18 勝負に負けて慰められる女騎士がかわいすぎる件 1
「……カレンちゃんの調子はどうだい?」
試合後、即座に医務室に運ばれたカレンさんを見舞いに、ライトナさんがやってきました。
「今も気を失っていますが、呼吸は落ち着いているので問題ないと思います。ただ、顎の怪我のほうがちょっと——」
ベッドの上で静かな寝息を立てているカレンさんの顎には、今も痛々しい傷跡が残っていました。
予想だにしなかったナツの攻撃を受けた彼女の顎は、それはもう酷い有様で、もしかしたら骨が粉々に砕けてしまっているのではないかと思うほどだったのです。現在は、ありったけの魔力を注ぎ込んだ僕の
それだけ、『力』を使ったナツの異次元さが際立っていたということでしょうが――。
「ハル君、今回の件はすまなかったね」
言って、ライトナさんは僕達二人へ向けて深々と頭を下げてきました。
試合直後にライトナさんと僕の間で交わされた約束は、以下の二つ。
一つは、今回の賭け——ナツが勝てば僕が帝国に行くことについては、もちろん無しになったこと。
そしてもう一つは、ライトナさんが知っている範囲で、僕が疑問に思っていることについて全て正直に答える、ということでした。三人の身柄や待遇を自由にしていい、とまではいきませんでしたが、未だ謎の多い帝国ですから、情報だけでも貴重であることに変わりはありません。
ちなみにこの場にいないナツについては、現在『お仕置き中』とのこと。何をしているのかは知りませんが、それを言い渡されたときのナツはひどく怯えた表情をしていたので、『お仕置き』に相応しい内容であることは間違いないようです。
「じゃあまず一つ聞かせてください。ナツ——あの子は一体何者なんですか?」
まず僕が疑問に思っていたのはそこです。
空色の髪や、なぜか僕の面影を残す顔、そして
なぜ彼女自身が電撃となれるかという点です。
僕が彼女からのキスを拒んだ時、そしてカレンさんの渾身の一撃を通り抜けた時やその後の状況から考えて、そうなっているのは火を見るより明らかです。
変化の魔法をとっさに使用したのか、とも思いましたが、姿形を偽るだけならまだしも、人間として存在しているものを、電撃という自然現象そのものに変化するというのは聞いたことがありません。
「聞かれると思っていたよ——同僚の許可がない手前気が引けるが、約束は約束はだからね。おーい、チココ。ちょっとこっちおいで」
ライトナさんが医務室のドアへ向けてそう言うと、半開きとなっていたドアの隙間から見覚えのあるおさげ髪がのぞきました。
「……あの、す、すすすすいませんハル先生。ここここ、このたびはウチのナッちゃんがとんでもないことををを……!」
事情はすでにライトナさんより聞かされていたのか、チココは部屋に入るなり土下座の状態で滑り込んできました。
「君が謝ることはないよ、チココ。あの場にいなかった人のことまで、僕もカレンさんも怒ったりはしないから」
「い、い、いいいやでもでもでもっ……こうなってしまったのは、元をたどれば全部私のせいというかなんというか……」
「? それって、どういうこと?」
「ああ、それは――」
チココのしどろもどろな答えに訝しんんでいると、横からライトナさんの一言が滑り込んできました。
「ナツの正体はね——さっきチココが言った通り、実は彼女が呼び出した精霊だったんだよ」
× × ×
僕、ライトナさん、そしてチココ。
ナツを除いた三人と、それからカレンさんの四人だけとなっている医務室にて、チココは、自らの言葉で彼女自身とナツの関係性について語り始めました。
「……少し前にも話したかもしれませんが、私は、自分の体液を
チココが自らの親指のはらに針を突き刺して一滴の血液を垂らすと、床に落ちた血液が波紋のように広がって魔法陣が形成されました。
王都の文献に残っている召喚術は、精霊一体呼び出すだけでもかなりの対価を要求されていたようで、種類によっては数百人分の人間の生き血や、大量の魔法鉱石、もしくは莫大な量の金銀財宝だったりと、運用面で大きな問題がありました。
にもかかわらず、目の前にいる召喚術師の彼女は、自身の指先より垂らした一滴の血液のみで、小さな魔法陣より薄桃色の羽を生やした妖精を呼び出したのです。
「お願い精霊さん——そこのベッドで寝ている女の子の怪我を、治してあげて」
気だるそうに欠伸をする妖精にチココがそうお願いすると、桃色の羽を広げた小さな召喚獣は、召喚主であるチココの命に従って、カレンさんの方へと近づき、今も痛々しい傷跡を残している患部目がけて優しい息吹を吹きかけました。
するとどうでしょう——なんと、僕がいくら魔力を行使して回復してもきちんとした治療ができなかったカレンさんの怪我が、まるで何事もなかったかのように戦い前の綺麗な状態に戻っていったのです。
「治ってる……!」
半信半疑でそっとカレンさんの怪我の箇所を入念に触りましたが、確かに彼女の言う通り、怪我の痕跡が綺麗さっぱり消えていました。
いつも感じるこの手触りは、間違えようもなくカレンさんのものに間違いありません。
「ナッちゃんは私が召喚した一番最初の雷の精霊さん——友達でした。他の
「ちょっと待って。ナツが精霊だっていうのはわかったとして、じゃあなんでナツは僕にも、そしてカレンさんにも触れることができるの?」
精霊は、わかりやすく言えば魔力の集合体として存在しているので、もちろん直接触れることは叶いませんし、もちろんその逆もありえません。
しかし、今までのナツは、僕にキスをしてきた時や、カレンさんの攻撃を通り抜けたときのように、時には触れ、そして時には触れられないようにその姿を頻繁に変えていましたから、その説明ではちょっと理屈が通らないように思えます。
「精霊と人間は相互の干渉をすることが出来ない——ハル君、その理屈は正しい。でも、そこで帝国は考えたのさ——『精霊と人間、どちらの特徴も持ち合わせた存在を作り出すことができないか?』と。その結果、生み出されたのがナツという女の子なわけさ」
「そんなこと——」
ありえない、と僕は反射的に言おうとしていました。
どちらの特徴も持ち合わせた存在、となると、それはもう精霊と人間との間に出来た子供—―つまりは
もし無理やりにでも作るとするならば、もともとある人間の体である器に、精霊という存在を押し込めるしかないのですが――。
そこまで思考した時、僕の頭に、一つの『禁術』が浮かび上がりました。
死者を操るのみならず、自身の魂をも魔力化し、他の人間の魔術回路に入り込むというとんでもない外法の術——。
「まさか、精霊体のナツに死霊術を……!」
「――
ライトナさんが満足そうに頷き、続けます。
「『とある素体』に、魔力化したナツを憑依させた——そう【
ライトナさんの様子から見るに、おそらくナツに関しての情報についてこれ以上は望めないでしょう。後は、帝国本国にいるであろう、人形使いに問い詰めるしかないようです。
帝国へ乗り込む理由が、また一つ増えたような気がしました。
「ああ、そうだ。ところで入れ替え戦の結果はどうなるんだい? 賭けのほうはとりあえずナツの反則負けという形だけど」
「! そういえば——」
肝心なことを忘れていました。
僕の運命を決めるための賭けだったり、決着の寸前で起こったナツの精霊化などで気を取られていましたが、本来は、普通クラスと特別クラスの生徒達による入れ替え戦だったはずです。
怪我をしたカレンさんを医務室に運ぶのに必死で、すっかりその後のことを忘れていました。もちろんライトナさんも外部の人ですから知る由もありません。
と、ここで医務室のドアをノックする音が響きました。
「えっと、ハル……じゃなかった、先生。やっぱりここだったんですね」
「メイビィ」
ドアからひょっこりと顔を出したのは、まだ仕事用の口調に慣れない様子の旧友でした。確か現在は普通クラスの副担任という立場だったはずで、今回の入れ替え戦の担当ではなかったはずですが――。
「どうしたの? 今はまだ普通クラスも授業中のはずだけど」
「あ、いや——ちょっと私的には言いづらいことなんだけど」
僕の問いに、メイビィは困った顔を浮かべ、言いました。
「マイル先生から新しい生徒を医務室から引き取ってくるように言われて——その……そこにいるカレンちゃん、なんだけどさ」
特別クラスから、普通クラスへの入れ替え——。
どうやら、試合のほうは、非情な結果をカレンさんにもたらしてしまったようです。
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