24 歳の離れた妹が出来てまんざらでもない女騎士がかわいすぎる件 4


「役に立ったって……まさか隊長、リーリャ様を助ける方法が見つかったの?」


「――確実に、ってわけじゃないよ。でも試してみる価値はあると思う」


 おそらくではありますが、ネヴァンは、リーリャが深い眠りに落ちている隙をついて意識を乗っ取っている状態だと思われます。生きている人間を操るのだとしたら、最初からそういう環境になっている人間を選んだほうが手っ取り早いですから。


 ということは、何らかの方法を用いることによってリーリャの意識を無理矢理にでも覚醒させてやれば、異分子として体内の魔力回路に入り込んでいるネヴァンとの癒着を切り離すことができるのではないか、と僕は考えたのです。


 その鍵を見つけ出してくれたのは、傷だらけになりながらも奮闘を続ける小さな女戦士のノカでした。


 先程のノカの呼びかけに、リーリャが無意識にでも反応したのだとしたら。


 そして、ノカの呼びかけ以外にの強い刺激があるのだとしたら――。


 今の僕にはその方法しか考えつきませんでした。


「――ハル、私に何か手伝えることはあるか?」


 と、ここで背後からカレンさんの声が聞こえてきました。操られていたすべての少女達の拘束を終えたようですが、アンリさんともども呼吸一つ乱していません。さすカレ。


「そうですね……じゃあ、後ろから僕のことを抱きしめてください。で、耳元で『愛してるよ、ハル』っていいながら、頬でいいですから僕にキスしてください」


「はあっ!? 隊長、こんなときにいきなり何を言っ……」


 カレンさんのほうを一瞥すらせず、冗談のようにそう言った僕にエナが眉を顰めました。

 

 こんな状況で何をふざけたことを、と。


 普段なら、カレンさんもそう言って僕のことを叱ったでしょう――慌てふためいた声を出しながら、そしてカワイイ反応を見せてくれながら。


「――いいぞ」


 しかし、今回のカレンさんは違いました。


 細かな仕草一つすら見逃さないようじっとネヴァンのみを視ていた僕の背中にぴったりと自身の胸を押し当て、一回り小さい僕の体を包み込むようにして抱きしめてくれたのでした。


「……少し震えているな。怖いか?」


「はい――ほんのちょっとだけですけど」


 できるだけ気付かれないようにしていましたが、やはりカレンさんにはお見通しのようでした。

 

 ゼナとノカの二人を相手にしているネヴァンが未だに痛みに顔を歪めている様子から見て、おそらく僕らがやろうとしていることも成功する可能性が高いです。


 リーリャの体の奥にある魔力回路に居座っているネヴァンの魂を切り離し、体外へと追い出す――少々手荒なことになるでしょうが、おそらく大丈夫でしょう。


 問題なのは、その後です。


「ハル――アイツを……ネヴァンを殺すんだな?」


 僕は無言で頷きました。


「ネヴァンの魂をそのまま取り逃がせば、多分また一時的に誰かの体へと乗り移ってしまいます。そうなればまた今回と同じことの繰り返し――後顧の憂いは断ち切っておくべきです。確実に。頭ではそう、わかっているのですが……」


 僕は、今まで人の命を奪ったことはありません。


 死霊術を極め、今や『魂』だけの存在となったネヴァンが『人間』かどうかとは甚だ疑問ではありますが、過去間違いなくだったことに変わりはないのです。


 リーリャを助けるためにその身を投げ出す――その覚悟はできています。


 しかし、そのさらに先の一歩を踏み越えること――人の命を奪うことに、僕は躊躇していたのでした。


「――戦場で敵に同情する、か。甘ったれだな、ハルは」


「……はい」


「アンリの時も、そうだったな。あのまま殺しても誰にも文句は言われなかった、それでもお前は、アイツを許した」


 内容だけ聞けば叱責ですが、今のカレンさんの口調にそういったものは一切含まれていませんでした。まるで姉のように、母のように、ただ優しく僕のことを息苦しいぐらいに力強く抱きしめ、くすぐるように耳元でささやいてくれていました。


「――大丈夫だ、ハル。お前には、私がいる。たとえ他の全員が敵に回ったり、お前に石を投げつけてきても、私だけはお前の側にいる。お前の盾になってやる」


「カレンさん……」


「――行ってこい、ハル。この国の――リーリャの、そしてこの国の子たち全員の英雄になってこい。お前には、その資格がある」


 そうして、カレンさんは、僕の背中をぽん、と前へと押し出しました。


 震えは、もう微塵も感じません。


「――カレンさん、キスはしてくれないんですか?」


「調子に乗るな。というか、みんなの見ている前でそんな恥ずかしいことできるか……バカ」


 そう言って、ほんのり頬を染めてそっぽを向くカレンさん――控えめに言って、最高にかわいい。


「エナ……これからリーリャに取りつく。一回でいいから、僕のことを守って欲しい。お願い、できるかな?」


「ここまで来たんだから、仕方ないかな。甘えん坊の隊長のために一回だけ、一肌脱いであげるよ」


 待ってましたとばかりに、エナが指や肩を鳴らしながら僕のすぐ背後に位置しました。恥ずかしいところを見せてしまいましたが、逆にそれが彼女のやる気に火を付けたようです。


「少年――はいこれ。持っていきなさい」


 どこかへ行っていたアンリさんが戻ってくると、その手には隊長部屋に置きっぱなしだった僕の愛剣が握られていました。


「アンリさんも、ありがとうございます」


「……別に。ま、せいぜい頑張りなさい、少年」


「はい――それでは、行きますッ!」


 アンリさんから剣を受け取ったと同時に、僕はネヴァンへと向けて一直線に駆けていきました。


「ネヴァン、リーリャ様の体――今度こそ返してもらう!」


「……待ってた!」


 エナを従えて突っ込んできた僕を見たゼナがいったんネヴァンの間合いから離れました。


「お前もか、この王都のクソガキッ……揃いも揃って私に真っ二つにされに来たかッ!!」


 魔法による脚力強化+風の魔法で突風のごとく間合いを詰めてきた僕を認めたネヴァンが標的を僕の脳天へと合わせて斧をまっすぐに振り下ろしてきました。


 額を真っ二つに割るべく正確無比に繰り出される斧の斬撃――しかし、僕はそのまま足を緩めることなく突っ込んでいきました。


「エナっ!」


「――うんッ!」


 僕の呼びかけを合図に飛び出したエナが攻撃の軌道上に割り込んでネヴァンの渾身の一撃を受けきりました。


「んぐぐ……ッ!!」


「エナぁ!! お前はお呼びじゃ――ねえんだよッ!」


 邪魔とばかりにすぐさまエナを弾き飛ばし、すぐさま僕を攻撃すべく、続けざまに二撃目を繰り出そうとしたネヴァンでしたが――。


「――影、飛ッ!!」


「――んなにィッ!???」


 エナの影に隠れて『影飛』を発動させた僕の姿は、すでにネヴァンの懐――足元にありました。


 人影などに隠れた際、できるだけ自分の姿を目立たなくするよう隠密や攪乱の魔法を使い、その上で高速移動を行うゼナのスキル――彼女が使役したのを視認できたのはほんの一瞬でしたが、種が分かれば僕に使えない技術はほぼありません。


「ヤロッ……ちょこまかとォッ!!」


「――遅い!」


 膂力によって無理矢理軌道を変えたネヴァンの三撃目を軽々と躱した僕は、すぐさまリーリャの足元を払いました。


 流れるような体捌きで、彼女の上へと覆いぶさるようにして組み伏せた僕は、そのまま自らの左手をネヴァンの喉元へと手を伸ばしました。


 そして首を絞めるように、そのまま左手の握力を強めていき——。


「がッ……!? て、めえっ……いい、のか。このまま、じゃ、私もろともリーリャ、もッ……!」


 ネヴァンが僕の拘束から力づくでも抜け出すことのないよう、全力でもってその小さな体を抑え込んでいきます。リーリャの体が軋みを、悲鳴を上げるようにギリギリと音を立てますが、関係ありません。


 さらに。


「うるさいっ……リーリャあッ……お前こそ、の言う通りにしろおッ……!!!」


 僕はわざと乱暴にそう言って、今度は空いているほうの右手で彼女の戦闘衣の首元部分を掴み、そして、そのままそれをビリビリと乱暴に引き裂きました。


 眼前に顕わになったリーリャの褐色の上半身の裸体――ほんのわずかに女性としての発育が始まっている二つの膨らみへ乱暴に手を押し当てると――。


「んぐ——!? な、んだッ――急に、体が言うコトを聞かなッ……!???」


 ついには起こりました。


「――ぅ、ぁ……アアアアアアあっ!!? く、くるなっ。くるなああああああああああああ!!!!」


 唐突にネヴァンの口から発せれた子供のような悲鳴――駄々をこねるように泣き叫ぶその姿は、正真正銘、僕が最初に取り乱したリーリャを見た時と同じ様子でした。


「ぐううっ……! 腹がッ……ちくしょうっ、私の催眠で完璧にはずなのにぃ……んのっ、治まりやがれエッ……!!!」


 しかし、いったんトラウマを刺激したリーリャの肉体は、体内に潜む異物を取り除くべくネヴァンの魂を、外へ、外へと徐々に押し出していきます。


「見えたッ! 下腹部――やっぱりそこにいたんだな、ネヴァン!!」


 へその少し下部からわずかにのぞいた淡い白光を放つ薄靄目がけ、僕は『破魔術』を付与した自らの魔法剣を突き立てました。


 魔法が魔法であること——今回は、死霊術という『魔法』によって繋がっていたリーリャとの魔力回路との癒着を『なかったこと』にする僕だけの固有術。


 みんなに支えられ、そして勇気づけられた僕の決死の魔法が、ついにネヴァンの悪しき目論見を完全に打ち破った瞬間が、その時、ついに訪れたのでした。

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