15 祭りの夜の女騎士がかわいすぎる件 4


「ハル様、こちらです」


 エルルカ様の案内で、僕は改めて城の最上部に設置されている鐘へと向かいました。


 城の上部、または最上部のエリアは、姫様やそのご両親が住んでいる場所のため、近衛騎士団所属であっても、そうおいそれと出歩いていいところではありません。


 鐘を鳴らしているのも、実はエルルカ様直属の部下の方だったりします。


 まあ、姫様と鉢合わせしなくても、仮に誰かに制止されても強引に突破するつもりでしたが。もちろん始末書覚悟。


 上階へと昇る階段を素通りして、エルルカ様はその脇にある小さな扉の前へ。


「――まさかここを利用することになるなんて思いもしませんでしたが」

 

 特にこれといった特徴のない、古ぼけた扉。人ひとり通るのにもかがむ必要がありそうですが、姫様が手をかざした瞬間、厳重に隠蔽されていた魔術文字が浮かびあがりました。


 中を覗き込むと、物置ほどしかない空間の中央に転移用の魔法陣が設置されているようです。


「こんなところに仕掛けがあったんですね」


「ええ。でも、王族だけが使える道なんて、別に珍しいことではありません。恋する乙女なら、多分、誰しもがこっそりと持っているものですから」


「? 姫様?」


「ふふ、なんでもありませんわ。さ、ハル様、参りましょう。私がいないと、発動いたしませんから」


 僕の手を引いて、エルルカ様が先に部屋の中へ。僕も続きますが、さらに部屋が狭くなっているのか、つい額をごちん、とぶつけてしまいます。


「もう少ししゃがんでください。……では、参りますわ」


 エルルカ様が魔法陣の中央に両手を置いた瞬間、ふわり、とした感覚が全身を包みます。


 気づいたときには、すでに外――上空に吹く風でわずかに揺れている巨大な鐘の前に降り立っていました。


「ハル様、どうぞ。鐘には特別な細工などはありませんから、揺らせばすぐに動くはずですから」


「ありがとうございます、姫様。一応、鳴らさせていただきますが、もしかしたらもう必要ないのかもしれません」


「え?」


「――ようやくか、ハル。あまりに遅すぎたんで、心配していたところだぞ?」


 そんな声ともに、僕たちの前に姿を現したのはカレンさんでした。


 もちろん、カレンさんによってすでに成敗されていたヒトセも一緒です。猫が首根っこを掴まれたような状態で、力なくぶらぶらと揺れていました。


 やはり勝負は決していたようです。


「が、はっ……やるとは思ってたが、これはマジでやベエ……てめえ、いや、ってかてめえらだな。本当に人間かよ?」


「さあな? 私が人間だろうが、そうでなかろうが、私にとってはそんなことただの些事にすぎん。なあ、そうだろうハル?」


「ええ、もちろんです」


 結局、僕とカレンさんのどちらも『なんかよくわからない存在』のままですが、自分たちの正体、そのルーツを探ろうとは欠片も思っていません。


 僕はカレンさんがいればいいし、カレンさんは僕がいればいいと思っています。正直もう、騎士である必要もありません。今もこうして仕事を続けているのは、他の仲間みんなに対する恩義であって、それが果たされれば、騎士は辞めてもいいと思っています。


 まあ、僕とカレンさんの将来の行き先は置いておくとして、今はこのヒトセの処分が先です。


「カレンさん、ひとまずソイツをちゃんと拘束しましょう。弱らせたとはいえ、いつまたおかしな能力を使うとも限らないですから」


「そうだな、とりあえず地下牢にでもぶち込んでじっくり尋問を――」


 と、カレンさんが僕の方へヒトセの身柄を投げ渡そうとしたところで、異変が起こりました。


「――ちっ、時間切れかよ、残念。せっかくご挨拶できると思ったのになあ……」


「「?!」」


 ヒトセが何事かを呟いた瞬間、彼の全身が、まるで枯れた土のごとくぼろぼろと崩れ落ちていきます。


 すぐに察知した僕が拘束魔法を飛ばしたものの、時すでに遅く、細かな橙の砂粒となったヒトセは、王都の夜の風にのって、闇の中に紛れて消えました。


 そして、その代わりとして僕の手元に残されたのは、


「カレンさん、これ……」


「クマのぬいぐるみ、だな、多分。かなり使い古されたものだろうが」


 耳などが片方とれてしまっていますが、カレンさんが言うのですから間違いありません。


 もともと身代わりとして戦っていたのか、ただ単に置き土産として残しただけなのか。ヒトセがどんな能力なのか判然としない以上は、不明です。


「私にはまだ状況がピンときませんけど……とにかく、これは証拠として騎士団で保管しておきましょう。ライトナに見せれば、また何か判明するかもしれませんから」


「そうですね。では、こちらは姫様に預けます。ところで、祭りのほうは……」


「中止、としたいですが……明日予定通り開催することになるでしょう。突然中止して、余計な不安を与えるのも避けたいですからね。それに多分……ああ、いや」


「姫、様?」


「あ、いえ、明日どう皆に報告するか考えてて……申し訳ありません、ハル様」


「そんな、姫様が謝ることでは」


 おそらく警備に余計力を入れる形で対応するでしょう。もちろん、それに伴って僕の方のデート計画のほうも予定の変更を余儀なくされそうです。


 ヒトセのヤロウ、今度会ったら絶対とっちめてやる、と心に誓った祭り前日の夜でした。

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