その質問で健君は口を一度大きく開いて何か言おうとした。けど何かが喉につまったみたいだ。きっと、なんと言葉にすればいいのかわからないのだろう。


「無駄じゃ、ない……」


やっと絞り出した答えはシンプルなものだった。


「宿題、こんなにちゃんとやったの始めてなんだ。六年のみんなは俺を信じてくれた。皆、俺の事なんてフマジメなやつだと思ってたのに」

「そっか。でもこれから練習のほうを少なくしてもらう事だってできるよ?」

「いやだっ、絶対に大会に出る! どっちもやる!」


我ながら意地悪な質問をしたと思う。けれどその代わりに強い決意が聞けた。とりあえず練習と宿題のペースは厳しいままで行く。それでも健君はさっきよりも集中して読書感想文に挑んだ。





■■■





頑張る皆のために、今日も私はゼリーを作って持ってきていた。そしてそれは志水先生に許可をとって家庭科室の冷蔵庫に入れてある。

今日志水先生は仕事を家庭科室でこなすから、食べるときにはそこに来るようにと言われたんだけど……


「おう、今日も来ていたのか。ごちそうさん」


家庭科室にはなぜか志水先生と一緒に池澤先生がいた。それも私が作ったゼリーを食べている。


「ごめんなさい、小夜子さん。先生、小夜子さんの作ったゼリーを守りきれませんでした」


志水先生はすごく暗い顔で謝罪した。どうやら冷蔵庫のゼリーを池澤先生が勝手に食べたらしい。


「大丈夫です。多めに作ってますから。今日も志水先生の分もあります」

「お料理上手で優しく気の利く小学生女児……なんて素晴らしいのでしょう」


志水先生はうっとりつぶやく。それにしてもその小学生女児ってやめてほしい。

そして食べ終わった池澤先生も感想を述べる。


「しかし小松は料理上手だな。いい嫁になるぞ」

「セクハラでスクハラという言葉をご存知ですか。池澤先生」

「志水先生はブーメランって知ってるか?」


先生同士のやりとりから、私は二人の関係を察した。この二人の仲はよくないらしい。でも頼ったり頼られたりはしているみたいだから、すごく仲が悪いということはなさそう。


「しかしお前らもよくやるなぁ。五年生の一人がどうなろうと関係ないだろうに」

「……ちゃんと自分達のためになる事してます。大丈夫です」


池澤先生は水をさすような事を言うが、私はなんとか言い返す。

五年、というか年下に勉強を教えるのは私達にも勉強になる。後輩に情けない姿を見せたくはないから、私達も早めに宿題を終わらせようとしているくらいだ。

なによりゼロ組としては、健君のようなケースを無視できない。


「うまくやっているならいいが、赤羽来人はやばいだろ」


鼻で笑ってから池澤先生がフルネームを呼んだ。どうして来人君?確かに彼はやばいと思った事がある。しかし今のメインは宿題をした事がない健君であるはずだ。


「あいつの行動は大人でも読めない。多分頭の作りが俺達よりできすぎているんだろうな」

「確かに頭のいい子ですけど……」


そこまで頭のいい子だっけ?

記憶力ならたすく君が上だし、応用力などはリーチ君が上だからあまりそんな印象はない。


「まぁ、お前らにはなついてるから問題はないな」

「はぁ……」

「それで、プリントは見つかりそうか?」

「わかりません。やっぱり職員室は生徒には入りにくいし、先生達も探してはくれているけど……」

「ゼリーの礼に教えてやる。湖西先生は大事なもんを机の鍵付き引き出しに入れるんだ」


思わぬところからの協力があった。あのだるそうで興味なさそうな池澤先生が、そんな事を教えてくれるなんて。

……でも、それは『プリントのありか』の話ではない。池澤先生が見た湖西先生の行動パターンだ。

私は視線だけで志水先生に助言を求める。するとすぐに答えてくれた。


「まったくありえない話ではないです。どの先生もそうしていますから。それに、湖西先生は最近鍵付きの引き出しを開けていないし、鍵はかけっぱなしです」

「じゃあ……」

「ただし、プリントがしまわれているにしても、小夜子さん達には鍵を開ける手段はありません。鍵は湖西先生が管理されていますから。なにより先生は小夜子さん達に泥棒になってほしくありません」




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