26 歳の離れた妹が出来てまんざらでもない女騎士がかわいすぎる件 6

 

 どこぞやの奴隷商人と称して共和国に潜り込み、リーリャ姫以下共和国に属する女戦士達をなんらかの実験材料として捕獲しようと目論んだ帝国騎士団所属の死霊使いネヴァンが引き起こした事件から、およそ一カ月あまり。


 ネヴァンの死兵を含む帝国兵の襲撃をなんとか退けた僕達に、ようやく平穏が訪れようとしていました。


「――兄! ハル兄はいるか!」


「そんなに激しくノックしなくても大丈夫――僕はちゃんとここにいますから」


 隊長部屋のドアを破壊せんとばかりにノックしているのは、あれ以来、すっかり元気を取り戻したリーリャでした。


 以前は引きこもりがちだった生活も改善し、今は、お世話係のエナやゼナ、そして新たにその輪に加わったノカとともに、襲撃によって破壊されてしまった集落の復興に精を出していました。


「調子はどう——って、会うたび聞いてたけど、その様子じゃもう確認する必要もないみたいですね」


「当たり前なのじゃ! 妾はもともと強い子なのじゃ。だから、ずっと絶好調なのじゃ。すごいじゃろ? 強い妾をもっと褒めてくれもいいのじゃぞ?」


「はいはい。リーリャ様はとてもお偉いですねよしよし」


「なんだかすごくいい加減に扱われている気がするのじゃが——まあ、今日も兄に頭を撫でてもらったのでよしとするのじゃ!」


 あの事件以降、すっかり僕に懐いたリーリャは、僕のことを『兄』と慕って、このように毎日のように隊長部屋に顔出していました。


 僕としても妹が出来たみたいで嬉しい気持ちもあるのですが――まさかここまで甘えてくれることになるとは思いませんでした。


 しかし、これで元々エルルカ様より仰せつかっていた任務――リーリャを篭絡して、王都こちら側の支援や意見をもっと積極的に受け入れてくれるように仕向ける——も期せずして達成したことになりました。なかなか大変な事件ではありましたが、それだけの価値はあったということです。


 それに、もう一つ望外な申し出も。


「リーリャ、あの話の件だけど、本当に良かったの?」


「ん? ああ、妾たち共和国の領土を王都のものとする——その条約についてか?」


 頷きつつ、僕は、エルルカ様より送られてきた締結書——これより共和国を『王都領』とする旨の記載があるものを、リーリャへと見せました。


 そこにはすでに、王都代表のエルルカ姫と、共和国代表のリーリャ姫の拇印が押されています。これを王都側に渡せば、それより後は完全に共和国は王都の属国となるわけです。


 王都からの十分な物的・人的支援、常に王都と共和国とが行き来しやすいよう日に数度定期船を巡航させるなど——メリットがないわけではないですが、大きな決断であることに変わりはないでしょう。


「……よいのじゃ。この一カ月、みんなともしっかり話した上で決めたことじゃからな。妾たちがこうしてすぐに元通りの生活に戻れたのも、王都の救援なり支援があったからじゃし——その恩は、きっちりと返したいからの」


 この話が共和国側から出た時はさすがにエルルカ様も驚いたようで『すごいなハルどうやったんだ?』状態だったと、マドレーヌさんから聞かされています。


 どこに出しても恥ずかしくない大きな功績ですから、もちろん、近衛騎士団の分隊長としても昇進の打診がありました。ですが、カレンさんと仕事でもプライベートでも(プライベートはないけど)ずっとそばにいたいので、それについては丁重にお断りしました。


「わかった、ありがとうリーリャ。でも、本当にこんな形のやり取りだけでいいの? 普通こういうのってエルルカ様がここに来るべき事案だと思うんだけど」


「それもよい。エルルカは今、帝国あっち側とのいざこざで忙しいのじゃろ? そんな時に何日もかけてこちらに来る必要はないからの」


 リーリャの言う通り、現在王都では今回の事件に対して帝国側への説明を求めている最中でした。


 ただ、これについてはあまり芳しい回答はないようで、『この件は功績に焦ったでしかない彼女の独断で行われたもので、我々の関知することではない。我々は貴公らと争うつもりなどない』なんてことを言っているらしいです。


 ちなみに、事件後、この国を襲っていたはずの死兵や、それを操っていた親玉のネヴァンの遺体については、僕達が気付いたときには忽然と姿を消していました。


 おそらくあのキャノッピとかいう奇妙な人形の仕業でしょうが――一切の証拠がないため、こちらとしても強く出れないことが現状みたいです。


「大変なときだから、本当はもう少しだけ手伝いたいと思ったけど……」


 そして、目的を果たした僕も王都への帰還命令がこの度下されていました。翌日、定期船の第一便で戻ることがすでに決まっていました。

 

 この国でも色々な出会いがありましたが、お別れとなります。戻ってくることは——おそらくないでしょう。


「……気にするな、兄。もともと兄は仕事で来たのじゃ、仕事が終われば戻らなければならぬ。妾も本当は、もう少し兄に甘えたかったのじゃが、仕方ない。ちょっと遠いが、その気になればいつだって会いに行けるしの」


 そのための定期船ということです。王都領になる条件としてリーリャが一番に出してきた条件ですから、多分本当に会いに来ちゃうのでしょう。


「それより、兄——ちょっと聞きたいんじゃが、あの人は定期船には乗ってくるのかの?」


「あの人……って、カレンさんのこと?」


 うん、とリーリャ。


「迎えに来るみたいだよ。事件以来一度もやり取りしてないから、僕に真っ先に会いたくて仕方がないみたい」


 まあ、僕も会いたくて仕方がないんですが。


「そうか、ならよい。ならその時に話をしてみるかの」


「カレンさんとリーリャが? 何かあったっけ?」


「ふふ、秘密じゃ。秘密」


「……??」


 その後、いくらリーリャに聞いても『これは女同士の秘密の話だ』と決して教えてくれなかったのでした。


 × × ×


 そして、改めて翌日。


「――ハルっ」


「わぷっ」


 定期船が止まるなり甲板から飛び出してきたカレンさんに、僕は思い切り抱きしめてられていました。

 

 あまりに力強く締め付けてくるのでちょっと苦しいですが――僕も久しぶりにカレンさんの匂いを嗅ぐことができて実はちょっと嬉しかったりします。


「――お帰り、ハル」


「はい、ただいまです。カレンさん」


 お互いの再会を喜ぶように、じっくりと時間をかけて僕達はハグをしていました。人目もありますが、僕もカレンさんも我慢なんて出来ませんでした。


「……ねえねえそこのおばさん、いい加減隊長から離れてくんない? 私たちもさ、隊長にちゃんと挨拶とかしておきたいんだよね」


「……バカップルは死んでも治らない」


「おばッ……!? あ、相変わらずの減らず口でごザマスわね。今この場で教育しなおして差し上げザマスか?」


「……カレンさん、怒りで語尾に変なキャラ付けがされてますよ」


「あわわ、カレン女王様、落ち着いてくださいです……!」


 青筋を立てるカレンさんを僕とノカでなんとか宥めていると、彼女らに遅れてリーリャもやってきました。


「待ってもらってすまぬのじゃ。ちょっと準備に手間取ってしまっての」


「本当だよ、リーリャ様。隊長に会うだけなのに、妙に髪とか気にしちゃってさ」


「ばっ、エナ……それは言うなと命令したじゃろうが~!?」


 顔を真っ赤にしてエナの口を塞ごうとするリーリャと、そしてそれを笑顔であしらうエナ、それを傍らで眺めて微笑むゼナ——ここにきてもう何度も見た光景ですが……これで最後かもと思うと、少しだけ胸が締め付けられる思いがしました。


「と、とにかく! 妾が今日のこの場所に参ったのは、カレン。お主と話をするためじゃ」


「そうだったな。聞きたいことがあるという事らしいが……答えられるものであれば、何でも質問してくれ」

 

 それについては僕としても昨日からずっと気になっていたところです。


 リーリャが何を聞き、そしてカレンさんがどう答えるのか。 


「うん……では、せっかくなので皆がいるこの場で聞いておこう……カレン、妾と殴り合いの喧嘩をしたきっかけの言葉、覚えておるか?」


 彼女の口からその言葉が出た瞬間、それまで和やかだった場の空気がちょっとだけ張りつめました。


 兄と慕う僕以外だと、未だに抵抗があるという男性との接触――幼いリーリャと母親を置いてどこぞへと行ってしまった彼女の父親が原因のトラウマ。


 カレンさんはそれを『とある理由』でくだらないと断じたのですが――。


「ああ。いつまでも父親のことにこだわるのがくだらない——私はそう言ったな。もちろん、それは理由があってのことだが……そういえば、ネヴァンの邪魔が入って言いそびれていたな」


「うん。じゃから、それを今聞いておきたいと思っての」


「……いいだろう」


 皆の視線を集めるなか、一呼吸置いたカレンさんがゆっくりと口を開きました。


「……私があの時言いたかったのは——父親のこと、というか過去のことをいつまでも引きずるのがくだらない、という意味で言ったんだ。いつまでも過去のことに目を向けるばかりでこれから来るかもしれない未来を見ないだなんて、そんなの、あまりにも可哀そうじゃないか。私も過去、そんな風になって少々やさぐれていた時期があってな……なんだか昔の自分を見ているようで、ちょっとだけイライラしてしまったんだ。すまなかった」


 神経を逆撫でするような物言いになったことについて、リーリャへ頭を下げるカレンさん——ひどいことを言ってしまったと、ずっと気にしていたのでしょう。


「その言い方じゃと、お主はそれを克服したような言い方になるのじゃが……どうやってその『未来』とやらを見るようになったのじゃ?」


 続けてのリーリャから問いに、カレンさんは僕のほうへと視線を向けました。


「それは……私の隣にいるハル……この人が、私に教えてくれたんだ」


「え? 僕ですか?」


 僕、そんな『過去ばかりでなく未来も見据えなきゃダメだぞ』だなんて、そんな人生の先輩が酒の席で語るようなことを上司であるカレンさんに垂れたことなんてありましたっけ。


「私は勝手に全てをあきらめていたんだ。今まで剣の道ばかりに邁進しすぎた自分は、一生独りぼっちで、これからもずっとそれは変わらないんだと。僅かながらに憧れていた女の子としての幸せなどないんだと。そう思いこんで、拒否していた」


 でも、とカレンさんは僕の肩に手を置いて続けます。


「――そんな私にハルは言ってくれたんだ。あきらめなくていいのだと——自分の欲しい『未来』を全部全部求めてしまってもいいのだと。一時は拒否した私に何度も何度も——それから私は、それまでの自分の歩んだ道に対して悔やむのをやめた」


 その言葉に嘘偽りは一切ありません。僕がカレンさんに告白したときの言葉――それをカレンさんは大事にそれを胸のうちにしまっていてくれたのです。


 真剣な表情、真剣な言葉。


 それは、リーリャにだってしっかりと伝わったはずです。


「そうか……お主は、いい恋人をもったのだな」


「——うん。私には勿体ないぐらいの、年下の可愛くて仕方がない彼氏だ」


 その言葉に、僕は思わず泣きそうになってしまいました。


 カレンさんが僕のことを大事にしてくれているのはわかっていましたが、こういう場で改めて言われるとちょっと感動してしまいます。やだ、僕、ますますカレンさんのこと好きになってしまいそう。


「……わかった。お主がそういうのなら、妾もこれから頑張ってみるのじゃ。ありがとうなのじゃ、カレンねえねえの言葉、妾の心にしっかりと響いたぞ」


「うえっ……ね、ねえ? ねえって、お姉さんのねえってことか?」


「そうじゃ。ハルにいにいじゃから、その恋人のカレンねえねえじゃ。もしかして、そう呼ばれるのは嫌か?」


「え? あ、いやそんなことはないぞ! 私は一人っ子なので、そう呼ばれるのに慣れていないというか……い、意外にいいかもだな。ねえねえおねえちゃん、なんだ妹よ……ぐへへ(ボソッ)」


「……ねえ、隊長。あのおばさん、正直キモイ」


 突然できた歳の離れた妹的存在にデレデレするカレンさんを見たエナが、そう僕に耳打ちしてきました。えっと、それは言わないであげて。


「っと、私としてももうちょっと妹たち——じゃなかった、皆と話したいところだが、まだ王都あっちの仕事が残っているからな。この辺で失礼させてもらうとしよう――ハル、お前も挨拶は済んだか?」


「はい。前日までに皆とは済ませていますから、それで十分です」


 それに、あんまり挨拶をしすぎて逆に名残り惜しさが増してしまうのもイヤですし。


「あ……た、隊長、隊長ってば!」

 

 と、カレンさんに促され船に乗り込もうとしたところで、エナが僕の手を掴んできました。


 僕が王都へ戻ることを知って、一番残念そうにしてくれたのは、リーリャでも、ゼナでもノカでもなく、このエナだったのでした。


「どうしたの、エナ。まだ何か伝え忘れてたことでも?」


「いや、それはだいじょぶ……大丈夫、なんだけどね」


 しかし、そうは言いつつもまだ何か言いたそうにもじもじとしているエナです。

 

 いつもはもっとはっきりと意見を言ってくれる彼女ですが――今日はどうにも歯切れが悪いです。


「私にもわかんない……わかんないんだけど——んああッ、もう! なんで私こんな気持ちに——胸がざわざわ、嫌な感じになっちゃってるの!?」


 自身でもよくわからない感情の芽生えにイライラしているエナでしたが、そんな彼女の背中へむけて、リーリャが予想外の言葉をかけてきました。


「エナ、お前はクビじゃ。妾の世話係を今この時をもって辞めてもらう」


「えっ……!?」


 その言葉に一番驚いたのはもちろんエナでした。


 これまでリーリャのことを一番に考えて世話をしてきた彼女に対しての突然の『お前はもういらない』発言――傍にいたゼナやノカも姫の気まぐれに驚いているようでした。


「そんな、姫様どうして――」


「お主の抱えている感情の正体は、お主にしかわからん。じゃがこれだけはわかる——エナ、お前はこの場にいる誰よりもまだハル兄と離れたくないと思っておるのじゃ。だからこそ、お主はそれほどまでに往生際の悪い行動をとっておる」


『それってまさか【恋】なんじゃ……?』とカレンさんがなにやら言っているのを、もちろん聞き逃す僕ではありませんが、この場に水を差すのも野暮かなと思うので、とりあえずここはスルーで。


「カレンねえ、姉が隊長をやっている騎士団というのは、確か万年人手不足なんじゃろ? なら、このエナを使ってやってはくれぬか? この通り、あまり賢いとは言えないが、腕は確かじゃ」


 リーリャの言う通り、エナの加入はこちらにとって悪い話ではありません。カレンさんと取っ組み合いの喧嘩が出来る数少ない一人ですから、実力も申し分ありません。大きな助けとなってくれるでしょう。


 あと、事情が事情ですから、簡単に社畜にすることも――ゲフンゲフン。


「個人的な感情で言えば『絶対にNO』なんだが……ただでさえハルに好意的な目を持つ女が最近増えすぎなんだよな……」


 増やしてしまってごめんなさいとしか言いようがありません。僕がカレンさん一筋なのは周知の事実ですが、いい気分はしないはずです。正妻の余裕を持てるほど、カレンさん自身も恋愛経験があるわけではありませんし。


「エナねえさま、こちらはノカにおまかせください! ねえさまの分まで、私が頑張りますから!」


「……ノカに同じ」


「ノカ、それにゼナまで……というかこれじゃあ、私本当に王都に行かなきゃじゃん……」


 エナもまさかここまで話が転がるとは思ってみたいですが――こうなった以上は覚悟を決めるほかありません。


「む~……わかった、わかったよ! みんながそう言ってくれるんなら決めた! 私は隊長についてくっ。これからも隊長と一緒に仕事する——隊長も、それでいいよね!?」


 と、許可を求めつつも、すでにずかずかと王都行の船に足を踏み入れていくエナ——これでは許可を求める、というよりはただの宣言です。


「おい、エナ。ちょっといいか?」


 と、ここで船に乗り込もうとする彼女をカレンさんが呼び止めます。


「……何? 何か文句あんの?」


「お前をブラックホークの新たな隊員とする……それについてはいいだろう。だが、そうなればお前は私の部下ということだ。隊長の命令は絶対、だからまずはその言葉遣いから——」


「は? 何言ってんのおばさん? 私は隊長と——そこにいるハルと仕事をするって言ったの。ハルの言うことならなんでも聞くけど、おばさんの言うことなんか聞きたくないから」


「おばさん!? お前またおばさんっていったな!? 私はまだ二十九だ! お、姉、さ、ん、だ!」


「――お、ば、さ、ん、でしょ?」


「むっきゃきゃ~ッ!!? コロす! お前、私、ぶっ飛ばす、今、この手!!」


「ほらほら二人とも出航の時間ですよ。っていうかカレンさん、なんで喋り方キャノッピ?」


 と、そんなこんなで、魔眼のアンリさんと共和国の女戦士エナという新たな仲間を加えた僕達でしたが――。



 まさか、それがカレンさん率いるブラックホークの存亡にかかわる大事件を引き起こすことになろうとは、この時の僕は思いもしなかったのです。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 2 遠距離恋愛でもすべてをあきらめた女騎士がかわいすぎる件――完


 次回 →


 3 小さくなってもすべてをあきらめた女騎士がかわいすぎる件 へ続く。

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