その内容は読書感想文向きで、私とたすく君が健君に勧めた一冊のうちだった。結局健君は読書習慣がないため、映画化されている児童文学を選ぶことにした。あらすじを知っていれば読みやすいだろう。

来人君の音読はまだ続いている。


「『なぜこの本を読書感想文に選んだかと言うと、尊敬する六年ゼロ組の小夜子先ぱいがアイスクリームを作ってくれたからです。小夜子先ぱいはモデルというお仕事をしているのに料理上手で、作ってくれたアイスクリームはとてもおいしかったです。今度はキャラメル味のが食べてみたいです』」

「ちょっと待って、それ、読書感想文じゃないよね?」


私へのメッセージだ。それを指摘すると来人君は照れたように笑う。いや、そんなてへへと照れられても困るんだけど。


「本との出会いを書くのはいいと思う。でも余計な事が多すぎ。『アイスクリームを食べたからこの本が気になった』とかでいいんじゃないかな。私の名前は無しで」

「おお、なるほどです」

「とりあえずメモに紙を用意したから。それに箇条書きでいいから書いていって、それをうまく繋げて原稿用紙に書いていくといいと思う」


この辺りは志水先生に教えてもらった方法だ。メモとして用意した、裏が白紙のいらないプリント。それを二人に配った。

私達先輩がついて宿題をやらせるからにはいい成績を残してほしい。健君が提出物出さずにゼロ組行きとなったのなら、皆の偏見もなんとかしたい。元のクラスに戻った後のことだって考えなくてはならない。


その肝心な健君はあまり集中できていないようだった。感想文が苦手かと思ったけど、そうじゃない。聞けば他の宿題や、プールなどの練習でも上の空らしい。


「健君、疲れてない?」

「……あ、いや……」

「最初はもっと気楽でいいから、箇条書きを増やしていく事を考えよう」


感想文についてはそう言ってみたが、どうやら健君は疲れているわけでもないらしい。最初に会った頃と同じ、誰のことも信じられないというような暗い顔をしている。


「あのさ、練習も宿題も、ほんとにやらなきゃいけないのか……?」

「そりゃあ、どっちもやらないと。リーチ君とはそういう約束したんだし」

「でも練習したって大会に出られるとは限らないだろ?」


丁寧に乱暴じゃない言葉を選びながら健君は不安を教えてくれた。つまり健君はこのままでいいのか不安なのだろう。宿題と練習が忙しいし、プリントは見つからない。

このまま元のクラスに復帰する事はできても大会は出られないかも知れない。そんな考えが頭によぎったのだろう。


「なぁ、俺も練習や宿題は中断して、プリント探しをする訳にはいかないのか?」


焦りと不安。そこから健君は自分もプリント探しをしたいと言い出した。しかしリーチ君は健君にプリント探しから外している。宿題と練習に集中してほしいからだ。

でも健君は他人任せにはしていられないと考えたのだろう。先にプリントさえ見つければ、無駄な事をしているような不安はなくなる。


「そんなのダメにきまってるじゃない」


私が断る前に厳しく断ったのは来人君だった。


「健君、なんで宿題と練習を同時進行してるかわかってる?練習はプロが教えてるわけじゃないし、宿題は普通より期間が短い。いきなり全部やるなら辛いにきまってるよ」

「そ、そうだけど……」

「でもそれ、皆が普段からやってることだからね。健君とタイム競ってるライバル選手だって、普段から練習も宿題もしてる。宿題した上で健君と競ってるんだから」


冷たく突き離すような来人君の言うことは間違っていない。健君は確かに足が速いかもしれない。けど彼と競っている子達は真面目に勉強した上で健君と足で競ってるかもしれない。これじゃ速さで勝っても健君がずるいというか、ただ他の事を犠牲にしただけだ。


「でもなんのために六年ゼロ組がこんな厳しい事させてるかっていうと、健君の信頼とやりたい事のためだよ。そもそもどっちも手に入れるのは大変なんだから」


六年ゼロ組のファンである来人君は私達の考えを理解してくれる。

宿題と練習を両立させる健君は大変かもしれない。しかしそれは彼が今まで陸上に専念してきたツケだ。このまま陸上を続けたいのなら、大変でも皆がやってる事をやらなきゃいけない。


「あのね、もしこのままプリントが見つからなかったら、健君は無駄なことしたと思う?」


後輩ばかりにまかせてられない。なので私は尋ねる。




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