消えた本
1
若い女性向け服飾ブランド、ミロワールの広告。ゴールデンウィークを使って撮影し、六月頃に雑誌やポスターになるという。
ゴールデンウィーク前に計画を進めて、夏に結果が出るなんて遅い、とは思うが、これはこの業界では急方だ。なんでもモデル業界は夏に冬服を撮影したり冬に夏服で撮影したりする事もザラだという。
ただミロワールはデザイナーが気に入るモデルがなかなか見つからず、ギリギリまで撮影期間を伸ばし、その結果私を選んだらしい。大人びた真っ赤なドレスを着た事務所の写真の私を、先方はたいそう気に入ったとのことだ。
できたてだけど有名なブランドだから、有名なモデルを使うのではないかと思っていたけど、逆に有名な人じやない方がいいらしい。有名なモデルはもうすでにイメージが作られていて、それがイヤなのかも、と事務所の人が言ってた。
着るのは夏らしいワンピースで、関係者の持つおしゃれな別荘で撮影される。
っと、かわいい服や可愛い場所にどきどきしてはいけない。私が今着ているのは体操服。行かなきゃならないのは校庭。これから体育の授業なんだから。
「おっ、タイミングあったな」
体操服に着替えて女子更衣室から出れば、ちょうど体操服姿のリーチ君が男子更衣室から出てきた所だった。ふわふわの猫っ毛が着替えたせいかいつもより崩れている。
私達はこれからグラウンドで体育の授業を行う。
しかしそれが始まる前から志水先生が近隣住人のクレーム対応に向かったため、いつものように自習となってしまったわけだけれど。
「あれ、ザクロ君とたすく君は?」
「教室で着替えてる。ったく、あいつら更衣室で着替えろって言ってんだけどさー」
リーチ君はいない二人への小言を言った。
彼は意外に気遣いのできる人で、教室にて着替える二人を不満に思っている。
うちの学校には更衣室があって、女子はできる限りそこで着替えるよう指導されている。
しかし男子は指導は徹底されておらず、男子更衣室はあるものの、皆わざわざ着替えるために別の場所に行くのをめんどくさがって教室で着替えているのだった。
そんな中、どちらかといえば不真面目なリーチ君がめんどくさがらず更衣室で着替えるのは意外だ。
「リーチ君、ちゃんと更衣室使うんだね」
「なにいってんだ、小夜子のためじゃん」
「え?」
「俺だって五年までは教室で着替えてたよ。けど六年からは小夜子がいるんだし、教室で着替えてると小夜子が忘れものした時入りにくいだろ?」
廊下を歩きながら、なんて事ないようにリーチ君は語る。
確かに教室で男子が着替えている時は女子には入りにくい。
彼らは勝手に着替えている。男子達は見られてはずかしい訳でもないのに、忘れ物をした女子が教室に入ったらノゾキ扱いをしてからかうのだから、着替え中は入りにくいものだ。
でもまさかリーチ君がそんな気遣いをしているなんて。
「ザクロとたすくはなー、さすがに小夜子をからかったりはしないけど、そういう事までは気がきかないんだよ」
「あ、ありがと……」
「気にすんな。男女はどうしたって違いがあるんだから、お互いが気を使うもんだってねーちゃんが言ってた」
リーチ君はにかっと笑う。お姉さんが三人もいるリーチ君はとても気が利いている。他の男子みたいに女子だからと敵視する事はないし、普通なら恥ずかしがるような事もさらりと言えてしまう。
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