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「とりあえずは夏休みの宿題だな。健がそれをちゃんと提出すれば、元のクラスの湖西先生も許してくれて、元のクラスに戻れるだろ」
池澤先生はプリントに目を向けたままさりげない雑談として言っている。しかしこれは健君のためのヒントだ。
ちゃんと夏休みの宿題をこなせば元のクラスに戻れる。それは健君にとってはかなりの朗報であるはずだ。
なのにその健君は眉間にシワを寄せていた。そこまで宿題したくないのだろうか。
■■■
五年ゼロ組は他にも二人の生徒がいるらしい。どちらも女子。
一人はいじめられてゼロ行きとなった子だけど、現在不登校中。私と似ているので感情移入してしまう。
もう一人は日本人だけどお父さんの都合でアメリカ育ちの子。アクセサリーをつけて登校したり授業中にお菓子を食べたりする子らしい。しかしそれらはアメリカの学校で許されているような事で、それをつい日本の学校でやってしまいゼロ組入りしたらしい。この子は今は単身赴任中らしいお父さんに会いにいってて二学期までお休み。
だから現在五年ゼロ組に在籍しているのは四人だけど、登校しているのは二人。その二人は池澤先生が選んだプリントをすることになっていて、私達は二人ずつに別れてそれを教える事になった。
「俺を教えるのはモデルとキツネかよ」
机を三つ引っ付けると健君はそんな事を言った。健君を担当するのは私とザクロ君。
それでも健君の言うモデルという私の呼び方は生意気に聞こえるけど、なんだか嬉しい。今まで男子には『デカ女』だとか言われてきたから、それに比べれ『モデル』なんて褒め言葉だ。多分来人君が『小夜子先輩はモデルやってる』なんて言ってそうだからそっちの印象がついたのだろう。
「私達じゃ不満?」
「……別に。勉強するつもりなんてねぇし」
ぐちぐちとつぶやく健君。彼はおバカというよりはやる気がないのだろう。とりあえず健君のプリントを見る。それは分数の計算問題だった。しかし解く気配はない。とりあえずやってくれないと、私達も教えようがない。
「……問題、わからないかな?」
「わかるよ。けどやりたくない」
「どうして?」
私は『いややれよ』という言葉を飲み込んで尋ねる。やりたいやりたくないじゃない。
でも相手は年下。それに何か理由もあるかもしれない。ちゃんと聞いてみないと。
「やっても無駄だから。だからやりたくない」
「無駄って……」
私が何か言いかけるとザクロ君がそれを制す。お面はない。だからわかるその表情は真剣で、ちゃんと健君に向き合おうとしているのかわかった。
「健。陸上クラブに戻りたいのなら夏休みの宿題をしなきゃいけない。このプリントはその宿題につながる」
ザクロ君は彼なりの視点で説得を開始した。きっと健君は勉強は嫌いでも陸上クラブが好きなんだろう。だったらプリントをして、さらに夏休みの宿題をちゃんとやらなくてはならない。そうでなきゃ担任も顧問も納得しないはずだ。
「やっても無駄だからやりたくないんだよ!」
五年ゼロ組の教室中に響く大声だった。またしても出てきた『やっても無駄』というのはなんだか気になる。あのめんどくさがりな池澤先生が教えてくれた、ゼロ組脱出の条件なのに。池澤先生はやる気のない先生なんだから、わざわざ嘘を言うはずがない。
「あー、ちょっといいか?」
どう答えればいいのかわからない私達を見かねてリーチ君が来人君の指導を中断して割り込む。そしてびしりと言った。
「小学生の勉強はやりたくないじゃすまないから!」
私が言いたい事をずばり言ってくれた。爽快だった。
「ギムキョーイクなの。やんねーといけねーの。つか困るのはお前だから」
正論。普通に勉強ができる能力や環境の子は勉強したほうがいい。
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