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授業が終わり、帰宅しようとランドセルを背負った時に、私は志水先生に呼び止められた。


「材料の買い出し、ですか?」

「そうです。小夜子さんが家庭科実習のお手伝いをしてくれると理一郎君から聞きました。さっそく明日調理実習をしようと思うのですが、その材料の買い出しに行ってもらえますか?」


調理実習の材料買い出し。いつも食材を買っている私にはできなくもない事だからうなずく。


「やります。でも何を作るんですか?」

「普通のクラスは加工食品を調理したものやお味噌汁を作るそうですが、なんだっていいんです」

「なんでも?」

「本来調理実習の材料はまとめて業者に配達してもらうのですが、その材料の消費期限内ではゼロ組は調理室を使えそうにないので。だからもう好きな時に好きな品を作ってもらおうかと」


ここでもゼロ組のやり方が出てしまう。そっか、調理実習って料理を習得するためのものだから小六でもできるような献立にしなきゃいけない。けど調理室の予定が詰まっていて、本来ある献立の材料は使えない。

自由なのはいいと思うけど、自由すぎて考えが浮かばない。こんな時、リーチ君ならすぱっと決断すると思うのに。

だからリーチ君が教室にいないか確認したけれど、彼は教室をすでに出ていた。

代わりに心配そうな顔したたすく君と目が合う。


「あの、小夜子ちゃんが一番作った回数の多いメニューにしたらどうかな?」

「一番多いメニュー…………カレー、とか?」

「カレー。いいね、簡単そうだし。それにしようよ」


たすく君の助言のおかげでメニューは決まった。

カレーは私の得意メニューだ。というか、カレーを失敗する人はそういないと思う。


「じゃあこの予算内で材料を四人分買ってきてください。学校の近くのスーパーで、レシートももらってきて下さいね」


先生から封筒に入ったお金を渡される。厚みから三千円くらい入っているのだろう。それなら普通に足りると思う。


それから私は先生と必要な材料を相談しながらメモして、分量も考える。それが終わるとたすく君も提案した。


「先生、僕も買い出しについていっていいですか?」

「あぁ、はい、小夜子さんだけでは少し重いでしょうし迷うかもしれませんからね。たすく君も一緒で、材料を買ったら調理室の冷蔵庫に入れておいて下さい」


確かに野菜類は一袋で買うだろうから重くなる。私はこの体格だから持てるけど、知らないスーパーに行くなら一人でない方がいい。

だからたすく君の申し出はありがたかった。


「ランドセルは置いておこう。また学校に戻らなきゃだし。スーパーは近いけどちょっと分かりにくいんだよね」


次々に助言するたすく君は張り切っているように見えた。

そして私はのんきに彼は調理実習が好きなんだと誤解した。


校舎から出ると金管楽器の音が遠くから聞こえた。強い風に乗るように遠くまで響いている。

たすく君は私より前を歩く。スーパーの案内と荷物持ちを手伝ってくれるとはいえ、やはりはりきっているようで歩みが弾んでいる気がする。


私は足をひっぱらないためにもリストを確認しようと制服のポケットから買い物メモを取り出した。


「あ」


しかし強い風がふき、メモは一瞬で飛んでいってしまった。

慌てて手を伸ばしても、メモは空中を泳ぐように私の手からすり抜ける。そして花壇の方へ飛んで行ってしまった。


「どうしよう……」


足をひっぱらないようにと思った途端にこれだ。

メモを探すには花壇に入らなければいけないけれど、色とりどりな花が見事に咲いている花壇に踏み込む訳にはいかない。


焦る私の肩を、たすく君は軽く叩いた。


「買い物メモだよね。だったら大丈夫」

「え」

「買うものは覚えているから。さすがにお金が飛んだらどうしようもないけど、メモなら大丈夫。先に行こう」


覚えているって、あのメモを?

書いていた私や志水先生があーだこーだと相談して決まっては変更を繰り返したようなメモなのに。

でもこんな事は前にもあった。


「……もしかしてたすく君、ものすごく記憶力がいいの?」


以前阿藤の情報を先生がカメラで撮った時、たすく君はその画面を一瞬見ただけで記憶していた。

そんな風に今回も覚えているのかもしれない。


「うん。記憶力だけは自慢なんだ。一瞬でも見たものなら覚えられるよ」


自慢だからか照れくさそうに微笑んでたすく君は答えた。

控えめだけど、それはすごい事だと私は思う。

テストだって解けて当然だ。満点だって楽々と取れてしまうだろう。


「すごいね。記憶力のすごい人ならわりといるけど、こんな一瞬で覚えちゃう人なかなかいないよ」

「……そこまですごくないよ。覚えるしかできないわけだし」


自慢であるはずなのに、急にたすく君は落ち込んだ。これまでのやる気が嘘みたいだ。


「すごいのはリーチ君やザクロ君みたいな人だよ。リーチ君はすごい事を思いつくし、ザクロ君はすごいものを作り出すんだから」

「確かにあの二人はすごいけど……」


暗くなったたすく君の理由を私は察した。

リーチ君とザクロ君がすごいすぎるから、たすく君は『ただ記憶力のいい人間』と自分を下に見てしまう。


「あ、小夜子ちゃんもすごいよね。調理実習はカレーだって決めて、ぱぱっと四人分の材料がわかるんだから」

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