15 すべてをあきらめようとする女騎士がかわいすぎる件
「ハル――ちょっといいか?」
「? はい、なんでしょう」
翌日。
昨日マドレーヌさんから打ち明けられたことについて、努めて冷静にすべく平常通り、任務をこなして職場へと戻ると、すぐにカレンさんから話しかけられました。
朝から現場へ直行だったため、本日、カレンさんと話をするのはなにげに初めてとなります。
「その……お前にちょっと大事な話があってな。仕事が終わってから、ちょっと時間もらってもいいか?」
「はい。もちろんです」
僕は頷きます。カレンさんからの申し出を断る理由なんて世界のどこを探してもありえないですから。
「そっ、そうか。それじゃあ私の仕事が終わるまで、ちょっと待っていてくれ。その……私の家で――」
『『『!!!』』』
カレンさんが『私の家で――』と口にした瞬間、周囲に残っていた他の隊員が椅子から転げ落ちるほどに驚愕していました。
カレン隊長が、新人のハルを正式に家に招待する――成り行きでそうなることはあれど、何もない状態で隊長がそうやって誘ってくるのは初めてのことだったのでそれは驚くでしょう。
「っ、しまったつい……お、お前ら何を鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているんだ! 散れ散れっ! ハル、お前もさっさと隊長室に来い!」
『ついに隊長がハルを【おうちデート】に誘ったぞー!』『やっぱり噂は真実だったか!』という隊員たちの囃したてる声を背にして、僕とカレンさんはそのまま二人きりの隊長室へと引っ込みました。
「す、すまないハル。こんな話、本当は二人の時に話すべきだったのに。軽率だった」
「気にしないでください。噂の火はまったく鎮まっていない状況ですから、隠してもいずれはばれますよ」
というか、ブラックホークの面々は、僕達の関係に薄々勘づいてはいますしね。
まあ、これからほんの少しだけからかわれるだけです。主に僕が。
「……昨日の話の続き、ですよね?」
今度はカレンさんのほうが静かに頷きました。
「ああ。あの後、ガーレス総隊長――いや、お父さんでいいか――とちょっと話をしてな。昨日のマドレーヌの話が、その、真実だったかどうかと……その他いろいろとな」
カレンさんのことですから、おそらくガーレスさんと、今後の僕とのことについてきちんと話をしたのでしょう。
「それで……結論が出た、と」
「仕事とは関係ない話だから――と思ったのだがな。しばらくは火消しに躍起にならないといけないようだ」
カレンさんが苦い笑いを浮かべて、頷きました。
カレンさんの性格上、おそらく一晩しっかりと悩んだのでしょう。それこそ、周りが見えなくなるくらいに、真剣になって。
であれば、僕としてもしっかりとその結論を受け止め、そして尊重する必要があります。
でも、その前に――。
「――盗み聞きはもうちょっと巧みにやったほうがいいと思いますよ?」
隊長室の前で、バレバレのひそひそ話をしている方々の存在を感じ取っていた僕は、扉を勢いよく開いて、そこに殺到していた野次馬の方々を室内へ迎え入れました。
どやどやと雪崩れ込んできた、集団の中には、ブラックホークの隊員のほか、なぜかホワイトクロスの鎧を着たマルベリの姿まであり――。
他部隊研修中、結構他の隊員達とも仲良くしていたようですが――もうここに来ればいいんじゃないでしょうか。
「あ、あらあらまあまあ……ご、ごきげんようですわハル。今日もいいお天気ですわね?」
小窓一つない地下にあるブラックホークに天気は関係ありませんし、それに今日は曇りです。夜からにわか雨も振るそうで。
「お――お前らぁッ! 何をサボっているんだ、さっさと仕事に戻れ! あと、マルベリ、貴様もさっさとホワイトクロスに戻らんかっ! 総隊長に言うぞ」
「ひ……それではお二人ともごきげんようですわ――!」
ふわりと金髪をなびかせ、
「まったく、アイツときたら。なんか、こういうの少し前によく見ていたような気がするが――」
「……そうですね」
カレンさんの言う通り、僕にもなんとなくその心当たりがありました。
もちろん、誰が、とは言いませんけれども。
「だが、それだけこの件で皆に迷惑をかけているということだ。だからこそ、やっぱり今日の内に決着しておかなければなるまい」
そのことについては僕も同意でした。
どのみち、いつまでもこのままというわけにはいかないでしょうし。
――その結論が、僕とカレンさんとの間にどんな結果をもたらしたとしても。
× × ×
「きちんとした形で、お前を招き入れるのは始めてだったな。今日は散らかっていないから、遠慮せず入ってくれ」
「はい、お邪魔します」
仕事後、少しだけ早めに職場を後にした僕は、先に準備をしてくれていたカレンさんの待つ自宅へと招かれました。
綺麗に整頓された部屋内は、ほのかにいい匂いが漂っています。
以前のような酒瓶だったり、缶詰が転がっているようなことはありません。
「「ガウ~……」」
いつぞやの飲み会で酔いつぶれた時――いや、あの時のキス事件を起こした犯人であるケルベロスでしたが、心なしか元気がないように見えます。いつもなら物凄い勢いで体当たりをかましてくるのですが。
病気、というわけでもないですし――どうしたのでしょうか。
「驚いたか? 私だって、本気を出せばこのぐらいわけない――と言いたいところだが、実は昨日お父さんが家に来ていてな。それで必死こいて掃除しただけだ。ケルベロスのことも、ものすごく怒られてしまった」
はは、と、少しだけ茶目っ気を見せるようにして笑いをこぼすカレンさんでしたが、その様子はまるでケルベロスを見ているようでした。
「立ち話もなんだし、とりあえず適当にかけてくれ――少し、長い話になるから」
「はい、お聞きします。隊長のお気のすむまで、きちんと」
その言葉に応じ、カレンさんと向かい合うようにして座った僕を確認してから、カレンさんは、ぽつぽつと話始めました。
「まずは、そうだな……お父さんと私の関係についてなんだが――実は私たちは血がつながっていない」
「え……」
「初めて聞きましたって顔だな。それもそうだ。このことを他人に話したのは、ハル、お前が初めてなんだからな」
カレンさんの口からまず初めに明かされた情報に、僕もさすがに驚いてしまいました。
職場が同じということもあり、ただ単に仕事と私事をきっちり分けているのだろうと思っていましたが――そういう訳でもなかったようです。
「私の本当の両親はすでに亡くなっていてな。一番の友人だったお父さんが、まだ産まれたばかりの私を引き取ってくれたんだ。血のつながりはないが、まるで本当の娘のように育ててくれた……感謝しきれてもしきれないよ。あまりに私のことを大事にするあまり、お見合いだったり、または今回のことだったりで周りが見えなくなることもあるが」
しかし、それだけ娘の幸せを大事に想っているということでしょう。
そう思うあまり、僕に対しても早々に結論を出さず、わざわざマドレーヌさんに依頼をかけてまで僕の身辺を調査したのも、すべてはカレンさんを将来を、ガーレスさんなりに危惧したからでしょう。
さらに、カレンさんは、『笑うなよ』と恥ずかしそうに僕に前置きしたうえで、予めテーブルの上に準備していた古ぼけた箱に入っていたものを取り出しました。
「隊長……読ませてもらっても?」
「そ、そのために物置から引っ張りだしてきたんだからなっ。心して読めよ」
そこに入っていたのは、とても幼い――覚えたての字で書かれている、幼年学校時代のカレンさん作の『将来の夢』でした。
【わたしの将来の夢は、とてもかわいいおよめさんになることです。
お父さんみたいに、つよくて、かっこよくて、そんなひととけっこんをして。
そして、しあわせになりたいとおもいます――――― カレン 】
要約して読んでいくと主にそんな感じでしたが、他にも『こんなデートをして』とか『新婚旅行はこんなところに行って』などといったそれはそれは女の子らしい文言が並んでいました。
「――改めて思い返すと、火が出るくらい恥ずかしいな。今の状況から考えると、真逆だ」
カレンさんはそうやって自嘲していますが、僕はそうは思いませんでした。ほんの少しだけ進む道が違っているだけで、カレンさんは間違いなく、この文集のときのような純粋な心を持ったままの女の子のはずです。
そしていつでも、カレンさんは、騎士ではなく、そちらの道を選ぶことができるのですが――。
「お父さんから、話は聞いたよ。ハル、その……お前の私に抱いている気持ちのことを。一回断ってしまったのに、変わらず私のことを考えてくれていたのは、正直嬉しかった。婚期を逃したこんな私でもいいんだ、と。舞い上がったりもした」
でも、と。
カレンさんは、僕のほうをしっかりと見つめ、そして。
「すまないハル――君とは、付き合えない」
と、頭をさげ、僕との交際を正式に断ったのでした。
「それが、隊長の――カレンさんの本心ということでいいですか?」
「……ああ。色々考えたが、どうしてもお父さんを裏切るような真似はできなかった。付き合うだけならまだしも、交際、そして結婚となれば、個人と個人の問題ではなくなる。若い時なら他の選択肢もあったかもしれないがな」
ガーレスさんにも、カレンさんにも、親子で今は近衛騎士団の隊長職という立場があります。王国でもかなり上の立場にある、責任ある仕事です。だからこそ、それを投げ出し、自分のことだけを考えるには、あまりにも時間が経ちすぎてしまった、と。
「私からの話は、以上だ。最後まで話を聞いてくれてありがとう。本当に」
言って、カレンさんは、もう一度僕に深く頭を下げました。
それは、感謝と謝罪がまざりあったような複雑なもので。
「――わかりました。それが、カレンさんが出した答えなら」
カレンさんの性格上、この後どうあっても答えを変えることはほぼありえないでしょう。血がつながっていないとはいえ、頑なな所は親譲りです。
嫌だ嫌だと喚きたい気持ちももちろんあります。しかし、やればやるほど自分が惨めになるだけです。カレンさんにこれ以上の迷惑をかけたくもないですし。
「――それじゃあ、隊長。また明日、仕事で」
「あ、ああ。気を付けて帰れよ」
「はい、お疲れさまでした」
僕はカレンさんに軽く会釈してから、逃げるようにして部屋を後にしました。
未だ不明な自分の出自、そしてこれからの身の振り方――。
騎士隊舎へと戻る僕の足取りは、そんな思考ばかりに支配され、ふらふらと不安定なままだったのでした。
× × ×
そして、カレンさんから正式に振られたあとの翌朝のこと。
カレンさんとの関係が完全に切れたわけではない、と何とか自分に言い聞かせ出勤した僕へ、さらに追い打ちをかけるような光景が待ち受けていました。
【辞令】
下記のものを、本日付けをもって、次の配属先へと変更する。
王都近衛騎士団第四騎士分隊(ブラックホーク) ハル
新所属先 → 王都近衛騎士団第一騎士分隊(ホワイトクロス)
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