だから私達はこのまま帰るわけにはいかなくなった。盗撮犯は私達に敵意を持っていて、まだこの近くにいる。ここが小学校なら校内放送ののち集団下校で保護者に一斉メールだ。

けれどこの手紙のパターン、なんだか覚えがある。


「そういやうちもそういうメールが来たぜ」

「えっ」


リーチ君が何も怖い事などない様子で言った。私もはっと気付く。ここに来る前、事務所で見せられたあのメールだ。


「『小夜子が違法薬物やってるから解雇しろ』ってさ。事務所にメールが来てた」

「薬物……」

「ありえないよな。小夜子、小学生だぜ。つか、小学生が小学生と交際してても問題ないのに、こんな告げ口するなんて、相手は小夜子の事、小学生だって知らないんじゃないか?」


リーチ君の言葉で告げ口メールの違和感に気付く。そうだ、小学生が小学生と付き合ったって『それがなに?』だ。私はアイドルじゃないし、男女交際禁止なんて言われてるわけではない。同級生と付き合ってもどうもしない。

なのにただ歩いている写真でいきいきと告げ口するのは、私の事を大人だと思っているから。

私が大人と思っているから『薬物に手を出してそう』だとか、『モデルのくせに安物ばかり着てる』とか『子供と付き合ってるなんて悪い奴だ』だとか考えて、告げ口をしたんだろう。


「つまり犯人は小夜子アンチだ」

「アンチ?」

「あー……何やっても嫌ってくる奴。ファンの逆みたいなもん。だから仕事を奪うような告げ口をしたんだ」


リーチ君は私に気を使って説明してくれた。犯人の狙いは私。私が嫌いだから仕事をなくしてやりたかった。

私としては気分よくない話だけど、仕方ない。だって小学生なのにいきなりミロワールの仕事をしてしまった。それってミロワールのファンからしてみれば、『何なのこの女』ってかんじだろう。前にミロワールのモデルをしていた人のファンからしてみればとくにそう思うはずだ。


事件についてはなんとなくつかめては来たけど、大人達三人の表情は浮かないものだった。

真剣な顔のまま、加々美さんはリーチ君に尋ねる。


「……リーチ君。そのメールは過去何度来たの?」

「一回だけど?」

「そっちは一回か……」


ため息と共に呟かれた言葉。原因はわかってきたというのに、どうしてこうも大人達は暗いままんだろう。

そりゃあ告げ口メールに盗撮するような人が何をするかはわからない。けど、いくら私が嫌いだからって直接攻撃するまでのことじゃないと思う。もし攻撃されるとしても、こっちだって警察に助けを求めればいい。


自分達が暗くなっている事に気付いたらしい、内海さんが明るく切り出した。


「リーチ君。とりあえずお家か事務所の人に連絡してくれるかな? こうなったら君たち二人だけで帰せないし、今回の事を事務所に説明した方がいいから」

「蘭子ねーちゃんなら夕方から暇だけど」

「夕方かぁ。でも蘭子さんのが対処できそうだな。お願いできる?」


遅くなってもいいからちゃんとした対応をしたいと、内海さんは考えたらしい。

蘭子さんは大学生なのに事務所のモデル部門のマネージャーみたいな事をしているすごい人だ。おまけに昔はモデルもしていて、表舞台も裏方も知っている。だからモデル関係で困った事があれば蘭子さんならなんとかできる気さえするのだろう。


さっそくリーチ君は蘭子さんに連絡した。けどやはり蘭子さんは夕方まで予定がつまっているため、私達はここで待つ事になった。


「ごめんね二人とも。そこの仮眠室で好きにしてていいから、そこで待っててね」


私達を仮眠室に詰め込むようにして、慌ただしく加々美さんと内海さんは動き出す。きっとこの付近に怪しい人がいないか探してみるつもりなのだろう。


「私、何かお菓子やつまめるものも持ってきます。必要なものがあったら何でも言ってください」


外村さんは私達を気遣ってからアトリエを出た。それも予定にない滞在をする事になった私達が、不自由などないようにしたいのだろう。


慌ただしくなった中邪魔をしてはいけないと、子供二人は邪魔にならなさそうな仮眠室でおとなしくしておく。

リーチ君はさっそく畳じきの部分に飛び込むようにして横になる。そしてスマホをいじる。人のアトリエだというのに、事件に巻き込まれているのに、すごいくつろぎっぷりだ。


「困った事になったね」

「ああ」

「なんだかもうしわけないな。私が嫌われたせいで、こんな事になって」


後ろ向きはいけないとわかっていても、また考えてしまう。今でも不安になる。私がミロワールにふさわしいかって。

今回なんてそのせいでミロワールをバタバタさせている。仕事も進まないはずだし、そんな状態だっていうのに皆私達を気遣ってくれている。


「それだけどさ、お前のせいじゃねーよ。これはミロワールのせいだと俺は思う」

「え?」

「うまく言えねーけどさ、加々美さん達、なんか隠してんだよな。だからお前のせいじゃない」


確かにそう言われれば、そう思えてきた。きっとこれはリーチ君の都合のいいなぐさめなんかじゃない。本当にリーチ君は何かに気付きかけて言っている。

なにより、私にも違和感があった。


「加々美さん、さっきは『そっちは一回か』って言っただろ?」

「あ、うん。メールの回数の話だね」

「それってつまり『うちはもっとメールが来てたけど、そっちは一回か』って意味にならないか?」

「あっ!」


そういえばそうだ。今回告げ口メールが来たのが初めてなら、『そっちも一回か』と答えるはず。言い間違いかもしれないけど、それだけとは思えない。




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