25 歳の離れた妹が出来てまんざらでもない女騎士がかわいすぎる件 5
「ァ……ギャアアアッ!! は、離れるッ、せっかく、せっかく手に入れた私の体ッ、体ァァァァァァッ!!!」
「それはあなたのものなんかじゃない! 彼女の——リーリャだけのものだ!」
リーリャの下腹部内へと沈み込んだ剣先へ、僕はさらに破魔の魔力を流し込んでいきます。ネヴァンとリーリャの繋がりを完全に切り離すため、とにかく全力で。
「んぐううう、ンッ、んぐウウ……嫌だっ、もうちょっと、あともうちょっとで手が届くのにッ……【十三星】にっ……この私が、こんな、こんなところでエエエエエッ!!!」
リーリャ自身の抵抗と僕からの破魔により、ネヴァンの魂が徐々にリーリャの体外へと引きずり出されていき——。
「出て、いけえッ……わたし……妾の、ところからッ……!」
「ネヴァン、出ていけえええええッ——!!」
「――ああああああああああああああああああッ!!!!」
パン、という一際高い音とともに、リーリャの体外から勢いよく仄白い球体が糸を引きながら空高く飛び出していきました。
風船のようにフワフワと所在なく彷徨うネヴァンのそれは、まるで行き場を失った怨霊のように見えます。
「隊長、ソイツちょっとずつ私たちから離れていってる! 逃げるつもりだ!」
「――わかってるよ、エナ! 絶対、絶対にここで仕留めて見せる」
破魔のために魔力を費やしすぎたため、意識は朦朧とした状態の僕ですが、もちろん彼女をこのまま逃がすつもりなどありません。
「――ハル、乗れッ!!」
気づくと、すでにカレンさんが僕の側で大剣を振りがぶっていました。みねうちのようにして剣を水平にして、僕がその腹に乗って跳べるように。
「行ってこい、ハル! 命令だ——確実に仕留めろっ!」
「――はいッッッ!!!!」
カレンさんが剣を振り抜くと同時に、その刀身を足場にした僕が少しづつ空を上昇していくネヴァンの魂へと肉薄していきます。
魂のみとなったネヴァンには、もはや断末魔をあげることすら許されていません。リーリャの体外へと飛び出す直前の言葉から、彼女も彼女なりに目指すところがあったようですが――。
「――ごめんなさい」
物言わぬ魂へ向け、そう一言だけ告げた僕は、わずかに残ったなけなしの魔力を愛剣に流し込み、そして霧のようにかき消えてしまいそうなほどに薄くなりつつあうる白靄の中心へ剣を思い切り振り抜き——。
「!? えっ……」
ネヴァンを完全に始末した——そう僕が思った刹那でした。
「――阻止、魂。ネヴァン、私、命令」
突然、まるで奇術のように現れた、黒ずくめのローブと真っ黒な三角帽子をかぶった箒に乗った魔法使いの女の子によって、振り抜いたと思った僕の一撃がピタリ、と彼女の差し出したたった二本の指によって防がれていました。
彼女の首元には、やはりネヴァンと同じく帝国所属であることを示す騎士団の徽章が、一際存在感を放っていました。
「間に合う、なんとか。果たす、命令。偉い、私。喜ぶ、きっと、マスター」
主語と述語がまるででたらめな話に違和感を覚える僕が、目深にかぶった三角帽子に隠された彼女の顔を覗き込むと——。
その視界に、異様に高く伸ばされた鼻と、木螺子で簡単に固定された関節、そして木目の浮かび上がった肌色の頬が飛び込んできました。
明らかにその正体を隠す気すらない堂々した出で立ちは——。
「そんなっ……君は人形、なのか……?」
「人形、そう。命令、私、遂行。木偶、作られる、マスター」
宝石のように輝く瞳が、彼女の眼窩のなかでぎょろぎょろと不気味にうごめいていました。
隅々まで観察されているような——全身を虫が這いまわるような感覚に、僕は一気に総毛立ちます。
「ある、まだ、魂、ネヴァン、利用価値。渡す、拒否、故、あなた」
彼女がそう言うと、肩にかけていた少し大きめのバッグから取り出した何の変哲もないガラス瓶へネヴァンの魂を封じ込めました。
「別れ、ひとまず。会える、楽しみ、私。待つ、同じ、マスター」
「くっ、待て……!」
そうは言ったものの、すでに上昇の勢いを失った僕と、魔法の力でどんどんと上昇していく箒に乗った彼女では、もうこれ以上どうしようもありませんでした。
「名乗る、私、名前。キャノッピ、名前、私。名付け親、マスター。人形使い、十三星、うち一人、帝国近衛騎士団――」
帝国近衛騎士団【十三星】のうちの一人。人形使いの『マスター』と彼女が呼ぶ人物に作られたキャノッピという木偶——。
その情報だけを残して、彼女は、光の粒子となって跡形もなくその場から消えていきました。
「ハルッ、大丈夫か?!」
落下してた僕を軽々と受けとめ抱きかかえたカレンさんが、僕の顔や体をぺたぺたと手で触れながら異常な無いかをチェックしていきます。
どうやら、下で待っていた皆も、突然戦場に乱入してきた異様な存在に警戒心を抱いているようでした。
「申し訳ありません、隊長……取り逃がしてしまいました」
「いいさ。お前はよくやったよ。
元々も目的は達成された——カレンさんがそう言った、ということは。
「う、う~ん……なんじゃ、ここは? 妾はあの時ネヴァンに……ダメじゃ、これ以上は思い出せぬ……」
「――リーリャ!」
寝ぼけ眼をこするようにして覚醒したリーリャを見た僕は、すぐさま彼女のもとへと駆けだしました。
ネヴァンに襲われた以降の記憶については完全に飛んでしまっているようですが――それ以外に特に問題はないようです。
「なんじゃお主たち……勢揃いして妾を見おってからに。見ない顔もおるし、久々に見る顔もおるな」
「リーリャちゃん! うん、そうだよ、私だよ。いつも泣いてばかりのピースケ……だよっ……ふええんッ、ふえええええええん!!」
「相変わらずだな、お主は。会わなくなってから少しは成長したと思ったが……全く変わらぬではないか」
「ひっく……ごめん、ごめんねリーリャちゃん……私、泣き虫で、でも、良かった。本当によかったよおッ……!」
「わぷっ、おいこら離れぬか。他の皆が見ておる……恥ずかしいじゃろうが」
しかし、そうはいいつつもリーリャは、犬のようにわんわんと泣くノカをぞんざいに扱うことはしませんでした。まだ赤子同然だったときの記憶を懐かしむように、かつての——そして今もなお親友の
そして、ノカと同じくもう一人——いや、二人ですか。緊張の糸が切れ、ぽろぽろと安堵の涙をこぼすゼナとエナが僕のほうへと飛びついてきました。
「隊長、ありがとう……リーリャ様を助けてくれて本当にッ……!」
「あなたにはどんなに感謝しても足りない……ありがとう」
「いや、こちらこそありがとうだよ。エナ、ゼナ、ノカ……三人の助けがあったからこそ、僕もなんとかやれたんだと思う」
エナの真っ直ぐな気持ち、ゼナの秘めたる思い、親友のことを信じ続けたノカの不屈の心——それが僕の胸に炎を灯させたからこそ、最後まで力尽きることなく、リーリャを救うことができたのですから。
「――妾からも、お主に礼を言おうと思う」
そして、リーリャからも。
「少しずつ記憶が戻ってきた……夢を見ていた……ひどい夢じゃ。妾と母様に暴力ばかり振るっていた父親の罵倒――いつも、毎晩のように見させられた夢じゃ。でも、今回ばかりは違った——暗い世界に光が差し込んだんじゃ。頑張れ、負けるな——そう言って、小さな妾を抱きしめてくれた気がしたのじゃ」
ふ、とリーリャが僕に向けて初めて微笑みかけてくれました。
「お主が助けてくれのじゃろ? あの女――ネヴァンにまんまと騙された妾、愚かな妾じゃ。そんな私を、ハル――いや、
言って、リーリャは僕へ向けて頭を下げました。
「ありがとう——そしてごめんなさいなのじゃ。
「……いいよ。もちろん、喜んで」
瞬間、僕もそれまで堪えていた僕の瞳からも一滴の涙がこぼれ落ちました。
ネヴァンによって村は壊滅状態に陥り、その首謀者であるネヴァンもその仲間と思しき奇妙な存在によって取り逃がす――王都、共和国、そして帝国を取り巻く状況が完全に解決したとは言えないですけれど。
今、この時だけは、ゆっくり休んでいいですよね?
ねえ、カレンさん——。
背中にいつもの安心する暖かみを感じながら、僕はゆっくりと意識を落としていったのでした。
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