18 同年代と思いきや実は年下だったヒトから嫉妬されてしまう女騎士がかわいすぎる件


「う~ん、一応は彼女達の自主性にとりあえずは任せてはみたけれど……本当に大丈夫なのかなあ……」


 彼女達三人と別れた後、僕は物陰からこっそりとノカの様子を見つめていました。


 近くから見ても小さかった彼女ですが、やはり他の娘たちとの比較対象となるとまたさらにちんちくりんに見えます。


 そしてさらにビクビクオドオドしていますから――はっきり言って心配です。


 初めてのおつかいを見守る親とか兄とかそんな気分にさせられてしまいます。


 エナに話を聞いたところ、あの体格があらわすとおり、力が発現している少女達のなかで、ノカはもっとも弱い子なんだそうです。


 また、そのせいもあっていじめられることも度々あるのだと。


 ではなぜ、エナやゼナという戦士達のまとめ役を差し置いて彼女を情報の伝令役に指名したのか――は、実は僕にはよく理由はわかりませんでした。


 エナに理由を訊いたのですが答えは『まあ見てなって』と言うばかり。


 一応、彼女達もフォローに回ってくれるみたいですが……いまのところエナはリーリャのところに行っていますし、ゼナも用事があるとかでこの場にはいません。


 で、今助けに行くとすれば僕しかいないのですが、彼女達から『ノカに一人でやらせたいから手助け禁止』ときつく言われています。


 ということで、僕は自分の身が隠せるぐらいの太さのある木に隠れて、こうして陰から見守る人となっているのです。


 ちっちゃい少女を物陰から見つめる男――なんだか言葉だけ並べるとものすごい犯罪臭。


「っと、そんなくだらないこと考えている場合じゃないな……」


 首を軽く振って思考を現実に引き戻した僕は、ふたたびノカの小さい背中へと熱い視線を送ります。

 

「……??」


「――っと」


 僕の熱いまなざしに気付いたのか、ノカが急に警戒するようにキョロキョロと首をリスのように動かしました。一応、簡単に見つからないように、カレンさん観察のために培われた隠密の技術スキルを使ったのですが――野生動物的な勘は鋭いようです。


 気のせいか、と首を傾げたノカは、再びゆっくりとした足取りでとある数人の少女のグループへと向かっていきました。


 百人からなる少女達の集団ですが、さらにその中で何人かのグループに枝分かれしており、ノカはまず自分がよくいるグループの子たちへ伝えることにしたようでした。


「頑張れ……」


 意を決したように輪の中に入っていった彼女を信じ、僕はじっとその背中を見つめていました。




 × × ×


 話は少し遡り、ノカに伝令役を任せた時のこと。


「ぴえっ……そ、そうなのですか? そんな、こと、が……」


 ノカが聞き取ることができなかった細かい部分について伝えると、彼女は信じられないといった様子で顔を青ざめさせました。


「本当はお前に伝えるつもりはなかったんだけどな。ただ、こうなっちゃった以上は、ノカ、お前がみんなにこのことを伝えるんだ。いいな?」


「エナねえさま、そんなっ……弱くてみんなにも馬鹿にされているような私には、そのような大役など――それに、言っても信じてくれるかどうか」


「……でも、私たち達や隊長が動けば目立つし、アイツに気付かれる。だからノカ……あなたがやらなきゃいけない。あなたが、一番目立たない」


 ネヴァンに僕達の動きを気取られないためには、できるだけ僕達は彼女に対していつも通りの様子を見せておかなければなりません。帝国の企みに気付かず、いつもの通りリーリャを心配し、無駄なことばかりを繰り返す無能の振りを。


 起こした火を炎上・延焼させるためには、なるべく目立たないところから火種を投入する必要がある――そういう意味で言えば、今回この場にいたのがノカであるのは、実は運がよかったのかもしれません。


「ノカ、これは私たち自身の身を守ることもそうだけど、この国だったり、あとはリーリャ様をこっち側に連れ戻すために必要なことなんだよ」


「リーリャ、ちゃん、の……ため」


 リーリャという言葉に、それまで怯えていた様子のノカの表情がぐっと引き締まりました。

 

 ぼそりと呟いた『リーリャちゃん』というのも気になりますが――どうやらまだ僕の知らない繋がりが彼女達の間にあるのかもしれません。


「僕からもお願いするよ、ノカ。僕はこの国の誰にも傷ついてほしくない――助けたいって思ってるんだ。そのために、君の力が必要だから」


「…………」

 

 僕のお願いに彼女はほんの少し逡巡していましたが、すぐに僕の瞳をまっすぐに見つめ、応えました。


「隊長さま……わかり、ました。隊長さまや、ねえさま方がそうおっしゃられるのであれば、私、怖いですけど……がんばってみます」


 ぐっ、と息を飲み込んだノカがしっかりと頷き、そしてこう続けました。


「リーリャちゃんは、私にとっての、たったひとりの『お友達』……ですから」


 × × ×


 後でエナから聞いた話ですが、歳が近いこともあって、幼い頃のリーリャはノカと遊ぶことが多かったようです。


 リーリャがいつもノカにちょっかいをかけて、そしてかけられたノカがわんわんと泣く――傍から見ればまるでいじめっ子といじめられっ子のような関係ですが、二人は常に行動をともにしていた、と。


 その付き合いについては、リーリャがこの国の代表を継ぐことになってから薄れてしまったようですが、ノカが幼いころの気持ちを捨てることは決してなかったようです。


「……! ……!!」


 遠くから見ているため、彼女がどういう言葉で他の娘たちに訴えているかはわかりません。


 ただ、それまでのビクビクとしていた臆病な少女ではなく、小さいながらも勇敢に立ち向かっていく戦士の姿があったのだけは確かでした。


 最初に彼女が口を開いた時、ほとんどの少女達は『なんの冗談か』と笑い転げていました。そのうちの二、三人がノカを取り囲んで小突き回したりもしました。


「リーリャちゃんの……私の、友達の、ためなんですっ――!!」


 ですが、おそらくいつもはそこで引くはずのノカが、必死の形相で食い下がり、そして僕の耳にも聞こえるほどの声を上げたのでした。


 今の僕には、ノカがこれまでリーリャに対して抱いた気持ちを正確に推し量ることはできません。


 しかし、彼女がリーリャのことをどれだけ大切に想っているか――それだけはわかるような気がします。


「頑張れ……!」

 

 僕は彼女に向かって声にならない声援エールを送ります。


 突っぱねられても、拒絶されかかっても、何度も何度もぶつかって、そして必死に食い下がればいつかはその気持ちが届く――僕とカレンさんにそうだったように。

 

 最初はバカにしていた彼女達。ですが、何度も何度も頭を下げるノカの行動を受けて、少女達の表情が徐々に真剣なもの変わっていきます。


 いくらなんでもおかしい――本当にそうなのか――隊長にそれとなくきいてみようか――そういった言葉が、集団の中を飛び交い始めるほどに。


 ノカの頑張りが実を結んだ――その瞬間を見届けた僕は、まるで自分のことのように嬉しくなりました。

 

「――ね? 大丈夫だったでしょ?」


 後から様子を見に来たエナが僕の隣でそう言いました。


 自分の思い通りに事が運んだようで、とてもわかりやすいご満悦な顔をしていました。


「エナ……もしかして、初めからこうなることを睨んで彼女に伝令役を任せたの?」


「いや。アイツに任せたのは、『一番弱いヤツが腹くくってんのに、ソイツより強い自分らがビビってんのはダサい』って他の子らは当然考えるだろうと思ってさ」


「なにそのいじめっ子特有のしょうもない思考と理論……」


 考えているようで実はまったく考えていなかったエナの『作戦』にツッコミを入れたいところでしたが――ともあれ、今回はそれに合わせて予想以上のノカの頑張りによって、事が上手く運んでくれたようです。


 後は、僕らが何もしなくても、ノカのグループを通じて、後は火が燃え広がるようにして話が伝播していくはずです。彼女達に任せて問題はないでしょう。


 ということで、後は僕たちの出番ということになるわけですが――。


「――あら~? お二人とも、こんな物陰でどうしたの~? もしかして、私ったらまたしても、お、邪、魔――だったかしら~?」


「――!」


 ノカが仕事をやり遂げる様子をその目で見届けその場から立ち去ろうとした瞬間、本来この場にいるはずがない人物の声が響きました。


「ネヴァン……アンタ、どうしてここに」


「別に? ただ、ちょっとそこにいる王都の坊やとお話がしたくってね。私、カワイイ坊やに目がなくって」


 全身を服で覆った昨日とは違い、太腿や肩、そして背中を大胆に露出したドレスを身に纏っています。相変わらず真っ白に塗りたくった化粧は健在で、真紅の口紅ルージュを塗った口からぬめりと姿を見せる蛭のような舌は、僕の全身を鳥肌で覆うのに十分すぎるほどでした。


「なに? 隊長にツバでもつけとこうってわけ? 残念だけど、この人にはもう恋人がいるから無駄だよ」


 僕を庇うようして前に出たエナが、睨むようにしてネヴァンの正面に立ちました。あと一応、カレンさんと僕の中については認定してくれているみたいです。


「恋人? ああ、昨日坊やの隣に居た趣味の悪~い黒鎧の女のこと? 坊やも物好きね。あのひと、確かには悪くないけど、全然『女』としてなってない。女を捨てているといっても過言ではないのにね~?」


「は?」


 ネヴァンのその言葉に、僕はすぐさま反応しました。は? カレンさんが? 女を捨てている? 僕に対してあんなに『乙女』を振りまいているカレンさんが?


 何言ってんだこのババ――いや、この自称女性奴隷商人様は?


「そんなことないですよ。確かにカレンさんは、二十九歳なのに独身で、同期の皆様に先を越されて、酒場でふてくされたり、若い子にオバサン呼ばわりされて青筋立てるぐらいキレちゃって、取っ組み合いの喧嘩までしちゃうようなどうしようもない人ですけど、でも、部屋には趣味で作った自作のぬいぐるみとか胸焼けしそうなぐらい甘々な恋愛小説ばかりが棚にあふれかえるほど純情な乙女ですし、エッチなことに免疫がなくてすぐ顔を真っ赤にしたり、恥ずかしがったりとても可愛い反応を見せてくれます。僕のことになると上司という立場を忘れて公私混同して見境がなくなっちゃうところとかもすごくいいですし――」


「ねえ隊長、それ、あの人のこと庇ってんのか蔑んでんのかわかんないんだけど……」

 

 何を言うんですか。めっちゃ擁護しているじゃないですか。


 全部、カレンさんがかわいすぎる件について僕は話しているつもりですが何か?


 めっちゃ早口でまくし立てた僕に、さすがのネヴァンも引いたかな――と思いましたが、


「え? いやマジかよ……あいつ、二十九……? あれで? すっぴんだったよなアイツ……イヤイヤ、ないない、マジでない……」


 どうやら彼女は別のところ――カレンさんの『二十九歳』という年齢に驚愕しているようでした。


 普段の鍛錬の賜物なのか、確かに、カレンさんの容貌は同年代の方のどの女性よりも美しいです。きちんと化粧をし、女性らしい格好をすれば、二十歳ぐらいに見られるほどのみずみずしさを維持しています。


「とにかく、同年代でも、アナタとカレンさんにはそれだけ天と地ほどの差があるってことです。ですから僕がアナタのことなどこれっぽっちも――」


「ああ!?? おいガキィッ! テメエ、今私になんつったゴラァ?!」


 と、ここで僕の『とあるワード』に即座に反応したネヴァンの顔が醜く歪みました。


「だから、カレンさんとあなたとでは差があり過ぎるからと――」


「そこじゃねエッ! その前だよクソガキ野郎ッ!!」


「もしかして、歳のこと――」


「私はこれでも二十歳ハタチだッ、バカやろうッ!!?」


 え? ……え?


 ネヴァンの魂の叫びに、僕と、そして隣のエナは驚愕し、そして絶句しました。


「本気でびっくりした顔してんじゃねえッ! ああ、もう、こんな職業ジョブ任されてから体からドンドン生気吸われて――って今日はそんなこと言いに来たんじゃねえッ!」


 先程までの若作りっぽい口調を崩壊させたネヴァンが、僕ら二人へ歯並びの悪い口元に笑みを浮かべました。


「王都のガキ――あんたに会いにきたのは、別にツバをつけに来たってわけじゃない――」


 深呼吸を繰り返して何とか冷静さを取り戻したネヴァンが、空高く自らの腕を掲げて指を鳴らすと――。


 それと同時に、島の数カ所で爆発が起こりました。


「宣戦布告だよ、ガキ共――もうネタはあがってんだ……裏切り者――私たちの協力者、そのおかげでねえ」


 そしてネヴァンの後を追うように姿を見せた二人の少女に、僕とエナはいよいよ世界がひっくり返るような気持ちになりました。


「っ……君は、まさかっ……」


「冗談にしても夢にしても、それは笑えなさすぎでしょ……!」


 ほぼ同時に、僕とエナは、その中の一人の少女を――気を失ったリーリャを抱える女戦士の名を呼びました。


「「――裏切ったのか、ゼナッ!!?」」


 その言葉に、帝国の徽章を首筋に着けたゼナがただ冷淡な口調で告げました。


「裏切った……? 違う、私は元々『そちら側』の人間ではなかった……ただ、それだけのこと」


 こうして、共和国を巻き込んだ、帝国と王都の戦いが唐突に幕を開けることとなったのでした。

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