3 小さくなってもすべてをあきらめた女騎士がかわいすぎる件

1 年齢がだいたい半分になった女騎士がかわいすぎる件

 

 長いようで意外に短かった単身赴任を終えた僕を待っていたのは、もちろん『いつもの日常』でした。


「た、ただいま戻りました……げっ、なにこれ」


 不眠不休で数々の任務をこなして戻ってきた僕をお出迎えしてくれたのは、隊長のカレンさんや副長のマドレーヌさんでもなく、僕の机に置かれた書類しごとの束でした。


 任務で疲れたのでもう今日は後回しに、と思いましたが、期限を見ると、すべて今日中にやらなければならないようです。頼りにすべきマドレーヌさんも今は外出中。


「溜まった任務をこなすのにすでに一徹、これを全部やるのに二徹目――あれ? どうしたのかな? 笑いと涙が交互にやってくるぞ?」


 共和国に居た時は王都での日常が恋しかった時期もありましたが、こうも勢い全開で襲いかかってくると、実はあっちにまだ居たほうよかったかも——と思う自分がいました。あちらは日が昇ったら仕事をし、沈んだら帰る、というめちゃくちゃ規則正しいサイクルだったので。あれ、楽園かな?


「ふぃ~疲れた疲れた。あ、隊長! 隊長も今戻り?」


 と、ここで別行動をしていたエナが戻ってきました。彼女も僕と大体同じ量の仕事をこなしていたはずですが、まだ表情には余裕がありそうです。さすが体力バ――じゃなかった、共和国産の女戦士は伊達ではありません。


「エナ、前から言ってるけど僕はもう隊長じゃないから。ハルでいいよ」


 ここでの隊長はカレンさんであって、僕ではありません。しかも立場的に僕とエナは先輩後輩の違いはあれどヒラはヒラですし。むしろ呼び捨てにして欲しいというか。


「えっと、じゃ、じゃあ……ハル?」


「うん、なに?」


「……あう」


 僕はごく自然に返したはずですが、なぜかエナは顔を俯かせてしまいました。顔についても、頬から耳にかけて林檎のように真っ赤に染まっています。


「まあ、呼び捨てにし辛いんだったら今のままでもいいけど。無理させてごめんね?」


「あ、うん、大丈夫……ご、ごめん。なんか変な空気にしちゃって」


 と、王都に来てからというもの、僕とエナはだいたいこんな感じのやり取りを終始していました。あっちに居た頃はもう少し自然に冗談を言い合ったりでもできていたのですが――。


「――ラブコメ、ラブコメの匂いはここかぁ~??」


 と、僕とエナの間に微妙な空気が流れたところで、空いていたドアの隙間からぬるりと女騎士の影が滑り込んできました。


 エナに限らず、ちょっとでも僕とその他の女性が二人きりの状況になると、こうしてどこからともなく現れる——その人こそが、僕の上司であり、そして大切な恋人でもあるカレンさんでした。


「げ、またおばさん……どうして隊長と二人きりの時に決まって姿を現すの? そういう異能持ちなの?」


 エナがそう思うのも無理はありません。事実、僕の女性関係に関してのカレンさんの第六感の冴え具合は半端ではなく、僕がブラックホークの他の女性隊員と二人きりになろうとすると必ずどこからともなく『嫌な予感がした』といって割り込んで来るのです。


 誰にも僕を渡したくない、というカレンさんの鉄の意志がそうさせるのでしょうが――これを異能と言わずにして何といいましょう。


「と、とにかくっ! 話と仕事が終わったのなら、さっさと宿舎に戻れ! 明日も早朝からお前のシフトは早朝・朝・午前・昼・午後・夕方・夜・深夜とびっしりなんだからな」


 隊の掲示板に張り出されている明日の予定表は、相変わらずびっしりと隙間なく任務が入れられていました。ブラックホーク名物『地獄の八分割』――もちろんエナだけではなく、全員がだいたいそんな感じなのですが――。


 ぶうたれて女性騎士専用の宿舎へと戻ったエナを見送った後、明日の予定表を改めて眺めていた僕はあることに気付きました。


「あれ? 僕とカレンさんだけ、午前から夕方までぽっかり空いてますね」


 普段は頭が混乱するほど文字がびっしりのシフト表にぽっかりと空白が。何もない=その時間は暇、と思いたいところですが、他の隊ならともかく、ブラックホークでそれは絶対にありえないことですし——。


「ああ……実は私も詳しくは聞かされていないんだ。なんでも私とハル指名という事らしいんだが……」


「カレンさんと僕を? 珍しいですね。どんな依頼なんだろう……」


 このシフト表を作っているのはマドレーヌさんなのですが、基本、一人で大体の任務をこなせてしまうカレンさんと僕を一緒の任務に割り当てたりすることはしていません。


 にもかかわらず、本来最も忙しいはずの二人の日中の時間をそこに割いている——よほど重要な仕事なのかと勘ぐってしまいます。


「それで、当のマドレーヌさんはどちらに? 予定表には『外出』とだけありますけど」


「私も今日は出ずっぱりだったから詳しいことは――珍しいことに変わりはないが……」


 あまり僕達に隠し事はしないタイプだったはずのマドレーヌさんの行動に、僕とカレンさんで仲良く首を傾げていると、砂時計の紋様が浮かぶ眼帯を付けた【魔眼】のアンリさんが間に割り込んできました。どうやら彼女も仕事終わりのようです。


「あの鬼アク……じゃなかった、マドレーヌなら、人に会いに行くって言ってたわよ。魔術研究所時代の恩師――とか言ってたような」


「……ライトナ教授せんせいか」


「カレンさん、知っているんですか?」


「ああ。マドレーヌから紹介を受けた時にちょっとだけな。魔導具の作成を専門にしていて、得体の知れない変な道具を数多く開発しているらしい」


 その時、僕の脳裏に浮かんだのは、いつぞやのカレンさんのお見合い大作戦のとき、その様子を盗み聞――じゃなかった、観察するために使用した『盗聴七号』でした。


 個人的に大いに役に立ってくれたその魔道具の産みの親、そのお師匠様。どんな人か気になるところです。どんなお話をしているのかについても。


「――まあ、そんな話はいいとして。ねえ、少年。今日も疲れたでしょう? 私特製の疲労回復薬があるんだけど、飲まない?」


 と、ここでアンリさんがローブの懐より青く綺麗な淡光を放つ回復薬を差し出してきました。氷の魔法で程よく冷やしているようで、ガラス瓶に付着した水滴が、任務終わりで渇いた僕の喉を刺激します。


「変なモノは入っていないから安心して。タダの水分補給と思ってくれればいいわ」


 アンリさんには前科があるので全面的に信用はできませんが、しかし、この状況で薬を盛ったところでカレンさんが常に傍にいるような環境では何もできないでしょう。


 それに実はちょっと飲んでみたかったりもしますし。


「えっと、それじゃあお言葉に甘えて——」


 と、僕がアンリさんからキンキンに冷えたソレを受け取ろうとしたところで、カレンさんの手が素早くそれを引っ手繰ってしまいました。


「ハルが飲んでも大丈夫——なら、私が飲んでも問題はないな!」


 言って、カレンさんはあっという間に僕の手から奪った回復薬をぐいぐいと一人で飲み干してしまいました。


「ちょっと、なにやってるのアナタ——それは私が少年に飲んでもらうために作ったのだけど?」


「ふん、一度ハルを自分だけのものにしようと事件を起こした女の手作りの薬など、危なすぎて飲ませられるものか。ハルには、私が後で責任をもって、私手作りのものを飲ませてやるから安心していろ」


「あのそれ逆に安心できないんですけど」


 魔法の心得を持たないずぶの素人であるカレンさんが作った回復薬——彼氏なんだから腹を壊すぐらいは我慢しろということですかね……。


 その後、アンリさんとカレンさんが殴り合いの喧嘩に発展しそうなところをなんとか止めた僕は、そのまま二人と別れて残りの事務仕事に取り掛かったのですが――。


 事件は、その翌日に起こったのでした。


 × × ×


「――ハル! ハルはいる!?」


 二徹を敢行した後、ボーっとした頭をなんとか覚醒させようと目覚めの紅茶を飲んでいた僕の耳に、二日ぶりのマドレーヌさんの声が飛び込んできました。


 普段ならそのまま気さくに挨拶をする予定なのですが、血相を変えて詰め所に駆け込んできた彼女の様子にただならぬ事態を感じ取りました。


「どうしたんですマドレーヌさん? そんなに慌てて」


「ハル、驚かずに聞いて。うちの隊長が——カレンが……」


「カレンさんが——どうしたんですか?」


 もしかしたら昨日飲んだアンリさんの回復薬で腹痛でも起こしたのか――とも思いましたが、次の瞬間、僕の予想だにしなかった光景が、目の前で繰り広げられたのです。


「――マドレーヌ、ここは一体どこなんだ? 私、そろそろ学校に行かなければならないんだが……」


 マドレーヌさんの背後からひょっこりと姿を現した、僕と同じ背格好をした少女に、僕は雷をまともにくらったような衝撃を受けました。


 見慣れた美しい髪、澄んだ綺麗な瞳、やわらかい頬、瑞々しい唇。そしてほのかに鼻腔をくすぐる甘い匂い。


 ありえないだろうと頭で否定すればするほど、少女の姿があの人に——僕の大事な人に重なって——。


「ねえ、君——名前は?」


 僕がそう聞くと、その少女は少し怪訝な顔をしながらもしっかりとした口調で答えてくれました。


「――私の名前はカレン。王都近衛騎士団、第一騎士分隊ホワイトクロス副長ガーレスの一人娘。今年で十四の、王都立騎士学校の生徒です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る