ミロワール
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大人びた真っ赤なドレスを着た写真の私を、先方はたいそう気に入ったらしい。
若い女性向け服飾ブランド、ミロワール。『自分のためにかわいい』をテーマに作られた服や小物は、高校生以上の女性に熱狂的な人気がある。
これからすぐゴールデンウィークを使って撮影し、夏頃に雑誌に載るという。
ゴールデンウィーク前に計画を進め夏に広告が出るなんて遅い、とは思うが、これはこの業界では早い方だ。
なんでもモデル業界は夏に冬服を撮影したり冬に夏服で撮影したりする事もザラだという。
ミロワールの場合、デザイナーが気に入るモデルがなかなか見つからず、ギリギリまで撮影期間を伸ばし、その結果にやっと私を選んだらしい。
なかなかのプレッシャーだった。
四月末の教室で、自習時間で各自やるべきことを済ませたため、私はゼロ組の皆に仕事についての報告をした。いろいろあった美術館でも話したけど、その時は仕事が決まったとしか言えなかったから。
「ミロワール。意味はフランス語で鏡。製菓用語でゼリーとかつやっとしたものを流し込むという意味もあるよね。ブランドの方は知らないけど」
検索でもしたのかという説明を添えてくれたのはたすく君だ。まさかフランス語や製菓用語まで知っているなんて。ただし婦人服は男子小学生には専門外で当然だった。
「未知の世界だ……」
「ま、男には縁のない世界だよな。とくにミロワールは可愛すぎて男受けしないらしいし。女子人気がすごいブランドと覚えてくれ」
ザクロ君もまったくわかっていないらしい。参考に持ってきた雑誌を不思議そうにめくってる。逆にリーチ君はこの業界に詳しいので続ける。
「仕事内容は雑誌とウェブに出す広告用の写真な。念入りな下準備が必要なショーでもないし、関わる人の多い雑誌の撮影でもないから、初心者向けの仕事といえるな」
「何人くらいの人が来るの?」
「こういうのは少数セイエイだからな。カメラマンと服選ぶ人と、メイクする人と……まぁ、気楽な人数だと思う」
モデルの仕事はいろいろあるけれど、難しい仕事でないようで安心だ。だからといって簡単な仕事というわけでもない。ファッション雑誌のモデルはかわりがきく。撮影の日にちに合わせてモデルを手配するものが多いのだから。
けどブランドの広告はそうじゃない。私というモデルを決めてから服や撮影場所を決める。もしも私がだめだめだったら何もかもが台無しだ。
それにミロワールはすでにモデル選びで迷っていた。それなのに本当に小学生で初心者の私でよかったのだろうか。
「小夜子」
「え、なに?」
不安にうつむきそうになる私に、リーチ君は声をかけた。
「今回の仕事はデザイナーがジキジキに選んで決めたことなんだ。その意味わかるか?」
「えっと……えらい人だから?」
「それもある。けど、デザイナーってのはブランドっていう世界を作った神様なんだ。小夜子はその神様に気に入られてその世界で住んでいいって言われたようなものだから、あんまりびびるもんじゃないぜ」
「住んでいい?」
「ていうか王様になっていいって言われるくらい惚れ込んでるってことだよ」
リーチ君に言われて私は考えを改めた。
デザイナーに選ばれたというのは、ただのラッキーだと感じてしまう。偶然写真が目に止まって、『期限も近いからこの子でいいや』とそんな感じで決まったのだと思った。
けど、正しくはデザイナーが『この子が一番うちの服に合うからこの子がいい』として私を選んでくれたんだ。
とくにデザイナーにとって服は世界だ。優れているデザイナーほどその世界ははっきりしている。
その世界に認められたなんて、ビビってる場合じゃない。服やブランドになじむ事を考えたい。新しい所に住むというのはそういうことだ。
「ありがと。ちゃんと前向きにやるからね」
「ん、約束はちゃんと覚えてるな」
リーチ君は満足そうに笑った。
私とリーチ君のした約束。それは前向きになる事。
前向きになれて良かったと思う。私はこの身長なんだから、背筋を伸ばして前を向けば普通の人よりたくさんのものがよく見える。それを見ないのは、もったいない。
広がった視界で私はたくさんのものを見た。
大人びた考え方をして、いつもすごいことをひらめくリーチ君。
にこにこ優しくてなんでも知ってるようなたすく君。
体は小さくても器が大きいザクロ君。
「私、このクラスで良かったよ」
「おいおい、卒業式みたいな事言ってんじゃねーよ。まだお前が来て一ヶ月なんたぜ」
そう。リーチ君の言うとおりまだ一ヶ月もしてない。びっくりするほどに濃い日々だったのに。
「そうだよ。まだまだゼロ組の特別課題はあるんだから」
たすく君が言って、これからの特別課題を思い出す。特別課題は個人のトラブル解決から、下級生ゼロ組との交流まである。暇なときなんてない。
「特別課題だって、小夜子がいないとできないようなこともある」
ザクロ君がお面の位置を正す。
皆でいっぱい考えて、皆の特技をうまく使って、間違ってない人達の味方をする。
それがゼロ組の特別課題だ。
END
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