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私立小学校に通わせてくれるような環境で、いじめられてるわけでもなくて、普通に会話や日常生活が送れる健君なら、素直にプリントしたほうがいいに決まってる。後回しにしたって辛いだけだ。
「頭悪いとか勉強嫌いなのは仕方ないけど、やるべき事をやらなかったやつが大人になってシンライ得られると思うなよ」
リーチ君はなかなか厳しい説教をしている。結局、人が人を見るときに一番大事なのは信頼だ。
頭のいい悪いや向き不向きはあって、それは個性だと思う。個性だからいろんな人がいていいとは思うけれど、やるべき事すらしなかった人なんて誰も信じない。
「でも俺、陸上があるし。そっちがんばってるなら勉強できなくていいだろ」
「50メートルのタイムは?」
「7.5秒だ」
「ザクロもそんくらいじゃなかったっけ?」
しかしリーチ君が尋ねればザクロ君はこくんと頷いた。小五で七秒台はかなり速い。たしか私が九秒台だったくらいなのだから。
「僕も七秒台。でも調整すればもっと速くなると思う」
「う……」
悔しそうに健君はうめいた。総合的に運動神経がいいザクロ君が陸上に専念した健君と同じくらいのタイム。ということは、もしザクロ君が短距離に挑めば、健君の記録はあっさりとぬりかえられる。ザクロ君が一年年上だとしても、足の速さが自慢な子が気をぬいていい差じゃない。
「小夜子だってモデルの仕事で稼いでるけどちゃんと勉強してるぞ。しかも家事までこなす超人だ」
思わぬところからリーチ君の話題が私に飛んできた。私としてはモデルは自分の身長が認められて楽しいし、家事はインスタントから始めて徐々にできるようになっただけ。さらに一生モデルできる可能性はかなり低いから普通に勉強してるだけなんだけど。
「つまり陸上あるから勉強しなくて平気ってことはない。つーか、怪我したり引退したらどうすんだよ。そのへん考えて勉強しろ」
そうリーチ君がまとめたところで授業時間終了。池澤先生は私達の説教に入ることなくだるそうに教室を出ていく。プリントを終わらせたらしい来人君も寄ってくる。
「でも、先生がだめならいくら勉強したって無駄じゃないか」
「先生って、どっち? 池澤先生?」
「湖西先生……」
「どうだめなんだよ?」
「プリント、ちゃんと出したのになかった事にされた」
泣きそうな震えた声で健君は答えた。
健君が頑なに勉強しない理由、それは元クラスの担任、湖西先生にあるらしい。
ただ、私達はそれを信じられなかった。湖西先生はベテランの男の先生だけど、優しくて穏やかな先生だ。そんな先生が、プリント出したのに出さなかったからゼロ組行きにしたなんて信じられない。
でも、だからこそ健君は言わなかったんだろう。そしてリーチ君が話のわかる人で、池澤先生が教室を出たからやっと言えたと考えられる。
「俺は信じるぞ」
短くリーチ君は答えた。それがとても信じられないようで、健君は伏せがちだった目を見開く。
「そもそもさ、湖西先生がプリント出さなかったからゼロ組行きにするぞって脅したり、実行するのには違和感があるんだよな。あの先生はまともだからさ」
「それもそうだよね……湖西先生、僕達と同じくらいの子供がいるし、お父さんが教育関係の偉いひとだとかで、他の当たり散らすタイプの先生とは違うよね」
リーチ君も湖西先生が健君をゼロ組送りにするのは違和感があるらしい。それに細かいデータを知っているたすく君が同意した。
たまに『ゼロ組送りにするぞ』なんて言ってで生徒を脅す先生もいるが、湖西先生はそういうタイプの先生じゃない。
そんな先生がゼロ組に生徒を送らなければならない時というのは、誰かを巻き込んだ時だと思う。いじめとか、他の先生や保護者に言われて仕方なく、というパターンじゃないかと思う。提出物出さないという事は誰も巻き込んではいないはずだ。
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