リーチ君はいつもより真面目に着こなした制服姿だけど、いつからか大きな紙袋を持っていた。現在パイプ椅子下に収まっているその荷物が、私はなんだか気になってしまう。

表彰式後のお楽しみならお祝いの品か何かかもしれないけど、確かこの荷物、最初に持っていたのはザクロ君だったはず。じゃあプレゼントではない気がする。


「あ、そろそろザクロ君が呼ばれるみたい」


たすく君の言葉で私は前を向いた。

主催の美術館の偉い人が長い前置きを終え、受賞者の名前を呼び賞状を渡すという流れになった。

ザクロ君は一番いい賞をとったのか、名前のあいうえお順からか、真っ先に名前を呼ばれた。


「はい」


澄んでいる声と共にザクロ君は立ち上がる。その顔にお面はない。

女の子みたいな可愛いらしい顔なのに凛々しい表情をして、ザクロ君は賞状を貰いに低めのステージへと上がった。

私達はそれを見守る。

わずかに取材にきていたカメラさん達が動く音がして、ザクロ君が賞状を受け取った瞬間にフラッシュがいくつかたかれた。


多分新聞や雑誌の取材だ。この後にも今度はザクロ君を取り囲む形で写真撮影やインタビューが行われるらしい。


私達は大きく手を叩いて拍手した。保護者席からも美術館スタッフ席からも大きな拍手が聞こえる。


その後、賞状を渡すのを終えて式は一時解散となる。

一部生徒が帰って行く中、ザクロ君の取材が始まった。


「はいはい!ザクロの取材はこっちでお願いしまーす!」


カメラ抱えた大人達に物怖じせずリーチ君は呼びかける。

別に取材場所は決まっていないのだろう。ザクロ君もリーチ君の呼び掛けに応じた為、ぞろぞろと記者達は集まって来た。


机とパイプ椅子のある場所に私達は集まる。そしてリーチ君は紙袋から何かを取り出して私とザクロ君とたすく君に配る。


それはザクロ君が作ったキツネのお面だった。それも四つ。多分今まで作ってきたものやスペアなのだろう。


「これはザクロの作ったお面です。写真はお面つけたままでお願いしまーす」


記者達は一瞬ざわめく。しかし彼らはお面への困惑よりも関心が勝ったらしい。

私達がお面をつけるとカメラマン達は一斉に撮り出した。


私がつけたお面は一番古いものだろう。白地に赤がアクセントの基本的なもの。

見た目はまだ洗練されていない出来だけど、私の顔側はフィットするというか、すごく馴染む。

案外視界も広い。ただやっぱり夏場は暑いだろうと思うけど。

そしてキツネ面が四人。そろうといっせいにフラッシュがたかれた。


それにしても、これならザクロ君の顔は大きく写らないし、ザクロ君のすごい所がアピールできる。

リーチ君はそれを見こしてザクロ君の過去作お面を持って来させたのだろう。小学生が作ったとは思えない出来のキツネのお面は、下手をしたらザクロ君の素顔より撮りたいと思えるものかもしれない。

そして後日記事を読む見る人はお面だけが気になってザクロ君の顔は気にならないはずだ。普通、なんで小学生がお面を作るのかと思うものだから。


「そちらの、白と赤のキツネさん。こっち視線お願いしまーす」

「黒と赤のキツネさん、もう少し前に出てー」


そんな指示に応えていると、私はモデルの仕事のように思えてきた。初仕事より先にこんな写真を撮られるとは思わなかったけど、これもきっといい思い出になりそうだ。


キツネ面が四人揃ったため関係ない人も見に来たようだが、写真撮影は終わり、今度はインタビューの時間となる。


「ええと、石川君はどうしてお面を作るのかな?」

「趣味だからです」


困惑しつつも記者達は質問し、白地✕金キツネことザクロ君の答えにまた困惑する。

趣味・お面作りでいいと私は思うけど、それだけじゃいい記事を書けないのだろう。


「石川ザクロ君は石川桃真さんがお父さんだって聞いたけど、天国のお父さんはどう思っていると思う?」


そして次の記者の質問に私は嫌な感覚を覚えた。

隣の黒✕赤キツネ、リーチ君も同じ気持ちらしく小さく舌打ちする音が聞こえた。

この記者の質問は、この前の太田の言葉のような雰囲気があった。

本人の努力よりも、ただ親の凄さと死を中心とした質問。


こういう場のインタビューなら『すごいね』『どこが大変だった?』『次は何を作る?』みたいな質問をするのが記者だと思う。

けどこの記者の質問は作品やザクロ君の能力とは関係ない、『お父さんを亡くしたけどその才能を継ぎ健気に作品を作り続ける少年』を飾りたてるための質問だ。


関係のないザクロ君の悲しい話で読者の興味を惹こうとするのだから、ザクロ君の事を思う人達からしてみれば腹立たしい。


「それは失礼な質問じゃないか?」


私達の気持ちを代わりに言ってくれた人が、野次馬の中にいた。


私達はお面からその人を見る。

肌が若いのに白髪の多いおじさんだった。くたびれたスーツ姿に、首に社員証のようなものをかけている事から美術館関係者だと思う。

きつく記者を睨み付ける目元にはほくろ。

ほくろと言えばザクロ君の言っていた犯人像だけど……


「桃真さんの事はザクロ君の今回の作品と関係がない。人の死について無遠慮に触れ、作品について調べず、見当違いな質問をするのは失礼だ。そんな失礼な記者からの質問は答える必要はない」


ひるまず白髪のおじさんは言った。それはザクロ君を思っての言葉で、こんな風に考えられる人が犯人ではないと思う。



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