2 学校に入学しなおす女騎士(元・29歳)がかわいすぎる件 1


 ――と、いうことで緊急会議です。


 カレンさんの隊長部屋には、僕とブラックホーク女子メンバー全員、エルルカ様、カレンさんの父親であるガーレス総隊長が集まっていました。


「カレン——お前、カレンなのか? 私の娘の……本当に?」


「? なにを言っているんですか、父様。私はカレン、お父様の娘ですよ。それよりお父様、ちょっと見ない間に大分老けたような……それに総隊長って——」


 そりゃあ老けますよ。だって、十五年経っているんですから。


 どうやらカレンさん、ただ単に体が若返っただけでなく、記憶についてもその当時の状態まで巻き戻ってしまったようです。


 つまり、今、この場にいるメンバーの中でカレンさんが覚えているのは、総隊長以外は、騎士学校時代からの親友であるマドレーヌさんのみ。そのマドレーヌさんですら妙齢ですから、初めの内はわかってくれなかったそうです。


 ということで、恋人の僕のことももちろん覚えてはいませんでした。


「――ワタクシ悪い夢でも見ているのでしょうか……カレン隊長、こんなに小さくなられて」


「すご、おばさんがおばさんじゃないとか……王都ヤバい、都会ヤバい」


 マルベリやエナも俄かには信じられないといった様子で、小さくなってしまったカレンさんをまじまじと見つめていました。


「……これは確かに困ったことになりましたね。分隊の緊急会議にわざわざ私を呼ぶ時点で嫌な予感はしましたが――想像以上です」


「姫様——娘を……カレンを元に戻すことは可能なのでしょうか?」


「……いえ」


 総隊長の問いに、エルルカ様は首を振ることしかできません。


「王都が管理している禁書にすらそんな記述は……というか、そんなモノがこの世に存在するならそれこそ戦争になります」

 

 もし任意のタイミングでいつでもどこでも若返りが出来るとしたら、不老不死ですら夢ではない話になります。いつまでも世に憚っていたいと思う権力者はどこの時代にもいますので、その独占のために争いが起きることは想像に難くありません。


「とにかく、詳しい話は『尋問』してみるしかない――そうですよね、マドレーヌさん?」


「ええ。すぐにでも自白ゲロさせてやるわよ——ねえ、アンリ?」


 ここで、その場にいる全員の視線が、部屋の中央に置かれた椅子に縛り付けられたアンリさんのほうへと注がれました——カレンさんをこんな状態にしてしまった張本人に。


「……何度でも言うけど、私は知らないわよ」


 芋虫のように束縛バインドで簀巻きにされたアンリさんは、なぜここまでされなければならないのかと不満を顕わにしていました。マドレーヌさんに最初にぶたれでもしたのか、すでに眼帯のないほうに濃い青痣をこさえています。


「アンタねぇ……状況的にアンタがハルに飲ませようとしたヤクが原因でこんなことになったのは明白でしょうが」


 昨日のことはすでにマドレーヌさんに話してあります。カレンさんが口に入れたモノで、そうなる原因となりそうなものは昨日の疲労回復薬しか考えられませんから、アンリさんに容疑がかけられるのは当然の流れです。


「そこまでは言ってないわよ。ただはっきり言えるのは、カレンが飲んだあの薬はタダの疲労回復薬でしかないということよ。……まあ、元々は少年に飲んでもらう予定だったから、多少のぐらいは入れたけど……」


 アンリさんの言葉に、その場にいる全員がぴくり、と反応しました。


 多分全員が同じことを考えたことでしょう——。


 おいお前それが原因ちゃうんか、と。


「……いや、混ぜ物っていってもただの『惚れ薬』よ。私の体液をベースに、乾燥させた蛇の粉末とか、人の意識を幻惑する蝶の鱗粉とかその他諸々を調合したちょっとした魔法薬……ぶへらっ!」


「やっぱりアンタが原因じゃないの!? っていうかハルになんてモン飲まそうとしてんだオノレはッ!?」


 それぞれ違う効用をもたらす薬が混ざり合うことによって予想だにしない作用をもたらすというのは往々にしてよくあることです。ほんの少しの偶然や思いつきが、思わぬ革新を起こす——それがまさか若返りの秘薬になるとは、想像だにしませんでしたけど。


「いやいや、そんなことあり得るわけないじゃない……一応、自分で服用して実験もしたのよ? でも私はこの通り——若返ってもいないし、老化しすぎてもいない」


「なら、他に何があるっていうのよ? それとも何、アンタ以外の頭のイカレタ魔術師が、カレンを若返らせるための儀式でも施したとでもいうの? そっちのほうがよっぽどあり得ない話だわ」


 個人的にはどっこいどっこいな気もしますが――あの夜カレンさんと別れたのはドがつくほどの深夜です。真っ直ぐ帰っているはずですから、誰かに会っているとも思えませんし。


「とにかく、貴重な戦力であるカレンをこのままにしておくわけにはいきません。アンリ、あなたはすぐに彼女を元に戻すための研究に取り掛かりなさい。これは命令です。必ずやり遂げなさい」


「……もし、できなかったら?」


「やってください。必要な資料があれば適宜用意をさせます」


「やるしかない、ってことね……了解しました」


 不可能なんて言わせない――姫様がそう命令したのなら、アンリさんはこれから文字通り死ぬ気で頭をフル回転させるしかなさそうです。気の毒ですが、自業自得です。自分で蒔いた種は自分でなんとかしてもらいましょう。


 ×


 姫様が呼んだ衛兵たちがアンリさんをどこかへと連行した後は、この後のことの相談です。


 議題はもちろん、小さくなってしまったカレンさんのこと。


「姫様、それで娘は——カレンはこれからどうさせますか? 娘も今回のことで混乱していますから、しばらくの間は私の自宅に匿っておくのが良いとは思いますが……」


 十四歳のカレンさんに戻っているということは、今のカレンさんでは近衛騎士団で要求される戦力レベルには全く達していないことになります。もちろん、今まで通り仕事をしてもらうわけにいきません。


「そうですね……アンリにはは命令しましたけど、ダメだった時場合の対策もきちんとしておく必要がありますし」


 ダメ——つまり、このまま元の年齢に戻らなかった場合のことです。それが果たして本当に『ダメ』なのかどうかはここでは置いておきます。


「あの、えっと……」


 エルルカ様より視線を送られたカレンさん(十四歳)は、訳がわからないといった状況で困惑していました。朝いつも通りに起床し、さあこれから学校に行くぞというところで、やけに老けた姿の友人と父親の手によって半ば強引に城内の地下室へと連れてこられ、挙句の果てには『若返りの秘薬』がどうとかなんとか——僕なら間違いなく頭がオーバーヒートする案件です。


「カレンが十四歳――つまりカレンが騎士として成長する前に戻ってしまった、というのであれば、再び彼女をしかないということです。幸い、都合よくハル様とカレンの予定はそのようになっていますし——」


 ブラックホークのシフト表を確認したエルルカ様が僕の方へ向きなおりました。


「ハル様、ちょっと今から『先生』になってみる気はありませんか?」


「え——」


 こうして、共和国での一件が冷めやらぬ中、僕は再び新たな任務に身を投じていくことになるのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る