12
もちろん、こんなどうしようもない作業をしてもらうように頼んだ私にリーチ君は呆れた。『わざわざ自分の悪口を見せることはない』なんて言われた。けど、私の自己紹介にそれが必要だと思って、私は頼んだ。
「三枚目渡すね。今度は私の悪口じゃないよ。褒め言葉だよ」
三枚目もリーチ君が用意してくれたものを、ドア下から送る。これはネット上にある私を褒める言葉をプリントアウトしたものだ。
こちらは『かわいい』から『ミロワールっぽい雰囲気のある子だね』まで、私が嬉しくなるような言葉がたくさん並んでる。きっとこれを書いたのはミロワールの事が大好きな人達なんだろうと思う。そんな人に褒められる事は嬉しかった。
「……どうしてこんな事を?」
プリントはこれで終わり。だからなんでこんな事をするのかと歌子ちゃんは不思議そうにしていた。
一枚目と三枚目はわかる。自分の素敵な所をみてもらいたい、と説明できる。ただし二枚目の悪口は理解できないことだろう。
「歌子ちゃんは、これを見て私をどんな子だと思う?」
「どんな子って……すごい小学生だと思う。きれいで、大人みたいにモデルして、かっこいい」
「うん。ありがとう。歌子ちゃんはそう思ってくれるの、嬉しい」
歌子ちゃんのその言葉は本心だろう。扉越しの彼女は学年も違う私に適当なおせじを言う必要がないのだから。だから嬉しい。
「あのね、私の悪口を言う人はいるけど、それよりも近くにほめてくれる人はいっぱいいるの。そのほめてくれる人のためにがんばりたいって思えるの」
なぜこんな自己紹介をしたか。答えは簡単。歌子ちゃんが私をどう思ってくれるのかを確かめたかったからだ。そして悪口を気にしなくなるようにしたかったからだ。
歌子ちゃんが私に対して二枚目のプリントのような、悪いイメージを持っていたら。そうしたら私はあの子と仲良くなる事を諦める。
私がいくら歌子ちゃんに関心を持っていても、足を引っ張るような子とは付き合わない方がいい。前のアリカちゃんとほしなちゃんと気まずくなった時のように。
でもほめてくれたなら、絶対一緒に学校に通いたい。何日、何年かかっても、おせっかいだと思われても。
そして歌子ちゃんは私をほめてくれた。この子のためなら私はがんばれる。
「歌子ちゃんは自分をほめてくれる人と、自分を悪く言う人。どっちのためにがんばりたい?」
「ほめて、くれる人……?」
「だよね。私の事を好きになってくれた人達なんだもん。その人達のためならなんだってできる気がするよね」
私をほめてくれる人はいっぱいいる。ゼロ組のみんなにモデルの仕事関係の人。そしてその仕事ぶりを見た人。
歌子ちゃんをほめてくれる人だっている。彼女を明るくいい子だと思ってるお友達とか、親身な八雲先生とか、ダイエットに協力してくれるお父さんとお母さんとか。それに私。
悪口言いたい病がいくら何を言っても、聞こえなくすればなんてことない。歌子ちゃんの耳には歌子ちゃんを大事に思っている人の声だけ届けばいい。そして歌子ちゃんはその人のためになるよう動いてほしい。
ダイエットも大事だ。それは歌子ちゃんが満足するまでやればいいけど、大事な人が心配している様子に気づかないでいるのはいけない。
何か考えてる事があるのだろう。扉の向こうはずっと静かだった。
「あの、私、そろそろ帰るね」
廊下から立ち上がると廊下の硬いフローリングのせいで足が痛かった。ずいぶん喋ってしまった。歌子ちゃん、鬱陶しがらなきゃいいけど。
「今日は話聞いてくれてありがとう。また来るけど、もし嫌だった光さんに言ってね。そしたらもうやめるから」
説教なんてするつもりはないし、無理矢理連れ出すわけでもない。けど歌子ちゃんがどう思っているかわからない以上、むりやりな事はしたくない。だから最後にそう言った訳だけど、私が歩き出した途端に部屋の扉は勢いよく開いた。
「待って!」
振り向くとそこにはジャージ姿の歌子ちゃんがいた。歌子ちゃんが自分から出てきてくれたのだった。私を呼び止めるために。
「さ、小夜子、ちゃんは、私の事、どう思ってる?」
すがるように歌子ちゃんは私にたずねた。きっとこれは慎重に答えなくてはいけない質問だ。けれど私の口からするりと答えは出る。
「かわいい女の子だと思ってるよ」
「うそ、私達会ったばかりでしょ!?」
軽く聞こえるその言葉を、歌子ちゃんは信じない。顔を合わせたのは二度目だし、一度目なんてほぼ一瞬だったからだ。
「会ったばかりだけど、私は歌子ちゃんがどんな子か人に聞いてるよ。明るい子で、ダイエットをがんばってる。がんばっている子はかわいいに決まってるよ」
本当にそう思っていることだから、普通に出てしまう。その言葉が効いたのか、効かなかったのか。歌子ちゃんは私の腰に巻いたカーディガンを掴んだ。
そして小さくつぶやく。
「じゃあ、私と友達になって」
「友達?」
「私も、私をほめてくれるひとのためになることしたい。でも私、小夜子ちゃんの事なにも知らない……」
歌子ちゃんが掴んだその手をそっとはがす。そしてその手をにぎる。
私はほめてくれる人のためになることをして、けなす人の言葉は聞かないと言った。
だから歌子ちゃんもそれをしようとしている。
「うん。友達になろう。私も歌子ちゃんと友達になりたかったの」
私は最初からそのつもりだった。こうして私には一つ年下の明るくて努力家の友達ができたのだった。
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