19 勝負に負けて慰められる女騎士がかわいすぎる件 2
入れ替え戦に勝利したナツを特別クラスに——そして敗北したカレンさんを普通クラスへと編入させた後の翌日。その授業中。
「えっと……ナツさん、ちょっといいかな?」
「なに? お兄ちゃん」
新しく特別クラスの一員となったナツに僕は声をかけました。
「いつまでも腕にしがみつかれると授業がやりにくいんだけど……」
自己紹介の時、『私はハル先生の実の妹で、肉体的にも深い関係である』と堂々の嘘をぶち上げたナツは、現在、自身にあてがわれた席を離れて、僕の腕にしがみついて授業の進行を邪魔していました。
真面目に聞いてくれるのならまだいいのかもしれませんが、彼女が瞬き一つせず熱心に見つめているのは僕の顔だけ。話なんかちっとも聞いていません。
「自分の席? お兄ちゃんの隣が私の特等席。だから問題ない」
「いや、問題だから特等席とかじゃなくて自分の席に……」
「ナツさん! 先生の顔を一番近くで見たいからとわがままを言うから、わざわざ席替えをしたのですから、大人しく椅子にお座りなさい!」
磁力に引き寄せられているかのようにひっついて離れないナツを、僕とハウラで無理やり引き剥がして、なんとか席に座らせることに成功しました。
ただ、こうして一度座らせても、次の授業になれば再び僕の腕にしがみついてきたり、また、僕以外の授業には参加したがらなかったりと、初日からかなりの問題児ぶりを発揮していました。
そんな状態でよく入れ替え戦に参加できたな、と疑問に思いましたが、ライトナさんの話によれば、ナツはお兄ちゃん狂いの性格を除けば、比較的優秀なのだそうで、僕の担当クラスに入るために、苦手な勉強も頑張っていたようで。
それをそのままこの場でも継続できればとてもいい子なのでしょうが。
実際、その強すぎる個性は特別クラスの中でも早速浮いていました。クラスの世話焼き係とでも言うべきハウラでも思わず嘆息するほどですから、相当です。
カレンさんのほうが断然よかった——という声もちらほらと耳に入ってきていますが、次の入れ替え戦はまた次の四半期末を待つ必要があり、まだ相当時間があります。
ですから、その間にクラス内の雰囲気が壊れないようやはり配慮はしなければならないわけで——。
日々の授業の準備もそうですが、そういったところにまで気を配らなければならないのは辛いところです。
本格的に僕の日常に入り込んできたナツによって、悩ましい日々を送ることになった僕だったのですが――。
「先生、ハル先生……」
「! メイビィ……先生? どうしたんですか、こんな授業中に」
気を取り直して授業を再開しようとしたところで、カレンさんが新たに編入した普通クラス担当のメイビィが、少し開けたドアの隙間から必死に手招きしていました。少し、慌てているようにも見えます。
授業を中断し、廊下で待つ彼女のもとへ。
「――ごめんねハル、授業なのにわざわざ呼んじゃって」
「大丈夫、気にしないで。それより何かあった?」
「うん、それがね……」
申し訳なさそうに顔を俯かせ、メイビィが続けました。
「カレンちゃんが、行方不明になっちゃって——」
× × ×
朝、いつもの通り実家を出て通学したはずのカレンさんの姿が見えない——その話を聞いた瞬間、僕はすぐさまクラスの子たちに自習を命じ、僕についてこようとしたナツを、ハウラ以下数名のクラス委員の生徒達に任せて教室を飛び出しました。
「ナツのことでも結構大変なのに、まさか、カレンさんまで……!」
カレンさんが意識を取り戻した後、僕はすぐに今回の結果のことを伝えました。
僕達の間で交わされた賭けはナツの反則負けでうやむやになりましたが、入れ替え戦は入れ替え戦ですから、最後に立っていたナツの勝利に変わりはありません。
ベッドから身を起こした瞬間、彼女自身もすぐにそのことを理解していたのか、特に動揺することなく今回の結果を落ちついて聞いていました。
『次は勝てるように頑張ります』――そうしっかりと言ってくれたので安心していたのですが、まさか初日から問題を起こすなんて。
手分けして探すためという名目でメイビィや他の先生たちと別れた後、僕は自分の部屋へと向かっていました。
いつも早朝の鍛錬をしている公園にはいませんでしたから、他の心当たりとしてはそれぐらいしかありません。
「……先、生」
「カレンさん、やっぱりここにいた」
部屋の扉を開けると、ベッドを背にし膝を抱えて座っていたカレンさんの姿がありました。
カレンさんには合鍵を元々渡していたので、彼女限定ですが、僕の部屋への出入りは自由です。普段きちんと戸締りしている部屋に隠れているわけですから、僕以外に見つけられる人はいません。一時的に行方不明にもなるわけです。
いつもよりずっと小さく見えるカレンさんと肩を並べるようにして、僕は彼女の隣に座りました。
「……突然いなくなって、皆心配しているよ」
「……」
カレンさんは何も言いませんが、そのことについて問い詰めるつもりはありませんでした。
彼女は今、僕の隣にいます。行方不明でもなんでもありませんので、彼女が答えてくれるまでただ待つだけです。
授業をいつまでも放っておくのも悪い気がしますが、僕にとっては、それよりもカレンさんのことが何よりも優先されます。ですから、仕方ありません。
静かな自室でしばらくの間、何も言わず彼女の手を握って寄り添っていると、
「……ごめん、なさい」
ようやくカレンさんが声を絞り出すようにして応えてくれました。僕が来るまで泣いていたのか、目もまわりも少し腫れぼったくなっています。
「謝らなくてもいいよ。僕だって、授業サボって魔法書とか武道書の類ばっかり読み漁ってた時期あったし」
「そうじゃない……そうじゃ、ないんです。先生に謝りたいのは、授業をサボったとか、そういうことじゃなくて」
カレンさんが首をふるふると振りました。
「……怖く、なったんです。あの子と……ナツとこれ以上戦うのが」
入れ替え戦ではナツの勝利となった戦いですが、僕達の私闘ともいえる『賭け』については、まだ完全に勝負が決着しているわけでありません。
事実、ライトナさんからも『再戦についてはいつでも受け入れる』と言われていますし、当初はカレンさんもやる気を見せていました。
ですが、心の中ではすでにナツに対する恐怖心が芽生えていたようで——。
「私が気を失う直前のこと—―今でも忘れることができません。あのときのナツは尋常じゃないぐらいに怖かった——『殺される』って、そう反射的に思うぐらいに」
精霊化したナツの尋常でない力を考えれば、その殺気はいやでも幻影として頭の中に残り続けるでしょう。
今のカレンさんになってからだと、おそらくこれだけの殺気に曝されるのは初めてのはずです。トラウマになってもおかしくない。
そんなものを植え付けられた相手との再戦――ライトナさんは精霊化についての対策は講じると約束してくれましたが、ナツの性格を考えるとそれが確実に守られる保証はありません。次に五体が無事であることも、です。
「先生のために頑張ろう、次は絶対勝とう——そう思ったのに、私はそこから逃げちゃったんです。賭けをしないにしても、次の入れ替え戦、順当にいけば私はまたナツとぶつかります。そう考えたら、体が動かなくなって」
「授業を受けなければ評価も成績も下がるから、入れ替え戦にも出れない——そうれすればナツと戦わずに済む——だから、授業に出席しなかったと?」
こくり、と小さくカレンさんが頷きました。
「このままだと先生をナツに取られてしまうかもしれない――そう思っているのに体はちっとも前に進んでくれない。情けないです……先生の側にいたい、そのためにはどんなことだってやってやるんだ、って決めたはずなのに」
自嘲気味に、カレンさんは一人笑いました。
そうして、持っていた合鍵を僕の目の前に置き——。
「ごめんなさい、先生。やっぱり私にはその資格はないみたいです。だからもうこれ以上先生のそばには——」
「カレンさん、それは……!」
衝動的に、カレンさんが僕へ向けて別れ話とも思えるような言葉を発しようした時、
「――へえ、それがキミの答えなんだ? 無様、だね」
ふと、そんな少女の声が部屋に響きました。
僕達の目の前には、本来なら違うところを捜索しているはずのメイビィが立っていました。
行方不明だった自クラスの生徒が見つかって本来ならばまずは安堵するところですが、メイビィは、僕に抱き着くようにしてベソをかいていたカレンさんにむけて軽蔑の視線を投げかけていたのでした。
「あ~あ~、いいよねカレンちゃんは。そうやって泣き虫演じてりゃ勝手に慰めてくれる男がいるんだからさ。それもどうでもいい人じゃなくて、ちゃんと本命の人が『そんなことないよ』って優しい言葉をかけてくれるんだから」
普段のメイビィからは考えられないような嫌味たっぷりの言葉——それが、カレンさんへ容赦なく浴びせかけられました。
その言葉に、カレンさんの眉間がすぐさま歪みました。
「なんでアナタなんかにそんなことを言われないといけないんですか? 私がどんな思いでいるのかなんて、ちっぽけなアナタなんかにわかるはずがないのに」
「わかるわけないじゃん。手を伸ばせばいつだって欲しいモノに手が届く場所にいるくせに、自らそれを手放そうとしてるおバカなガキンチョのことなんてさ」
「な、なにぃッ……!」
それまで自身の中で侮っていたはずの存在であるメイビィにそこまで言われて我慢ならなくなったのか、カレンさんは担任であるはずの講師に食って掛かりました。
「ちょっとメイビィ、どうしたのさそんな大人気ないこと……」
「今のハルは部外者なんだから黙ってて!!」
「っ……」
初めて見る彼女の激情に、僕は思わず気圧されてしまいました。
今までは元気や笑顔ばかりを周囲に振りまいていただけのメイビィですが、彼女も彼女で、やはり心の中で燻っているものがあったのでしょう。
「今、この子の担任は……先生は私なんだ。だから、私なりに彼女に教えてあげなきゃいけないの」
言って、彼女はカレンさんへ顎をしゃくりながら言いました。
「――表へ出なよ。好きな人のことを諦めた私が、あなたに『諦めないこと』の大切さってやつを教えてあげるから」
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