5 勝負に負けてわんわん泣く女騎士(十四歳)がかわいすぎる件
「試合は二対一の形式で行うよ。カレンさん、それからハウラの二人で組んで、僕に一太刀でも入れることができたら勝ち、僕の方は君達どちらかが『まいった』と言うまでだ、いいね?」
「わかりました先生。でも、私も一人で構いません。後ろの人がいても足手纏いにしかならないですから」
「! カレンさん、あなたそれはちょっと私のことを侮りすぎじゃ——」
仲間など眼中にないといった様子で一瞥もくれずに言い放ったカレンさんに、さすがの委員長も顔をしかめます。
しかし今のカレンさんには、その話に傾ける耳はなく、
「では先生、早速こちらから仕掛けさせてもらいます!」
と、そのまま僕へ向けて飛び出してしまいました。
「あはは……似てるなあ、前の僕に」
学校の講師たちを遥かに凌ぐ実力を持って卒業して近衛騎士団に入隊した僕にも、こういう時代があったことを思い出します。自分以外に強い人間なんていない――というちょっぴり傲岸不遜な心を持っていた時のことを。
まあ、入隊直後にカレンさんの手によってしっかりみっちりと叩き直されたのですけれど。
「よし——それじゃあおいでカレンさん!」
「ハアアアアッ!!」
大上段に木剣を構え跳躍したカレンさんが、そのまま僕の脳天めがけて真っ直ぐに振り下ろしてきます。おそらく幼い頃より総隊長からの手ほどきを受けているだけあって、やはり騎士として様になっています。
ですが、まだまだ。
「よっと」
「!?」
闘気がしっかりと込められたカレンさん渾身の一振り。
しかし、僕はそれを同じく木剣ではなく、自らの手で受けきりました。籠手も着けていませんから、もちろん素手です。
「驚いた? でも、今の君ぐらいの攻撃、僕ならこれで十分」
普通の素手で受けたら骨が折れてしまうので、もちろん僕のほうも闘気を使っています。カレンさんのように無駄に全身に漲らせるのではなく、手だけ、ですが。
使う力は、なるべく最小限。カレンさんに口酸っぱく言われていた教えです。
「うぐっ……このっ!」
掴まれた剣がびくともしないことを感じどったカレンさんは、すぐさま握っていた武器を捨てて、徒手空拳で迫ってきました。迷いもなかったので、ある程度は訓練していたのでしょうが――。
「これも、まだまだ」
「!! いっ……!」
鳩尾へ向けて繰り出してきた正拳をはたき落とすように、僕はカレンさんから奪った木剣を彼女の腕へと打ち下ろしました。
僕的には軽く叩いたつもりでしたが、相当痛かったのか、カレンさんは苦悶の表情を浮かべていました。
「自分の武器を簡単に捨てちゃ駄目だ。武器っていうのは、人を攻撃するだけじゃない――自分を守るためにも必要なものだ。捨てる時は、確実に相手に先制できる時か、もしくは捨て身の時だけだ」
はい、と僕はカレンさんへと今しがた奪った武器を投げ渡しました。
「さて、これで今のカレンさんと僕の実力差はだいたいわかってもらえたと思うわけだけど、どうする?」
「それは『まいった』をするかどうか、という話ですか? もしそうなら——お断りします」
言って、カレンさんは僕の攻撃で痺れた腕をものともせずに、再びしっかりと剣を握り直しました。
「この程度で負けを認める軟弱な私ではありません。私に『まいった』と言わせたいなら、完膚なきまでに叩き伏せることですね」
負けん気もこの時から強い、と。
そんなカレンさんが負けを認めた時はどんな顔をするのでしょうか――それに『罰』がどんなものかを聞かされた時の表情とかその他諸々――ちょっと楽しみです。
× × ×
そこからは予想通り、一方的に試合は進んでいきました。
必死になって攻撃を繰り出すカレンさんと、そしてそれをあっさりと受け流し、咎めるようにカレンさんへ『指導』という名の反撃をする僕。
結構痛めつけてるにも関わらず一切あきらめずに闘気いっぱいに武器を振り回すカレンさんの体力は相当なものですが、しかし、体のそこかしこに痣を作っているその姿は、傍目から痛々しいものでしかありませんでした。
「なかなか諦めないね。でも、このままやっても無駄だと思うよ?」
「無駄ではありません。事実、先生もちょっとずつですが息があがっているではないですか。疲労してくれれば、いずれは機会が訪れるはずです——先生に一撃入れる好機が」
困ったどうしよう——。
と、いうところで。
「――参りました」
勝負の決着を告げる言葉がカレンさんから——ではなく、その後ろにいるハウラの口からもたらされました。
「!? ちょっと、あなた何を勝手に——まだ先生と私の勝負は」
「いいえ、負けですカレンさん。私がそう判断いたしました。先生の勝利条件は、『カレンさんか私』が【まいった】というまでですよ? つまり、私が言っても問題はないわけです」
「そんな屁理屈私は認めません。私は『まいって』いません、ですからこのまま勝負を続行させてもらい——」
と、カレンさんが周囲に向けてそう宣言しようとしたところで、彼女は初めて気づきました。
自身を見る、クラス全員の冷ややかな視線に。
「カレンさん、ようやくわかった? 諦めないことと、往生際の悪いことっていうのは似ているようで全然違う——今の君は、完全に後者だって皆から思われてるってこと。それに——」
そこで、僕は初めてカレンさんより先に攻撃を仕掛けました。カレンさんが全く反応できない速度の突き——その切っ先が、彼女の喉元にわずかに触れていました。
「諦めなければいつかは倒せる? 思い上がるのも大概にしておきなよ。今のカレンさんなら、倒すのに一秒だっていらないんだからね」
「あ――」
周囲の冷えた雰囲気と、突き付けられた圧倒的な現時点での実力差に、カレンさんが初めて持っていた剣を取り落として、その場にへたり込みました。降参してくれた、というか心が折れた感じでしょう。
あと、声を押し殺しつつですが、嗚咽も漏らしていました。
「ふええんっ……! 先生のバカ、バカあっ……大人気ないぃ……」
あらあら、泣いてしまいました。カレンさんの自身の立ち位置を知ってもらう企図があったのですが――こういうところはまだまだ十四歳の女の子です。
突然豹変したカレンさんの姿に、クラスメイトも呆気にとられています。
「私、弱くないもん、強いもん……今は負けてるけど、いずれは絶対に勝てるもんっ……!」
「うんうん、そうだよ勝てる勝てる。後十五年ぐらいかかるけど、いずれは僕を従えるくらいに強くなる。それは僕が保証する。だから落ち着いて、ね?」
「ひっく……先生が、そう言ってくれるのなら……」
涙を流して落ち着いたのか、少しづつ呼吸のリズムも正常に戻ってきたようです。
「さて、ちょうど一コマ目の時間が終わったみたいだし、ひとまずこれで解散ということで。えっと確か次の授業は……」
「魔法基礎学です、先生。さあ皆さん、研究棟へ移動しますから、そのままこの私、委員長のハウラへついてきてください」
ハウラの呼びかけに応じた皆がカバンを抱えてぞろぞろと訓練棟のすぐ隣にある研究棟へと向かっていきました。魔法については担当講師がいますので、いったん皆とは別れる形となります。
「さ、カレンさんも早く行っておいで。ハンカチ渡しておくから、これで涙をしっかり拭いて。鼻もかんでいいから」
「あ、はい……」
びーん、とかわいらしく鼻をかんだカレンさん——口にはもちろん出しませんが、かわいい。
「ごめんなさい、先生。私、先生のこと内心で見くびっていました。女の私ぐらいしかない細い線の王子様みたいな人に、戦いで負けるはずなんか、って思って」
僕に頭を下げて自らの非を詫びるカレンさんに、それまでの反抗的な態度はありません。むしろ素直です。素直カレンさん。
「ううん、カレンさんも十分強かったよ。これからしっかり学んでいければ、僕をコテンパンにするのに十五年もかからないかもしれない」
「さっきから言ってますけど、どうして十五年なんですか? 私、それじゃあおばさんになっちゃいます」
はは、と冗談めかして笑うカレンさんですが――事実を伝えるのは今はいいでしょう。というか、未来ある若者に、これから辿る辛い道――二十九歳で、独身で、同期全員に先を越され、すでに結婚している親友を無理矢理酒場に連れ出して潰れるまで飲んだくれる——そんな話したくありません。
「さ、カレンさんも次の授業へ。魔法の素質はないから授業自体は退屈かもしれないけど、学んでおいて損はないからね」
使えなくても、魔法のなんたるかを知っておけば、それを防ぐための対策はいくらでも練ることができます。カレンさん(二十九歳)も、そうやって並み居る魔法使いや魔法剣士たちを押し退け、出世していったわけですから。
「――わかりました。先生がそう言ってくれるのなら、私頑張ります」
僕の言葉にしっかりと頷いたカレンさんがそのまま皆の後を追おうとしたのですが――もちろん、それで話の全てが終わったわけではありませんでした。
「あ、カレンさんちょっと待って」
「? はい、なんですか先生、まだ何か——はっ! その顔はまさか」
僕の不気味かつ満面の笑みに、カレンさんは『とあること』に思い至りました。
僕が勝った暁には、カレンさんへなんらかの『罰』を与える——その約束がまだ履行されていないことに。
「フフフ……カレンさん、僕の『指導』はまだ終わってないからね。放課後、楽しみにしておいて」
「ひ、ひいいいいっ……!」
ああ、楽しみです。これからカレンさんがどんな羞恥の表情で全身を真っ赤にするのか。
こうして、恐れ慄くカレンさんをその場に置いて、僕は放課後の『罰』へ向けて着々と準備を整えていくのでした。
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