17 振ったのに実は未練たらたらでしょうがなかった女騎士がかわいすぎる件(後編)
ブラックホークへと続く地下階段の入り口には、すでに誰一人通れないほど強力な防護結界が張られており、近衛騎士団の中でも指折りの実力者でもその解除・突破は出来ませんでした。
ここまでの魔法を、即席で、しかも一人で作り上げるのは難しい――ということを考えると、おそらく、いつからかはわかりませんが、騎士団の誰かに化けるなりして潜入をしていて、その時のために準備をしていたのかもしれません。
そして、目的はもちろん僕自身――。
「ハル、気持ちはわかるが、ここは抑えろ。今、マドレーヌにも連絡をとって、彼女を含む魔術研究所の人間達を寄越してもらうつもりだ」
理屈ではわかっています。今、感情的になってしまったら、それこそ策をじっくり弄して待ち構えているアンリさんの思うつぼです。
冷静に考えれば、いったんマドレーヌさんの到着を待ち、きっちりと結界を解除してもらってから、近衛騎士団全員でじっくりと対処する――それが定石であることぐらいは理解しています。
しかし――
【……ぁ……っ!!】
「カレンさんッ!!」
時々響いてくるカレンさんの悲鳴が僕の耳に届くたび、僕の思考からどんどん冷静さを奪っていきます。
いま、こうして何もできずに立ちつくしている間にも、アンリさんがカレンさんに危害を加えているかもしれないのです。そう思うと、もういてもたってもいられなくなってしまいます。
「! ハル、待て! 【破魔剣】を使うな! 強引に魔術結界を解けば、カレンの身に――いや、騎士団やその上の王宮にに何が起こるのかもわからんのだぞ!!」
僕が自らの魔法剣を手に掛けようとした瞬間、すぐさま後ろから総隊長に羽交い絞めにされました。
「離してください、総隊長! カレンさんを助けなきゃ――カレンさんをアンリさんから助け出すことが唯一できるのは、この僕だけなんだッ――!」
カレンさんのためであれば、僕は本気を出すことができる。事実、今日の任務の時よりも比べ物にならないほど体は軽いし、力はとめどなく溢れ出てきています。
今の状態であれば、アンリさんの持つ『魔眼』がいくら強力だったとしても負ける気などありえないはずです。
それはもちろん、相手がアンリさんの時だけに限りません。
「行かせてください、総隊長。さもなければたとえ総隊長でも――」
「む、むぅっ……!!?」
僕に丸ごと覆いかぶさるようにして抑えつけていたはずの総隊長の拘束が、どんどんとこじ開けられていきます。肩関節にきれいに極まっていたはずの拘束はいつの間にか抜けており、僕の女の子のような細腕が、その何倍はあろうかという総隊長の腕力をなんの苦労もなく押し返していきます。
邪魔者が居なくなれば、僕を止めるものは何もなくなります。後は、すぐさま結界を解き、そのままカレンさんが囚われている隊長室へ向かい――そしてアンリさんからカレンさんを奪還する。
アンリさんの抵抗ももちろん入るでしょうが、それならそれで、彼女を排除すればいいだけのことです。生け捕りにすることなど気にする必要など――。
「――待ちなさいな、この馬鹿ガキ」
と、拘束を逃れた僕が、再び破魔剣を振るおうとしたところに、僕の脳天に軽い衝撃――手刀が打ち下ろされました。
見ると、そこにはカレンさんの親友であり、そして僕としても恩人であるマドレーヌさんが、普段からつり上がり気味の眉をさらに上げ、怒りの表情で見つめていました。
「マドレーヌさんも、僕を止める気ですか」
「当たり前よ。明らかに冷静さを失っている今の君を、あっちに送り出すわけにはいかないからね」
どうして……どうしてマドレーヌさんまでそんなことを言うのでしょうか。
僕が、どれだけカレンさんのことを好きかだなんて、マドレーヌさんが一番よくわかっているはずなのに。
「……もちろん、心情的にはいかせてやりたいとは思っている。好きな人を、心から愛している人助けたい、その人だけの英雄になりたい――そういうの、私も嫌いじゃないから」
「それなら、どうして――」
ダメなんですか――そう言おうとしたところで、マドレーヌさんの体が、僕の体を包み込むように抱きしめてきました。
羽毛のように暖かくそしてやわらかい――それは、僕が今まで一度も感じたことのないものだったのです。
「君のことが心配だからに決まっているじゃない。そりゃあ、君に近づいた理由については、あまり胸を張れたものじゃないけど。それでも、私は結構本気で、君とバカやってた時が楽しいと思ったから。私には兄弟とかもいなかったから、余計に世話を焼いちゃったりもしたしね」
「それは……」
わかります。でなければ、ガーレスさんからの命令に背いてまで僕やカレンさんに真実は伝えなかったでしょう。
「なら、ハル――私がそう思うように、カレンだって、君のこと、同じように心配しているってこともわかるでしょう?」
「! あ……」
「ハル、君は私たちの目から見たらものすごくかわいいの。ちょっと生意気なところがあるけど、素直で、私たちのことをいつも頼ってくれて、いつもカワイイ笑い顔を振りまいて――白状するけど、もし結婚してなかったら、カレンがのほほんとしている間に私が食べちゃおうかと思うぐらいにね」
それは僕にとっても意外な告白でした。僕と接しているときも、特にそういった素振りがあったようにも思えないですし。
「――カレンはね、ほんのちょっとだけ歪に育っちゃった子なの。親の期待に応えようと努めて大人になろうとする自分と、心の奥にいつまでも残っている純粋な少女を忘れたくない気持ちがせめぎあってね。ねえ、ハルは知ってる? あなたを振った夜の後、カレンったら、寝てた私を叩き起こしてまで家に来てさ。これまでにないぐらいお酒を胃に流し込みながらワンワン泣いたのよ? 理由はそこそこに、ずっと『ごめんハル、ごめんハル』って――本当そればっかり」
お父さんのことを裏切れない――あの夜、僕にそう言ったカレンさんの心は、なんとなくわかってはいましたが、きっと本当の意味で納得したわけではなかったのでしょう。
ホワイトクロスになんか異動させず、できれば僕ともう少し一緒にいたい、もしかしたら、もう面倒くさいから噂を真実にしてしまえ――そんな風に思っていた可能性が。
親のこと、出自のこと、そして年齢差や立場――わがままを言いたいけど、それを言ってしまうには、歳を重ねすぎてしまった。
だからこそ、カレンさんは少女の部分を切り捨てて、大人になろうとした。子供のころに抱いていた気持ちをすべてあきらめようとしていた。
でも、できずに未練たらたらになってしまった。自身のことを常に気にしてくれる僕やマルベリは別部署ですから、おそらくまた同じようにポンコツになっていたことでしょう。
そして、そうなったところを、タイミング悪く潜入を果たしていたアンリさんにやられてしまった――と。
「ハル君――確かに君は強い。それこそ、数十年は騎士団は安泰だと言われるぐらいにね。でも、それは君がきちんと成長したときだけ。今のままじゃ、君はいつか壊れてしまう。自分を、自分だけを犠牲にしてね。それを大人の私たちが見過ごすことなんて出来やしないんだよ」
「マドレーヌさん……」
マドレーヌさんに、まるで母親のように優しく諭されるうち、僕の体から少しづつ興奮が納まっていくのがわかりました。
気づくと、いつの間にか僕の頬を大粒の涙が伝っています。張りつめていた緊張が解きほぐされ、僕は、マドレーヌさんのあたたかな旨の中でいつのまに嗚咽をもらしていました。
「――ふふ、どうやら落ち着いてくれたみたいね。それじゃあハル君、もう一度聞こう――君は、これからどうしたい?」
改めて問いかけられた質問――マドレーヌさんやカレンさんの、嘘偽りのない気持ちに触れた僕の回答は――。
「マドレーヌさん、その……カレンさんを助けるために、僕に力を貸してください」
「……その答えを待ってたよハル君」
僕の頭をくしゃくしゃと撫でながら、マドレーヌさんは慈愛に満ちた目でそう答えました。
「おい、マドレーヌ正気か。なぜハルを行かせる? このままでは犯人のシナリオ通りに――」
「大丈夫ですよ、総隊長。犯人の思い通りにならないように、今から私たちが協力するんですから。――ねえ、キミもそうは思わないかい? ホワイトクロスのかわいい女騎士さん?」
「そうですわ。乗り掛かった舟ですから、私もとことんお付き合いしますわよ、ハル!」
僕の後ろを追いかけてきていたマルベリが、僕とマドレーヌさんの輪の中に入り込んできました。
マドレーヌさん、そして今はとても頼もしく見えるマルベリ。
この二人と、そして僕が普段通りの力を発揮できれば、大抵のことはできてしまうでしょう。
「……策はあるんだろうな?」
話の輪から外れてしまい、決まりの悪い顔をしている総隊長がそう尋ねると、マドレーヌさんが不敵に微笑みました。
「ええ。ハル君から聞いていた犯人の『魔眼』の特徴を考えれば――一発勝負にはなってしまいますので、賭けといえば賭けですが」
「ふむ……」
口元に手を当てた総隊長がほんのわずかの間の後、
「……いいだろう。やって見せろ。もし何かあっても、責任は私がとる」
即決でした。
お堅い考えをすることが多い方でしたので、もしかしたら否定されてしまうかもと思いましたが。
「意外、か? ハル」
「いえ、そんなことは……その、総隊長、先程は出過ぎた真似をし過ぎて申し訳ありませんでした」
「いや、謝るのはこちらのほうだ。私もいささか、君のことをまるで人でないような勘違いをしていたからな。あおいこだ」
マドレーヌさんの胸にしがみついて人目も憚らず泣いたのは僕としても恥ずかしいことでしたが、それで総隊長の心境にほんの少しでも変化をもたらせたのなら、悪くない費用だったかもしれません。
「さて、それじゃあ助けにいくとしますか。親友のよしみで、カレンにはせいぜいお姫様気分を味わってもらおうじゃないか」
マドレーヌさんの呼びかけに、僕と、そしてマルベリは力強い頷きで返したのでした。
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