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次の日。私と来人君とで歌子ちゃんの担任である、八雲先生に会うことにした。

表向きの目的はゼロ組のプリントを歌子ちゃんに届けるため、元担任の八雲先生に住所を聞きに行く。しかし本当の目的は八雲先生に何があったかを尋ねるためだ。

ちなみに五年ゼロ組担当の池澤先生は『朝日歌子はいじめでゼロ組に来た』としか知らないらしい。


五年二組担当の八雲先生は、優しそうな丸っこいメガネが特徴の女の先生だ。いい先生だと思うので、歌子ちゃんが何か先生に逆らってゼロ組行きとなったとは考えにくかった。

クラスで何かもめて、相手の保護者の手前、罰を与えなくてはいけないとか。私達はそんな風に八雲先生を信じていたけど、八雲先生は私達を厳しい目で見ていた。


「同じゼロ組の赤羽君はともかく、どうして六年生の小松さんが朝日さんのことに首をつっこむの?」


慌ただしい雰囲気の職員室の中で、八雲先生は静かに迫力を出して聞いた。普段の優しそうな雰囲気はない。

厳しいのは私に対してかもしれない。よく考えてみれば、六年生の私が歌子ちゃんの件に関わろうとするのがおかしい。八雲先生になにか後ろめたい事があるならなおさらだ。

答えに困ってる私に、来人君が代わりに答える。


「僕が小夜子先輩にお願いしたんです。ゼロ組のプリントを届けなくちゃいけないけど、女の子の家に一人で行くのって恥ずかしいじゃないですか。だからついてきてほしいって」


来人君は私がびっくりするほどうまい嘘をついた。来人君なら女の子の家にだって平気に入りそうだけど、それで話を通す。そして大事な質問を混ぜる。


「歌子ちゃんは知らない人が会いにいったら困るような子ですか?」

「……そんなことはないだろうけど、小松さんの場合はね……」


八雲先生の態度は少しだけ柔らかくなって、最後の言葉は濁す。『小松さんの場合は』、とはなんだろう。『知らない人』は平気だけど、『私』はだめみたいだ。


「いいよ。住所を教えましょう。ただ、あんまり朝日さんのお母さんに迷惑かけないようにね」


八雲先生はメモを出した。きっと出てくるのが歌子ちゃんのお母さんにプリント渡すだけとわかっているから、何も変な事にはならないと許してくれたのだろう。とりあえず許可はもらえた。


「それで、どうして朝日さんは登校拒否してるんですか?」


ほっとしたのもつかの間。来人君は今それ聞く?ってタイミングでとんでもないことを聞く。もっと世間話を挟んでほしい。でも私はなんでか八雲先生に警戒されているから来人君が聞いてくれてほっとしてる。


「……いじめなの。だからその事には触れないであげてね」

「でも五年二組の皆はいじめなんてないと言ってましたよ?」

「そういうものでしょう、いじめって」


ため息つくような八雲先生のその答えが全てだ。いじめとはあるかないかわからない。いじめられた子はあまり認めたくないし、いじめた側は隠したい。クラスで聞いたとして、正直に話してくれる子なんていないと考えたほうがいい。


でも先生がいじめと認めて、生徒達が認めないのはおかしい。普通は逆だと思う。





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歌子ちゃんの家は私のバス定期の範囲にあった。そして来人君も。八雲先生は住所と共に地図をくれた。私は最後まで警戒はされていたけど、結局は親切な先生だ。

それらを見て、来人君が知らない土地だというのにすいすい先を歩く。


「来人君、地図読めてすごいね」

「えへへ、こういうの得意なんです。昔学校の住所録だけでいじめた奴らに闇討ちしにいきましたから」


照れ笑いしながらそんな事を思い出させる来人君。そうだった。来人君はメガネのせいか真面目そうに見えてちょっとぶっとんだ所のある子だった。

今更ながら不安だ。歌子ちゃんの件は私が中心として動いている。リーチ君は協力はするけれど乗り気ではないようだし、いざという時には私一人で解決しなくてはならない。


「おっと、ここですね朝日さんちは。大きなお家です」

「そうだね。大きい」


私立小学校であるうちの生徒は殆どが裕福な家の子だ。ただ、その中でも歌子ちゃんの家は大きい方だと思う。洋風の可愛らしい家。庭なんてよく手が入っていて、色とりどりの花がある。


緊張しながら私はインターホンを押した。カメラ付きのそれが反応するので、ここは来人君に答えてもらう。残念ながら私がカメラ越しに同じ学校の先輩だと伝えても怪しまれそうだ。

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