4 二人組をつくれない女騎士がかわいすぎる件


 無人の男子トイレを見ただけで顔を真っ赤にする純情可憐なカレンさんを一通り堪能した後、僕は内心満たされた気持ちで特別クラスへの教室へと入っていきました。


「起立——」


 朝礼の時間から少し遅れての入室となってしまいましたが、僕を待ち受けていた特別クラスの生徒たちは、不満そうな顔一つ見せず、淀みのない動きで立ち上がりました。


 さすがは、騎士学校の各学年にたった一つしかないクラスの子、といったところでしょうか。意識がものすごく高いように感じます。


「新しく赴任されましたハル先生に——礼」


 教室の中心の席にいる利発そうなブロンドの少女の合図とともに、皆が一様に頭を下げました。首の角度や脚の開き具合までみんな一緒――まるで軍隊のようです。


「少し遅れてしまって申し訳ないです。僕の名前はハル。今回、学校側からの要請で、特別講師としてしばらくの間この特別クラスを担当させてもらうことになりました。若輩者ではありますが、皆さん、今日からどうぞよろしくお願いしますね?」


 最初の印象が大事――と、僕が教室全体に笑顔振りまくようにして挨拶すると、それまでは静かだったクラスが一気に色めき立ちました。


 その主な原因は、クラスの約半分を占める女子生徒達からの黄色い声――『きゃあみんな見てハル様よ』とか『なんて綺麗なお姿と振る舞い……』とか『もう私この瞳二度と洗わないわ』etcetc――まるでアイドルを間近に見たような反応です。


 僕自身生徒だった時代はあまり周囲の声や目は気にしていなかったのですが――どうやら僕はこの学校においてはそこそこの有名人みたいです。特に女の子たちの間で。


 ちなみに男子生徒からの反応は普通でした。


「皆さん、静粛に! 今は授業時間ですよ! ハル先生への質問等は、全て委員長である私、ハウラを通してください」


 彼女にそんな役割をお願いした覚えはないのですが――静かにはなったのは確かなので、しばらくはこのままでも構わないでしょう。


「……はい、それでは静かになったところで一コマ目の授業を始めます、と言いたいところですけど——その前に、僕と同じくクラスの新しい仲間になる子を紹介します。……カレンさん、どうぞ」


「――はい」


 ドアをゆっくりと開けてカレンさんが入室すると、今度は男子生徒達の空気ががらりと変わりました。


「この度特別クラスへ編入することとなったカレンです。私自身にもなぜこうなったのかはわかりませんが――とにかくよろしくお願いします」


 僕が挨拶した直後のように、歓声がわっとあがることはありませんが、クラス内にいる全ての男が、カレンさんの美しい姿に息をのんでいることだけはわかりました。


 人の美醜に時代は関係ない——親友のマドレーヌさんによれば『外見のかわいさだけならここが絶頂期だった』とのことですから、時代が変わっても、カレンさんは人をひきつけるだけの魅力をもっているということです。


「……ハア」


 ただ、当のカレンさんはうんざりしているようですけれど。


 ちなみに女子生徒の反応は軒並み普通でした。……ごく一部、熱狂的な視線をカレンさんへ浴びせる娘もいるみたいですが。


「――さ、自己紹介もあらかた済んだところで授業だけど……ハウラ、予定はわかる?」


 どこかで見たような面影のあるクラス委員長に僕が声をかけると、


「一コマ目は軍事教練ですハル先生。訓練棟へ行きましょう」


 特別クラスにいる生徒達の進路は、特段の事情がなければ騎士団配属となりますので、座学から実践まですべてをこなします。教養としての勉学もそうですが、その他魔法についての基礎知識から魔法薬の調合、剣術、武術といった戦闘技術など——とにかく限界まで叩き込まれます。

 当然、普通クラスと同じカリキュラムでは足りないので、本来の休みを授業に充てたり、『補習』と称して、毎日夜になるまで授業及び訓練をすることもあります。


 生徒がそこまでやるわけですから、当然、それを指導する立場にある担任は、指導の準備のため、もっと多くの時間を割かなければいけないわけで——。


 騎士団にいても学校にいても、どうやら僕は『ブラック』な環境から抜け出すことはこれからもできそうにないみたいです……くすん。


 × × ×


 特別クラスの生徒約四十人を引き連れ訓練棟に足を踏み入れると、それまで威勢よく、時には笑い声を上げながら授業に励んでいた他クラスが一瞬にして、しん、と静まり返りました。


「……相変わらず目の敵にされてるワケか」


 訓練棟自体は多くのクラスが同時につかえるほどの広さはないため、できるだけ被ることがないように使用時間がきっちりきっかりと決められています。


 しかし、エリート達が集まる特別クラスだけは別で、優先的に使用が認められています。つまり、特別クラスが使用する場合、授業中だろうが何だろうが強制的に明け渡す必要があるのです。


 授業で学んだ知識や技術を実際に試したり、また、日頃の授業で溜まった鬱憤を晴らせるのは学内の敷地ではこの場所だけですから、それを邪魔される他クラスはたまったものではないでしょう。


 申し訳ない気持ちになりつつ他クラスの生徒達や担任に一言詫びを入れてから、僕は予め整列させ待機させていた自クラスの子たちのもとへと向かいました。


「えっと――今日はこれから皆の今の実力を見せてもらおうと思います。普段なら一対一タイマンで一人一人の子を見ていきますが、今日は時間が少ないので、とりあえず二対二のパーティで戦ってもらおうと思います」


「ハル先生——編成はどうなさいますか?」


「とりあえず自由でいいよ。友達同士でもいいし、男女ペアでも。実力を見るだけだから、勝ち負けも関係ないしね」

 

 はいそれじゃあ二人組を作ってー、というお決まりの合図に、生徒達が各々声をかけていきました。男子同士、女子同士がほとんどだろうとも思いましたが、意外に男女ペアもちらほら見られます。クラス全体の仲としてはそんなに悪くはないようで、余計な心配の種が減ったのは一安心です。このリア充め爆発エクスプロージョンしろ、とかそんなことは言ってはいけません。


「うん、大体揃ったみたいだね、それじゃこれから適当にペアの名前を呼んでいくから、順番に戦ってみて——」


 と、いうところで、二人組で纏まっていた集団の中、ぽつんと一人異質な存在感を放って立ちつくす女子生徒――カレンさんがいました。


「カレンさん……えっと、ペアは」


「……いえ、いません」


 ぼそり、とカレンさんがそう言いました。


「いや、さっきからずっと様子見てたけど、ペアの申し出結構あったよね? どうしてそれを全部断ったの?」


 男子にも女子にも目を引く存在に違いはありませんから、特に勇気ある男子生徒からのアプローチもありましたし、また、新しい仲間ということで気遣ってくれた委員長のハウラからも誘いがあったのです。


 が、カレンさんはなぜかそれを全て断ってしまったのです。


「必要ないからです。私はこの学校に遊びに来たわけでも、恋人を作りに来たわけでもない。騎士になるためにここにいる——仲良しこよしでは弱くなりますから、私は一人で二人を相手にします」


 いきなりクラスのみんなを敵に回すような孤高のぼっちを気取った発言――過去、マドレーヌさんもしくはカレンさん本人から話に聞いていた通り、このころのカレンさんは予想通りの困ったさんでした。


「はあ……もうしょうがないな——ハウラ、申し訳ないけどカレンさんと組んでくれないかな?」


「先生! 私は——」


「ダメ。指示通り、二人組をつくること。これは先生としての指示——いわゆる命令だから、逆らうのは禁止、いい?」


 カレンさんに実力があるのは、今までずっと彼女から教えを受けてきた僕ですから当然わかります。多分今のカレンさんでも、学生同士なら、たった一人で二人でも三人でもまとめて相手にできるでしょう。


 しかし、今のカレンさんの再教育係は僕です。過去のカレンさんが教えてくれたことを、僕が、今のカレンさんに教え直さなければなりません。昔と今とでは生徒達の質も、環境も違います。放っておいて元のカレンさんに戻るかはわからないのです。


「……不満って顔をしてるね? じゃあこうしようか――カレンさん、君の相手は僕がします。元特別クラス所属で、主席卒業のこの僕が」


「……!」


 その言葉に、カレンさんが元来持つ闘気が一瞬迸るのを感じました。


 どうやら、やる気をすぐに漲らせてくれたようで。


「——いいんですか、先生? もしかしたら、クラス全員に格好悪いところを見せてしまうかもしれないですよ?」


 自分が負けることを微塵も感じていない――十四歳といえば勘違いもする年頃ですが、このカレンさん、随分と嫌味なことを言ってくれます。


 まあ、僕にとっては、そんなカレンさんも新鮮に見えて可愛くてしょうがないのですが。


「予定にはなかったですけど、カレンさん——今からあなたに特別授業を始めます。負けたらちょっとした『罰』を与えますから、そのつもりで」


「その心配は無用です——勝つのはこの私、カレンですから」


 クラス全員が息をのんで状況を見つめる中、訓練用の木剣を互いに携えた僕とカレンさんとの戦いが、今、始まろうとしていたのでした。

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