何と返せば良いものか。みっともないのは彼らが切ったからだし、長い左半分も彼らに任せたところでずたずたの毛先になるだけだ。

それに実際切ったのは彼の取り巻きの誰かで、阿藤は命じただけだ。


「知ってるか、ゼロ組は六年生になるのにかけ算も出来ない奴らのあつまりなんだぜ」


阿藤の発言によりとりまきはゲラゲラ笑う。しかし真実を知る私には彼らの方がおバカに見えた。


「おい、聞いてんのかデカ女」

「見下してんじゃねぇぞデカ女」

「身長も態度もデカイんだよデカ女」


妙にリズミカルでシンプルな悪口は、言い返すのも馬鹿馬鹿しいものだった。

どうも私の態度は同級生男子には『馬鹿にしてる』と取られるらしい。多分私の高い身長とそれに合わせた振る舞いからだ。

それに実際馬鹿にしている。髪を切られた時だって、彼らが掃除をしないから注意したのがきっかけだ。


このまま何も言わないのは正解かもしれない。けれどおバカな彼らなら暴力に訴えるはず。

そうなれば、私がつい165センチの体格で抵抗して、145センチの彼らを怪我させて、また私が怒られてしまうパターンだ。


どうしようか迷っていると、取り巻き達がざわめいた。


「おい、あれ……」


彼らの視線を追えば、そこにはザクロ君がいた。そしてこちらに向かってすたすたとやってくる。妙に迫力のあるキツネのお面も装着済みだ。

そんな彼が阿藤達は恐ろしいらしい。


「高身長を笑うものは、低身長の呪いがかかる……」

「はっ?」

「小夜子は伸び神に愛されている。牛乳も飲まずにこの身長を得た。けなす者は背が伸びなくなるだろう」

「な、なんだって!」


何故か予言者のようなザクロ君の発言に食いつく阿藤の取り巻き達。

伸び神ってなに。そうは思いながらも私は口を挟まない事にした。


「で、デカ女がデカいのはデカデカ星から来たからなんだよ!俺らの身長は変わらないだろ!」

「今デカって四回言った。四センチ伸びなくなる」


それだけのザクロの言葉で阿藤は口をつぐむ。なんだかよくわからない小学生男子のやりとりだけど、それが今効果的なようだった。


「い、行こうぜ。ザクロはやばい」

「あ、あぁ……」


そして最終的にはザクロ君を恐れるような形で、阿藤達はランチルームから去った。

もしかしたらザクロ君、喧嘩がすごく強いとかで男子に恐れられているのかもしれない。

お面だって阿藤達いじめっこにはからかう絶好のネタなのに、彼らは恐れるだけなのだから。


「おーおー、あいつら帰ったか。やっぱザクロに任せて正解だったな」


入れ違いに理一郎君とたすく君が上機嫌にやってきた。まるでついさっきまですべて見ていたかのような雰囲気だ。合流には早い時間だというのに。


「二人とも、いつから見てたの?」

「小夜子が囲まれてから。……そんなヒナンじみた目で見んなよ。俺らはザクロにかっこいいとこ譲っただけだって」


ずっと見ていて助けに入らなかった理一郎君を私はじっとりした視線で責める。しかし彼は開き直っていた。


「戦わずして相手を退散させるなんてやるなぁ。さすがザクロ」


……確かにそう考えればかっこいいかもしれない。

ザクロ君は無口で滅多に喋らないのに、それでも言葉だけで相手を退散させたのだから。


「ちなみにね、高身長を馬鹿にしたら低身長の呪いがかかるの、あり得る話なんだよね」


たすく君がにこにこしながら話をつけ加える。


「自分の脳は案外自分の言った事を覚えていて無意識に実行しようとするんだって。人の特徴を馬鹿にすると、その特徴が悪と認識する。そして無意識に悪にならないようになるんだ」

「?」

「つまり『背が高いといじめられちゃう』って思いこんで、本人は無意識にご飯食べなくなったり寝なくなって背が伸びなくなるってこと」


たすく君はわかりやすく伝えてくれたけど、それでわかった事はたすく君の頭の良さだけだ。


「……もっとわかりやすく言うと、こうなりたいという存在には素直に認めた方がなりやすいって事かな」

「マジか。ちょっと小夜子拝んどこうぜ」


私と同レベルだったらしい理一郎君もそれで理解した。

つまり身長を伸ばしたいのなら、身長の高い人間を馬鹿にしてはいけないという事だ。


今度は理一郎君達が私を囲む。


「身長が伸びますよーに!」

「腰痛リスクのない高身長になれますよーに!」

「身長185センチのイケメンになれますよーに!」


理一郎君、たすく君、ザクロ君の順番で言って三人はひたすら私を拝んだ。

なんだこの人達。なんだこの展開。やっぱりゼロ組ってわからない。





■■■





それから志水先生もランチルームにやって来て、情報交換がてら昼食を取る事になった。

理一郎君とタスク君が持参したお弁当。志水先生がパン。ザクロ君もまたパンを買って、私の言葉を気にしているのか今度はオレンジジュースを飲んでいた。


「まずは先生からの報告ですが、残念ながら大した情報は掴めませんでした。阿藤君の詳細な情報は担任の川崎先生にしか見れないようです」


先生は残念そうだが、それはそうだなと思う。大事な個人情報を教師の誰もが見られるというのは問題だ。


「先生、阿藤が前に通ってた小学校はわかる?」

「それくらいなら」



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