それにしても志水先生には可哀想な話だ。経験もないのに問題児(?)を押し付けられるなんて。

それとも押し付けられたからこそここに来ないのか。それなら仕方ないとはいえ、責任感のない。


「志水先生はいい先生だよ。先生らしくはないけど」


たすく君はそう言うけれど、その言葉はおかしい。先生らしくないって。


「……まぁ、これからはよく来るようになると思うよ。うちのクラスには小夜子ちゃんが来たんだから」

「私が?どうして?」


首をかしげて尋ねても、たすく君は困ったように笑うだけでその質問に答える事はなかった。

かわりに教室前方の廊下から、ドタバタとした足音が聞こえた。


「うちのクラスに女子児童が来たと聞いて!」


そんな声と共に教室扉は勢い良く開いた。

現れたのはあの美しい、志水先生だった。

女子児童。それは勿論私の事だ。しかしそんなに待ち望むようなものだろうか。確かに男子しかいないクラスだけど。


「あなたが小松小夜子さんですね。今川崎先生から引き継ぎをしました。あぁ、なんて可愛らしい……」


軽い足取りとうっとりとした表情で志水先生は私の席までやって来る。

男子達はあからさまにため息をついていた。そして前の席の理一郎君が振り向く。


「……小夜子。立って先生に挨拶したら?」


理一郎君に言われるまでもない。私は椅子から立ち上がり、私より身長の低い志水先生に頭を下げた。


「小松小夜子です。よろしくお願いします」


そう挨拶すれば何故か志水先生は後ずさった。そんなびびらなくても。


「小夜子ちゃん、気にしないで。志水先生、小さい女の子が好きで、担任したいだけだから」

「男の先生だったらアウトなシコウだよなー。でも志水先生は男子には普通だし、小夜子みたいな大人びた女子は対象外みたいだな」


たすく君と理一郎君の言葉で、私はロリコンという言葉を思い出した。

ロリコンと言ってイメージするのは気持ち悪い見た目のおじさんだけど、こんな綺麗な女の人もなるなんて驚きだ。


「失礼な。先生は可愛い女の子が好きなだけです。思っていたより背が高いのは残念ですが、先生のストライクゾーンは145センチ以下ですが、それでも小夜子さんは可愛い女の子なんだから有りと言えば有りです!」


儚げな美人だった志水先生がきりりと答えるのを見て、確かに先生らしくない先生だと思う。

でも可愛いだなんて、久しぶりに言われた気がする。


「小夜子さんがこちらに来た経緯は聞きました。大変でしたね。こんなに柔らかでみずみずしい髪を切られるなんて。これからの事は、私達と一緒に考えましょう」


そして髪を切られてから初めて聞いた暖かい言葉に、私はぼろりと涙を流した。突然だった。こんな風に、私の髪を気遣ってくれる大人は初めてだったから、反射的に涙が出たのだと思う。

確かにいい先生だ。


「わ、私はどうしたら。抱きしめてもいいのでしょうか?」


私を泣かせてしまっておろおろする先生。いや、本当に大丈夫かこの先生。私もこのまま泣いていていいのか迷ってしまう。


「先生が抱きしめてなだめんのはアウトだろ。小夜子を抱きしめていいのは十八歳未満限定だ」

「あ、ほら、小夜子ちゃん。ザクロ君がハンカチ出してるよ。受け取ってあげて」


涙でぐしゃぐしゃな視界にはよくわからないけれど、たすく君に言われてハンカチを差し出される気配に気付く。それを受け取り目をぬぐった。

ハンカチから落ち着いた柔軟剤の香りがして、私は少し冷静になる。


私はこの体だ。

身長ばかり伸びて、中身も大人である事を求められる。しかしそんなのはとりつくろっただけの子供だ。

見た目と中身が子供な男子をバカにして、ああはなりたくないと大人ぶってるだけ。

だから今みたいに普通に子供扱いされると、感情が爆発しておさえきれなくなる。


その爆発した感情が落ち着くまで待ってから、志水先生は大きく手を叩いた。


「という訳で、六年生最初の特別課題はこの件にしましょう」

「特別課題……?」

「今回阿藤君がしたことと学校の対応は、さすがに放置できません。学校側は小夜子さんをゼロ組に入れる事で解決したと思っていますが、彼らはまたやると先生は思います」


課題の話題となると、先生も理一郎君もたすく君もとたんに真剣な表情をした。ザクロ君はキツネなのでわからないが熱心に頷いている。


「阿藤君がまたやらかして、女の子の髪が切られてしまうだなんて先生は許せません。パーマも染色も知らないピュアな髪は世界の宝なんです!」

「先生、そのへんは気持ち悪い」


すかさず理一郎君がつっこむ。

私情もあるけれど、それでもまた起きるかもしれない事を防ぐのはまともな先生らしい。


「ゼロ組はいつもこうなんだ。普通に授業もするんだけど、問題が起きたら特別課題として話しあうの」

「道徳の授業みたいな?」

「……それよりもカゲキなかんじかな。僕らも加減できなくなっちゃうし」


たすく君の言葉に不穏なものを感じつつ、ゼロ組のルールがなんとなく分かってきた。

この学校は問題だらけだけど、このクラスは問題を見直そうとしている。

だから理一郎君達も明るく堂々としていられるみたいだ。


「じゃあいつものやり方な。基本は俺らで情報収集。先生は先生ならではの視点で阿藤を調べといてくれ」


理一郎君がそう指示を出す。教師にまでも命令してしまうのだから、薄々感じていたけれど彼がこのクラスのリーダー的存在なのかもしれない。


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