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「でも、歌子は気にしてるの。だから食事制限したり運動したりする事に専念して、学校にも行ってないの」

「学校、行ったほうがやせると思いますけど」


登校だけでもカロリーは消費するはずだから、私は言いにくいけど言ってみた。けれど光さんは首を振る。  


「ダイエットのために努力しているとね、心無いことを言う人がいるのよ。頑張ったら『無駄なあがき』とか。ちょっとでも休んだら『だから太っているんだ』とか。だから朝晩にお父さんと走ったりとか、見えないよう努力したいみたい」


ひどい状況だ。私も身長のせいで人に悪く言われたこともあるけれど、身長は伸びはしても縮まないものだ。けれど肥満かどうかは本人の努力によるものと思われてしまう。

実際は体質もあるので長期的な努力が必要な事なのに。


「それで私ね、小夜子ちゃんが気になったの。小夜子ちゃんならきっといいダイエット方法を知ってるだろうから」

「それは……あまり力になれそうにないです」


私の体型は遺伝だと思う。身長が高くなれば横幅が上下に伸びるから細く見えるものだ。

だから歌子ちゃんのダイエットの力にはなれない……けど、


「でも、ダイエット法についてはモデルの先輩達からよく聞いてます。とくに私は小学生ですから、無理のない方法を色々と教えてもらってます」


ダイエットしたことはないけれど知ってはいる。それも無理のない運動などのダイエットだ。小学生はご飯を抜くわけにはいかないし、激しい運動も控えた方がいい。厳しいダイエットをするようならモデルはやめさせる、そう事務所に決められていたくらいだ。今からダイエットというか、小学生でもできるモデルの基礎的な健康維持の方法は教わっている。


「最近のこんだてとかありますか?あと運動のメニューも」

「あ、今探すわね」


光さんが台所の方に行ってメモを取ってくる。さらにリビングのコルクボードからメモを取り外す。

そして渡されたメモにはきっちりメニューが書いてあった。


「とくに、太るようなメニューじゃないですよね。お母さんがちゃんと作ってるご飯です」


こんだてを見て、私はお世辞抜きでそう思う。和食や品数が多い。普通、小学生のうちから太るとしたら油ものばかり食べてることが多いけど、それはない。でも気になる事がひとつ。


「でも、サラダが多い、かも。サラダ、体が冷えるしドレッシングで油なのであまり良くないです」

「そ、そうなの?」

「野菜がいいと思うけど、お肉も食べた方がいいです。成長期はお肉が必要で、お肉を食べると筋肉になるから。それで筋肉がカロリー消費するから」

「お肉……お肉は歌子が嫌がるのよね。太るからって」

「気になる場合はお昼までに食べるようにするといいです。お昼までなら太りにくい時間だから」


私の知るダイエット知識。これぐらいなら歌子ちゃんや光さんに負担なくできることだと思う。


「運動は……このままでいいです。ゆるくてもいいから長く続ける方がいいです」


今はお父さん達と外を歩いたり走ったりしてるらしい。これだけ協力してくれる人が一緒なら、それが一番だと思う。

一番いいのは学校に通うことだと思うけど、それは言わないでおく。多分、歌子ちゃんはやせるためでも学校に行きたがらない。


「ありがとう、小夜子ちゃん。色々教えてくれて、安心したわ」

「はい。私もモデルの先輩達に色々ときいてみます」


情報をまとめていると、廊下から足音が聞こえた。歩幅小さく軽い足音だ。


「ねえママ、タオルないんだけどー」


リビングのドアを開けたのはショートカットでジャージ姿の女の子だった。小さくて丸っこい輪郭と目で光さんによく似ていてこの家にいる女の子といえば、歌子ちゃんに決まってる。

けど、その子の体はとても太っているようには見えない。痩せているようにも見えないけれど、これを太っているとするのなら、多くの人が太っているということになってしまうだろう。


「なんだ、太ってなんかいないじゃないか」


私が頭の中で考えている事を、隣の来人君が口にする。それ聞いて顔を青くした歌子ちゃんは勢いよく扉を閉めた。そしてどたばたとした足音がして、遠くでまた勢いよい扉の音がした。

どうやら歌子ちゃん、急な来客やデリケートな話に動揺して逃げ出した。そして自分の部屋に閉じこもってしまったらしい。


「来人君、今の言葉はよくないよ」

「どうしてです? 太ったなんて言ってないじゃないですか」

「気にしている人は褒め言葉であっても気にするものなの!」


私も自分の事があってよくわかる。少し前の私だって『身長が高い』と言われたら落ち込む場合もあるだろう。

それと同じように、例え褒め言葉であっても悪口に聞こえてしまう時がある。もちろんそう考える方がよくないけど、今の歌子ちゃんに言っても仕方ない。


「だいじょうぶよ。私からうまく話しておくから」


光さんがそうフォローを入れる。けれどその顔は疲れているように見えた。今の歌子ちゃんは些細な言葉であっても傷つく程に落ち込んでいる。母親としてどうにかしたいことだろう。




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