撮影した時、『またお願いしたい』とは聞いていた。

けど蘭子さんには『社交辞令の場合もあるから』と言われた。そして秋服の撮影に私は呼ばれなかった。

だからもうこの話はおしまいになったのではないかと思っていたけど、冬服もできるなんて。私は身を乗り出して返事をする。


「やりたいです!冬服!」

「そっか。本人がそう言ってくれるなら良かった。いや、ほんとは秋物もお願いしたかったんたよ。でも予定詰まっていたし、最近は秋物も売れにくいから宣伝にお金使えないしね」

「加々美、広告やる気だったのにな。ほんと秋は広告できなくて残念だったよ」


加々美さんと内海さんがそう言ってくれて、私はほっとした。

秋物の広告、最初から作る気がなかったんだ。『私が選ばれなかった』わけじゃないんだ。

そういえば昔は秋らしい天気というのが長かったって、お母さんが言ってた。でも今は十月過ぎても暑くて、かと思えば急に寒くなる。そうなると秋にちょうどいい秋服というのはあまり売れないのだろう。

今日ためしに袖を通したあの服を、また着れるんだ。今度は広告として。リーチ君はにやにやと

私を見ていた。きっとリーチ君はこのことを知っていて、わかっていて私をここに連れてきたんだ。


詳しい話は事務所から、そう話がまとまったところで、慌てた様子でアトリエの扉が開いた。現れたのはここのスタッフだという外村さんだ。シンプルなタイトスカートにミロワールのトップスを合わせていて、ひと目でミロワール関係者だとわかる。さっきもここにお茶を持ってきてくれた人だ。


「加々美さん、内海さん。少しよろしいですか?」

「どうしたの、外山さん」


加々美さんがやさしい声で尋ねた。外村さんは困った様子で私とリーチ君を見た。しかし私達については何も言わず、加々美さんに紙きれを渡す。

加々美さんはそれを見て目を丸くした。その後内海さんが紙きれをのぞきこんで、やっぱり目を丸くしていた。

そして大人三人は黙り込んでしまった。一体何があったのだろう。とりあえず大人達がびっくりして困っているのはわかるけれど。


「……加々美、どうする?」

「…………知っておいてもらったほうが対処しやすいよ。見せよう」


ミロワールの中心人物である二人はだまりこんだ後、そう結論を出した。

そして加々美さんがその紙をリーチ君に渡して、私はそれをのぞきこむ。

そこにはびっくりするような文章と、写真があった。


『小夜子はこんなダサい格好な上に小学生と男女交際している。ミロワールのイメージを壊すから即刻起用をやめろ』

という文章。

そして私とリーチ君が歩いている姿の写真があった。


悪口だ。私ってダサいのか。確かにお母さんが買ってきたウニクロの服ばかり着てるけど、しょうがないよ。お金ないし、おしゃれなブランドは小学生には買えないし、キッズブランドはサイズが合わないし。

って、それだけじゃなくて、この書かれている『小学生』ってリーチ君の事だよね? 『男女交際』って付き合ってるって事だよね?

なんで二人で歩いているだけでこんな事を書かれなきゃいけないの?しかもミロワールに告げ口するような形で。


「これは、事務所のパソコンのメールに送られて来たんです。ただのいたずらメールだとは思うんですけど……」


外山さんは私達に対しても丁寧に説明する。加々美さんは心配そうにうなずいた。


「この写真の二人の格好、今日撮られたものだね。服装が同じだし、リーチ君はお土産の袋も持ってる」

「背景から見てうちの会社近くで有る事は間違いないな。しかもこのアングルだと盗撮だろうし、盗撮なんてする奴は何してもおかしくはないと考えるべきだ」

「うん。だから警戒した方がいい。ひとまず小夜子ちゃん達は今ここから出ないようにね」


加々美さんと内海さんはまじめに相談して、私達を安心させるためにそう言った。ただのいたずらメールのはずだけど、子供を守らないといけない大人達は真剣に考えている。


『ダサい』格好の私とタンクトップにカーゴパンツのリーチ君。それプラスおみやげ。

まさにこれは今日、ここに来るまでに撮られた写真だろう。勿論私達は許可していない、盗撮だ。

正直こんないたずらをして何がしたいのかわからないけれど、私達の邪魔をしたいのは間違いない。

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