六年零組の特別課題

kio

ゼロ



それは五年生の三学期の終業式のあとの事。

私の長く編んだ右おさげ髪は、ばっさりと切られてしまった。


原因はイジメだ。

終業式後の教室で大掃除中、私はふざける男子たちに注意をした。

そこから男子数名が私の事を『ノッポ』だの『生意気』だのと言って、四人がかりで抑えつけ、おさげにした髪の右側を肩あたりでハサミでばっさりと切った。


私は彼らの言う通りノッポだ。身長は165センチあって、まず小学生に見られない。

この体で子供っぽいワンピースの制服を着て、ランドセルを背負えば誰もに二度見をされる。

対していじめっこ達はチビ……いや、小学五年生では平均か少し低く、私からしてみれば子供の体格だ。


だから私が本気で抵抗をすれば押さえつけていた男子達は簡単にふっ飛ぶ。

男子達は机やロッカーに頭をぶつけて痛がって、私が少しだけせいせいとしたところで担任の先生が来た。

ただしその先生は髪を切られた私を、『男子達に怪我をさせた悪者』としたのだった。


「先生ね、小松さんにも問題があると思うの」


そして春休みが過ぎ、六年生の一学期。

始業式が始まるというところで、私は担任である川崎先生に呼び出され叱られている。

切られた髪を春休み中に切りそろえる事なく、半分しかおさげがない状態で登校したためだ。


「その髪、抗議のつもりなの?」

「……コウギってなんですか?」


川崎先生はため息をつくだけで私の質問には答えてくれない。きっと自分から子供に対し難しい言葉を使うくせに、説明するのはめんどうなのだろう。

こんな身長だからと、皆は私に大人の対応を求める。けれど私はまだ十年ちょっとしか生きていないのだから、大人ぶってはみても結局は子供だ。


「どうしてもう片方の髪を切らないのよ、これじゃ学校や阿藤君が悪いみたいじゃない!」


川崎先生は怒鳴りながら机を叩く。職員室内の他の先生達は一瞬びくりとして川崎先生を見た。けれどいつもの事なのですぐ仕事に戻った。


私がおさげの片方だけ切られた髪をそのままにしたのには理由がある。

お母さんがまだ知らないからだ。

うちの家は小学校三年の時に離婚して母子家庭で、母はいつも忙しい。

娘のおさげが半分なくなった事に、春休みが終わっても気付かない程だ。だから言い出せないし美容院にも行けなかった。


当然こんな左右非対称な髪型は街中で目立つけれど、私は165センチでランドセルを背負っているのだから二度見される事には慣れている。

そんな髪を整える気配のない私を見て、先生は焦ったのだろう。

『このままではうちの学校が生徒の髪を勝手に切るような学校と知れ渡ってしまう』と。


「確かに髪を切った阿藤君も悪いわよ。でも小松さんだって皆に暴力を振るったじゃない」

「はらいのけただけです」

「口ごたえしない!」

「私の髪を切られなければ誰も怪我しませんでした」

「口ごたえするなって言ってるでしょ!」

 

  また川崎先生はきいきい怒鳴るけれど、こんなやりとりは春休み前にもした。

つまり先生は私の髪が切られた事より、数人の男子が怪我した事を重く見ている。

だから私は誰にも謝られてはいないし、逆に私が阿藤達男子に謝る事になってしまった。

そして現在、先生達は学校がどう思われるかを気にしている。私の事は一切気にしてはいない。


「……反省していないなら仕方ないわね。小松さんには六年生からゼロ組に通ってもらいます」


すぐに高い声で怒鳴る川崎先生だけど、冷めるのも早い。こう言えば私が泣いて謝るとでも思っているからだろう。その口調はとても冷静だった。


ゼロ組。それはおバカや不良といった、学年の問題児達が集められたクラスの事だ。


この小学校は私立で、やろうと思えば問題児を退学にもできる。

けれど先生達はそういう生徒にもチャンスを与えたい…………というのは表向きで、問題児だって一人でも学校に来させて高い学費をがっぽりとりたい、しかし他の生徒に悪影響を与えたくないから隔離したいというのが本音だ。


「わかりました、私はゼロ組に行きます」


問題児を集められたクラスにされるなんてとても恐ろしい事だ、と普通なら思うかもしれない。

けれど私には阿藤や川崎先生がいないという事だけで、良いクラスだと思えた。


その後職員室を後にした私にも、川崎先生の怒鳴り声は聞こえた。行けと言われたから行く事にしたのに、何が不満なんだろう。





■■■





ゼロ組が実際どんなものかは知らないけれど、場所ならわかる。

うちは一学年五クラス。だから五組の隣にあるはずだ。

私は始業式の集会に出ず、というか出ることも許されず、それが終わる頃にゼロ組の教室をたずねた。

そういえば私はゼロ組の担任を知らない。話も通っているかもわからない。

けれど後には引けないため、思いきってゼロ組教室に踏み込む。


教室の中にはキツネが居た。


「え……」


正しくはキツネのお面をつけた男の子だ。

小柄な体は半ズボン……男子用制服を着ていたし、真面目そうな着こなしだ。

髪だって短く清潔感がある。なのにキツネのお面。昔のお祭りで売られていそうな白いキツネ面だ。


さすがゼロ組、見た目からして全然違う。そう私が感心していれば、背後に気配を感じた。


「お、なんだなんだ。ゼロ組の新入りか?」


一瞬キツネが喋ったかと思えば、喋ったのは私の背後にいた少年だった。

こちらは猫目ではあるがお面なんてかぶっていない。ただし制服の着こなしは学校指定でないパーカーを着るなど、わかりやすい違反している。


「わぁ、六年生になったらお友達が増えるんだね!よろしくね!」


猫目少年の後ろに居た少年が明るく声をかけてくれた。その少年は背が高かった。しかし私より少し低いくらいだ。


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