16 振ったのに実は未練たらたらでしょうがなかった女騎士がかわいすぎる件(前編)


「フフフ――まさかこのような形であなたと再びライバル関係になるとは思いませんでしたわ、ハル!」


 ブラックホークにあった私物をすべて回収した後(ちなみにカレンさんは会議ということで不在でした)、そのままの足で辞令通りホワイトクロスに向かった僕を、ものすごく嬉しそうな表情のマルベリが出迎えてくれました。


「ああ、マルベリか。どうも、これからよろしく」


「こちらこそ、どうぞよろしくですわ、って……?」


 普通に挨拶したはずなのに、なぜかマルベリは首を傾げ、不思議そうな瞳で僕の顔を覗き込んできました。


「どうしたの? 僕の顔に何かついてる?」


「いえ、相も変わらず整ったお顔してますけど……そうではなくて……なんだかないなあ、と」


「そうかな? 気のせいだよきっと」


「そうですか? ならいいのですが。いつもは会うたび会うたび、私の名前を忘れておりますのに――私、なんだか肩透かしを食らった気分ですわ」


 まるで名前を忘れてほしい、と言わんばかりの口ぶりのマルベリです。


 あまりにぞんざいに扱いすぎたせいで、Mに目覚めてしまったのでしょうか。


「まあ、いいですわ。これから否が応でも仕事で顔を合わせることになるのですからね。負けませんわよ、ハル?」

 

 ずびしっ、と僕へ向かって指したマルベリが、朗らかに笑いました。

 

 普段はとってもうっとうしい存在ですが、今となっては、その明るさに救われている自分がいたのもまた事実でした。


 × × ×


 朝礼にて軽い自己紹介を終えた僕は、その後、会議終わりのガーレス総隊長に挨拶をすべく、隊長室を訪れました。


「……来たな、ハル。意外に似合っているじゃないか、ウチの専用装備も」


「――――」


 今、僕が着ているのは、すべてが白一色に統一されたホワイトクロスの鎧でした。重厚な質感に似合わず、丈夫でありながら全体の質量は、想像していたよりもはるかに軽いです。


 鉄の鎧にただ黒を塗りたくっただけのブラックホークの安物とは根本的に違っています。


 どちらかと言えば、僕はそちらのほうが体に合っているとは思うのですけど。


「――不服か?」


「……」


 総隊長の言葉に、僕は、じっとガーレスさんの瞳を見つめることで、その答えとしました。


 はっきり言いますが、不満どころの騒ぎではありません。


「そんな顔で私を睨むなよ。勘違いしないように一応言っておくが、この異動について、頭を下げてきたのはカレンのほうだ。『私の代わりにハルを守ってやってください』――とな」


「! 隊長が……」


 おそらくは、カレンさんとしても振った人間の顔を見ていると仕事に差し障る可能性を危惧しているのでしょう。騎士団はチームワークが特に大事ですから、そんな人間同士が同じ隊に所属してしまう、となると不都合なことも起こり得ますし、そして起こってからでは取り返しもつかない。


 だからこそ、カレンさんは、わざわざ頭を下げてまで、もっとも信用のおけるガーレス総隊長を選んだのでしょう。


「おかしなことが起こらぬよう……ハル、お前にはしばらく私の傍で働いてもらうようになる」


 僕の監視のためでしょう。このことはまだ総隊長やマドレーヌさんといった、片手に数えるぐらいしか知らない極秘情報ですが、僕の不自然までの能力の高さについての解明は進んでいない状況です。


 総隊長的には、自分の手元に置いていたほうが安心ということでしょう。


 それこそ、今は大人しくしているアンリさんのことも警戒が必要ですし。


「私が指揮する小隊へ、君の同期のマルベリや、副長のサクミカを新たに配置転換したから、今後のことは二人のサポートを得るようにしてくれ」


「……わかりました」


 騎士として働いている以上、今のところはガーレス総隊長が僕の上司で、そしてカレンさんがこの世でもっとも信頼している人です。


 そのカレンさんが頭を下げてまで、僕がこの先、仕事をやりやすいよう取り計らってくれたのですから。泥を塗るわけにはいきません。


 ですから、従います。どんなことがあっても。


「サクミカ、それで構わないな? それから、マルベリも」


「「わわっ!?」」


 いつの間にか隊長室の扉の隙間から様子を覗き込んでいた二人へ声を総隊長が声をかけます。


 僕がこんな時期外れのタイミングで異動するのは異例ですから、まあ、気になるでしょう。マルベリは僕とカレンさん双方と繋がりがありますし、サクミカさんはカレンさんのことがやばいくらいに大好きな人です。


 というか、二人とも隠密スキルを使っていました。意外に上手です。


「え、ええもちろん。ハル君が早くホワイトクロスに馴染めるよう――といっても、ウチはブラックホークよりも、勤務体系は遥かにしっかりしていますから、そこは問題ないかと」


「そ、そうですわ。あのブラックホークの仕事を平然とこなすぐらいですから――うっ、なんだかあの時のことを思い出して寒気が……」


 ちなみに、マルベリですが、必死の思いで他部隊研修から帰還した後、原因不明の体調不良で一週間ほど寝込んだそうです。なんというかご愁傷さまです。


「――これからお世話になります副長、それからマルベリも」


「ええ、よろしく。といっても、優秀なあなたに逆に教えられることのほうがあるかもしれないけれど」


「ハル、どちらが先にここで偉くなるか勝負ですわ。学校の成績が、そのまま出世のスピードとはならないことを、その身をもって教えて差し上げますわ!」


 いきなりのことで不安はありますが、優しく理解のある上司と、そして、自称気の置けない同期ライバルがいれば、仕事については問題ないでしょう。それにいざという時は、近衛騎士団最強のガーレスさんもいますし。


 ただ、忘れてはいけないのは、今の僕にとっては、本当にたったそれだけのことでしかないということです。


 そのことを、逆に、ホワイトクロスの面々に思い知っていただかなければいけません。

 

 今の僕は、カレンさんがいなければ、本当にポンコツ同然なのだということを。


 × × ×


 僕のダメぶりは、早速、配属されてからの最初の任務で発揮されることとなりました。


「ハル、そっちに行きましたわよ! 攻撃魔法アサルトマジックをお願いいたしますわ!」


「っ、了解」


 切り込み役として、モンスターの群れへと突っ込んだマルベリが、僕へ向かって魔法を放つよう言ってきました。


 小隊の構成は、前衛を騎士であるマルベリ、その後ろに中衛として前衛の補助と攻撃魔法を担当する僕、その後ろに回復役として後衛でサクミカさん、で、最後尾に指揮官として総隊長がいました。

 

 ブラックホークのときのように『前衛、後衛? 知るか、んなモン! 全部やりゃあいいんだよ!』というソロ活動上等ではなく、きっちり役割分担されています。なので、きっちり自分の仕事をこなせば問題ありません。


 ですが――。


「っ、しまっ……魔法の軌道がずれ――」


「!? ひうっ……!」

 

 モンスターに狙いを定めて放ったはずの攻撃魔法が、なぜか味方であるはずのマルベリへと向かっていってしまいました。スピード型のマルベリの剣技をかいくぐる敵であることを想定し、自らの魔力を電気に変換し、高精度かつ高威力で相手を無力化する稲妻ライトニングという攻撃呪文。


 装備していた鎧の性能がよかったのと、僕のミスをいち早く察知したマルベリが咄嗟に反応したため、直撃は避けてくれましたが、それでも胴体をかすっていった稲妻の影響で一時的に身動きが取れなくなりました。


「ハル君! 魔法陣錬成のときの設定を間違えているわ。誤射フレンドリーファイアなんて、学生でも一番最初にやっちゃいけないところだって習うところよ、そこは!」


「くっ――すいません。僕がマルベリのかわりに前に――」


 と、僕が慌てて専用装備である二刀の剣を抜こうとしますが、もう時はすでに遅く。


「下がれ、ハル。後は私がやろう」


 僕達めがけて殺到しつつあるモンスターたちの前に壁のように立ちはだかったのは総隊長でした。


「――――」


 総隊長が軽く大剣を振るった瞬間、十はゆうに超えるだろう敵の群れが、剣を振った際に発生した旋風によってその全てが遥か上空に打ち上げられ、そしてそのまま真っ逆さまに打ち付けられました。


「殲滅完了だな。サクミカ、マルベリをすぐに回復してやれ」


「! は、はい」


 介抱すべくマルベリのもとへ駆け寄る際のことでした。横切ったサクミカさんの僕を見る視線が、非難するのではなく、ただただ僕のことを心配するような優しいものだったのが余計に辛かったのでした。


 ×


 そして、その後も似たようなことが何度も続き――。


『ハル、どうして私に弱化魔法デバフをかけるんですの? 掛けてほしいのは強化魔法バフですわよ!?』


『ハル君、全体回復を使うのはいいけど、敵にまでかけたら余計に時間がかかるだけだよ?』


 ――そんな感じで、僕のホワイトクロスでの第一日目が終了したのでした。


「ハル、今日はいったいどうしたんですの? いつも絶対にありえないミスばかりで……もしかして、実は病気を隠しているとか」


 任務を終え、ホワイトクロスの詰め所へと戻った僕が、帰宅の準備をしていると、同じく支度を終えたマルベリが声をかけてきました。


「いや、健康そのものだよ。問題なし――体だけ、はね」


 心は荒み切っていることを言外に含んで答えると、それを聞いたマルベリは


「――では、やっぱりカレン隊長と何かあったんですわね? とっても聞きづらいことですけれど」


「……うん」


 さすがにマルベリにまで隠す気は起きませんでした。今日一日だけであまりにも迷惑をかけすぎていますから、きちんと話をしておかけなければならないでしょう――女性に振られた話を、同期の、しかも女の子にするなんて、あまり気は乗らないですが。


 × ×


「――なるほど、それでずっと気をとられて、全てに精細を欠いていたのですね」


 僕とカレンさんの間にあった事の顛末のことを話すと、マルベリは得心がいったようにうんうんと頷きました。


「騎士学校にいた時はそんなこと絶対なかったんだけど、ブラックホークにいない、となるとどうにもモチベーションが上がらなくてさ」


「カレン隊長がいないと、力がでない?」


 マルベリの問いに、僕は頷きます。

 

 最近は、特にそれが顕著です。昔は少し気合を入れ直していれば出せたが、今はカレンさんがらみでないとまったく力を発揮することができないでいます。


 こんなの、今まで生きてきて初めてのことです。

 

 多分、それだけカレンさんのことを好きになってしまったのでしょう。


 正式に振られてから、それが特に顕著に表れている――そんな気がします。


「でも、意外ですわ。あの噂が広まった時、私、間違いなくハルとカレン隊長はと思っておりましたのに」


「それが難しかったから、今こうなっているんだけど」


 感情だけでお互いがどうにかなると思っているのなら、僕とカレンさんは今頃結婚までこぎつけていたかもしれません。


 しかし、マルベリが僕の話に納得することはなく、逆に『あなたいったい何を言っていますの?』という感じの顔をしていました。


「何かおかしいところでも?」


「いいえ。交際する時に家柄とか、立場とかそういうのを気にするのは当然ですわ。私もそういうお家柄ですし、お父さまやお母さまからも『騎士団で変なヤツに引っかかるな』とは言われておりますわ」


 でも、とマルベリ。


「そうですね……正直に言わせてもらいますけれど――見損ないましたわよ、ハル」


「え……」


 見損なった、ですか。彼女自身の基準と照らし合わせてみても『妥当』であると判断したにも関わらず。


「……どういうこと? それじゃあ肯定してるんだが否定してるんだがわからないんだけど」


「私が言ったのは、あくまで一般的な価値基準での話であって、今回の話とはまったく関係ありませんわ。私が訊きたいのは、ハル――あなた自身も本当の気持ちでですわ」


「! 僕の、本当の……」


 マルベリのその言葉を聞いた瞬間、僕は自分がとある過ちを犯していることに気付いたのです。


「確かに、交際を諦めなければならない要因はいくつもありますわね。家柄、生まれ、職業や経済状態――でも、それだけで人の気持ちに蓋をすることなんてできませんわ。ハル、あなたはカレン隊長とどうなりたいんですの?」


「どうなるって、そんなの――」


「お付き合いしたい、そうですわよね?」


 僕は頷きました。少し、目頭のあたりが熱くなっているのを同時に感じます。


「当たり前だろ、そんなの。カレンさんは僕のものだ。僕がどこの馬の骨かすらわからない奴であっても、僕がカレンさんを幸せにしたい――それがたとえどんな手段だったとしても」


「――そうですか」


 本音を初めて吐露した気がしますが、そんな僕の胸を、マルベリは、自らの拳でとんと軽く叩きました。


「それでこそハル――私の永遠とわのライバルですわ。賢いくて、強くて、そしてたまにずるがしこい、初めて会ったときからの、私の――」


「……え? マルベリ何か言った?」


「――なんでもありませんわ。ささ、善は急げですわ。気持ちが冷めないうちに、早くカレン隊長にお気持ちを伝えてきてあげてください……なっ!」

 

 とん、と勢いよく背中を押された僕は、マルベリへむけて『ありがとう』と小さく口を動かして詰め所の外へと飛び出しました。別れ際、彼女の瞳になぜか一筋の光るものが伝っていたような気がしましたが、その姿については真っ先に僕の記憶からは消すようにしました。


(カレンさん、待っていてください――今度は僕が、カレンさんに気持ちをぶつける番です)


 そのことを決心しつつ、ブラックホークの詰め所へと続く地下階段へ早足で向かった僕ですが、ちょうど詰め所へとつづく階段の入り口に差し掛かった時のことでした。


「ハル、ちょうどいいところに来た」


 地下階段の前で立ち往生をしていたガーレスさんが、僕の姿を認めるなり、真っ先にこちらへと向かってきました。見た感じ、とても焦っているような表情を浮かべています。


「総隊長――どうしたんですか、そんなに焦った顔をして」


「……カレンが、どこからか潜入してきた件の女魔術師によって人質とされてしまったんだ」


「アンリ、さんが……?」


 突然のことで状況を把握できない僕を無視するようにして、総隊長はさらに続けました。


「カレンの身柄の安全を確保するために、犯人側から要求されたことはただ一つ……ハル、お前自身の身柄だ」

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