3 学校に入学しなおす女騎士(元・29歳)がかわいすぎる件 2
近衛騎士団のある城内、その広大な敷地の一角に、僕が通っていた王都立騎士学校はありました。
騎士学校、と名前が付いてはいますが、実態としては結構普通の学校と変わりはありません。所属するクラスによっては朝から晩まで勉強尽くしで戦闘訓練なんて一切やらないクラスや、その逆で戦闘訓練を中心に一日の予定が組まれているクラスなんかもあります。
その顔触れも、例えばマルベリのような名のある貴族の子供だったり、またはなんてことはない平凡な家庭の子供や、
僕や若かりし頃のカレンさんも、ここでの数年を経て、今や立派な社畜騎士として輝かしい道を歩んで——歩んで……グスン。
「で、まさかこんな形でこの場所に舞い戻ることになるとは——」
エルルカ様を伴って僕が踏み入れたのは、騎士学校の建物内――生徒棟、教員棟、訓練棟、研究棟と四つあるうちの二番目、教員棟にある職員室でした。
と、いうことで次に僕へ割り当てられた役割は『騎士学校の先生』――実際の卒業生を臨時講師として招き、普段学校で学ぶこと以外の実生活や仕事で役立つことを指導してもらおうという学校側の要請によって実現したこの企画こそ、元々僕やカレンさんにふられていた仕事の正体だったのでした。
「それではハル様、先生方に、自己紹介をお願いいたします」
一通りの挨拶を終えたエルルカ様が僕の名を呼ぶと、朝礼に出席している教員全員の視線が一点に集まりました。
「――王都近衛騎士団、
僕が頭を下げると同時に、教員たちの間から、パチパチとものすごくまばらな拍手が聞こえてきました。
「……あまり歓迎されていないようですね」
「まあ、実際僕って、先生たちからの評判は悪かったですから」
ぼそりと僕へ耳打ちしてきたエルルカ様に、僕は愛想笑いを教師たちへ向けながら小さく頷きました。
僕はこの騎士学校をぶっちぎりトップの成績で卒業したわけですが、あまりにもそれが突出しすぎたために、そこらへんの教師よりも優秀な生徒になってしまったわけです。特に魔法知識に関しては学校で学ぶことはほとんどやってしまっていたため、授業には出ず、校舎内にある書庫に入り浸りひたすら専門の魔法書を読み漁っていたほど。
そんなサボり魔ですから、特に魔法担当の講師からは目の敵にされているわけで——。
「あ、そういえば——ねえハル君、ところで聞きたいんだけど、あなたのところの隊長サマはどこにいるのかしら? 話だと、あのヒトも特別講師として来る予定だったんじゃないの?」
と、ここでなんとも返答に困る質問を投げかけてきた講師がいました。騎士学校指定の魔法衣をわざと着崩して、派手な服装をしている妙齢の女性――。
「カレンはここには来ませんよ、マイル。外せない任務が出来てしまいまして、今は私の特命で動いてもらっています」
「そうなんですか、ざ~んねん。久しぶりにアイツのこと『相変わらず仕事が恋人さんなんだね☆』って嘲笑ってやろうと思ったのにぃ」
意地の悪い笑みを浮かべたのは講師の名前は、マイルさん。この学校で魔法講師として働いていて、事前に聞いていた話によると、カレンさんやマドレーヌさんなどと同い年——つまりは同期ということになります。
普通クラス担当なので、色々な噂はあれど学生時代の僕とはほとんど接点はありませんでしたが――今は先生なのでこういうのとも仲良くやっていかなければなりません。社会人って辛い。
「でもまあカレン—―あの女がいないのはそれはそれで好都合……ハル君をつまみ食いしても、邪魔者は入らないワケだしぃ?」
マイルさんの僕を見る目が一瞬して餌を目の前にした蛇のようにつり上がりました。いったんロックオンした男はどんな手段でも必ずモノしてきたという彼女についた裏のあだ名は『
いったいにナニに噛みつくんでしょう——純情な僕にはちょっとわからないです。
と、いうわけで。
「あ、そんなの絶対にお断りです。マイルおばさん」
「お、ばっ……!???」
おっと、『あはは……それじゃあお手柔らかにお願いしますね?』と建前を言おうとしたところで思わずまさかの本音が口から出てしまいました。
僕からの思わぬ反撃に、マイルさんも口をあんぐりと開けるばかりです。
「あ、すいません。僕正直者なのでつい……でも、マイルさんも年相応に綺麗だと思いますよ? さすがにカレンさんやマドレーヌさんには敵わないですけど」
「んぎぎっ……!! 騎士学校時代に
どんな価値基準ですか、どんな。ひどすぎる——とびっきりのひどいビッチがここ、騎士学校にいました。
――カーン、カーン……。
と、このタイミングで授業の始まりを告げる鐘が敷地内を響き渡りました。同時に授業を担当している講師たちも次々と部屋を後にしていきます。
「……どうやらここで時間切れみたいですね。それではこれから授業へと向かいますのでこれで失礼します。それじゃっ」
「あ、こらまだ話は終わっ——」
エルルカ様へ会釈した後、僕はわざわざ素早さ上昇の
さて、こうしてまた一波乱も二波乱も起こりそうな僕の教師生活が始まりを告げることになるのですが――さて、これからどうなることやら。
× × ×
「あ、お帰りなさい先生……って、どうしたんですかその汗」
「いや、ちょっと命からがら
「……はあ」
職員室を素早く飛び出した僕が向かった先は、職員室から少し離れたところにある『資料準備室』――僕の帰りを待っていたカレンさん(十四歳)が、不審そうな顔を浮かべつつも出迎えてくれました。
「まあいいです。とりあえず教室へ向かいましょう。今まで普通に学校に通っていたはずの私が、なぜ転校生になるのか甚だ疑問ではありますが」
今回の事情について、カレンさんには、マドレーヌさんや総隊長の口から、彼女が混乱しない範囲で説明をしていました。
元々カレンさんは二十九歳であったこと、同じ職場の同僚が作った薬を飲んだことが原因によって記憶も体も当時の状況に巻き戻っていることなど——ちなみに僕とカレンさんが恋人同士であったという事実は、今のところは『余計な情報』とされてしまったために内緒にされています。
彼女を不必要に不安に陥れることのないように——とマドレーヌさんや総隊長からは言い聞かされましたが……やはり少し寂しいことに変わりはありません。
こうして、もやもやした気持ちを抱えたままクラスへと向かう僕だったのですが――その途中に、思いがけない『癒し』を発見することになるのです。
「…………」
少し前まで通い慣れた特別クラスへの道のりを行っている途中、僕は二、三歩後方から注がれるただならぬ熱い視線を背中に感じました。
「どうしたんですか? カレンさん、そんなに僕の顔、珍しいですか?」
「あ、いや別に……」
顔を赤くして、ぷい、と顔を背けるカレンさんを見た僕は、つい反射的に追撃をしてみたい衝動に駆られてしまいました。いつものSっ気みたいなものです。
「へえ……カレンさん、そんなに僕の顔が『好み』なんだ?」
「んなんっ……!?」
ほのかに染まっていたカレンさんの頬が急速に真っ赤へと変化したのを僕は見逃しません。
「な、ななななっ、何を言っているんですかアナタはっ!?? あなたが!? 私の? 好みのタイプ!? そそそそんなことあるわけないじゃないですか! 私のタイプはお父様のような、もっと男らしくて大きな体の——」
慌てた様子で否定するカレンさんですが――それは嘘だと、僕は断言することができます。
というのも、これは付き合い始めた時にカレンさん(二十九歳)から直接聞いたことなのですが、『僕のどんなところを最初に好きになったんですか?』との質問に、ほぼノータイムで『……顔です』と返ってきたのです。『控えめに言ってどストライクでした……』との言葉も。
十四歳がそのまま二十九歳の体を被っているようなカレンさんですから、男性の好みも変わりようがないわけで——中性的にも見られがちな僕の顔ですが、この時ばかりは役に立ってくれました。
「ああ、もう! とにかく早く行きますよ、先生! 早く行かなきゃ他のみんなに迷惑がかかってしまいますからね! ほら、こっち!」
この話は終わりとばかりに首をぶんぶんと左右にふったカレンさんが大股で僕を追い越して先へ先へと行ってしまったのですが――。
「えっと、カレンさん……そっち、今は男子トイレ……」
「ふにゃ……!?」
特別クラスの教室かと勘違いし勢いよく開けたドアの向こうに広がっていた光景に、
「ううう……は、恥ずかしいよお……」
と、カレンさんは思わず手で顔を覆いうずくまってしまいました。
それを少し離れたところから眺めていた僕は、一人頷いていました。
「……うんうん、やっぱりこれだ。カレンさんといえばこうでなきゃ」
ああ、いいなあ——やっぱりカレンさんは十四歳でも、小さくなってもカレンさんのままなんだ——そう思いながら、僕は、しばらくは到底できないだろうと考えていたカレンさん成分を補給することに成功したのでした。
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