20 あきらめない女騎士がかわいすぎる件 1
カレンさんとメイビィの二人を伴って外に出た僕は、いつもの場所——朝の鍛錬をしている公園へと向かいました。
平日の午前中ということもあり、人はまだまばら。これなら多少騒いでも問題はなさそうです。
先生と生徒の本気の戦いですから、もし他の講師の誰かにでも見られたりしたらそれなりに問題です。昔は言うことを聞かない生徒に鉄拳制裁なんてのもあったみたいですが、今の時代、そんなことはできません。
ということで、一応保険として人払いの魔法でも使っておくとします。ずっとは無理でも、十数分ぐらいは持ってくれるでしょうから。
「――ありがとうハル。ごめんね、わがまま言っちゃって」
「構わないよ。他の人ならいざ知らず、数人といない騎士学校時代の旧友の頼みだしね」
「旧友……旧友か。うん、そうだよね。やっぱり」
「うん? どうかした?」
「……ううん、何でもない。じゃ、ちょっくら先生の威厳を見せつけてくるとしますわ」
言って、メイビィは軽く手を振って、カレンさんの待つ戦場へと足を踏み入れていきました。
「……本当に戦うつもりなんですね。いいんですか? 新任とはいえ、先生が生徒にいとも簡単に打ち負かされるなんて、大恥もいいところなのに」
カレンさんはすでに準備万端といった様子で、訓練用の木剣を軽く振り回していました。負けることなど微塵も考えていない様子です。
「へえ、すごい自信だね。戦う前から勝つことばかり考えてさ。でも、本当にそれでいいの?」
「……どういうことですか」
「だって、そんなんじゃ負けた時にうまく言い訳できないじゃん——もっともらしいコト言わなきゃ、愛しのハル先生が『よしよし』してくれないかもよ??」
「! ――こんのっ、生徒の私よりも弱いくせしてえっ……!」
すでに一触即発といった空気が二人の間に漂いますが、今回僕はこの『指導』という名の勝負の見届け人――なので、それに対して仲裁したりといったことはありません。
勝手に戦って、どちらかがぶっ倒れるまで一切手を出さない――それが、この勝負をするにあたって、メイビィと約束をした内容なのですから。最後に回復魔法をかけてあげるぐらいのものです。
「さ、いつでもおいでよカレンちゃん。生徒なんだから、先手ぐらいは取らせてあげないとね」
メイビィの得物は短剣ですが、それは現在、両手を広げた彼女の腰に収まったままです。
つまりは、完全な無防備。
「――後悔しないでくださいよ!」
その状態のまま身じろぎ一つしないメイビィを見、カレンさんが一足飛びに間合いを詰めていきました。
事実、メイビィがカレンさんが攻撃を仕掛けたことに気付いたのは、彼女が一歩目を踏み出した少し後――突き出されたカレンさんの鋭い突きを回避するには、一拍どころか二拍でも足りないぐらいです。
木剣とはいえ、切っ先はそれなりに尖っていますから、喉元を綺麗に捉えたりすればひとたまりもありません。
早くも勝負あった——とカレンさんが勝利を確信しようとしたその時、
「――ふふ、やっぱりガキだねカレンちゃんは」
ふと、口元に笑みをこぼしたメイビィが、広げていた両手に握りこんでいた『何か』をカレンさんの顔を目がけて投げつけたのでした。
「――わぷっ!? う、目がッ……」
「びっくりした? こういうこともあろうかと、ちょっと前にそこらへんの砂を拝借して……たんだよねッ!!」
意外すぎる手段でカレンさんから視界を奪ったメイビィは、その隙をついて腰から木製の短剣を抜き、そのままお返しとばかりにカレンさんの首元へ刀身を叩きこみました。
「かはっ……!」
メイビィ自身から繰り出された攻撃にそれほど威力はありませんでしたが、カレンさんの高速移動の勢いをそのまま利用すれば、カレンさんに膝をつかせるのに訳はありませんでした。
「このっ……砂かけなどと、なんて古典的で卑怯なマネを—―あなた、それでも元騎士なんですかっ!?」
「そうだよ? 元から私のスタイルはこれだし。そうやって私は、みんなに無理だ無理だと言われていた騎士採用試験を突破した」
指先にわずかに残った砂を舐めとりながらメイビィは言います。
「あの時の私は何が何でも騎士になりたかったからね——初めて言うけど、そのためにできることは何でもしたかな。不意打ち、闇討ち、罠、それから盤外戦術だって——私に使えるもの、できること。全ての
カレンさんに、そして僕に聞こえるように語った彼女の真実——それは、それまで僕が抱いていたメイビィのイメージとは全く正反対のものでした。
「姑息だと笑う? 恥さらしだと蔑む? カレンちゃん、アナタがそう思うならいくらでも見下せばいい。尊敬なんてしてくれなくていい。でもね——」
メイビィの短剣の切っ先が、カレンさんへ向きました。
「そんなんじゃ、今のカレンちゃんなら、きっと負けちゃうよ。ナツっていう子だけじゃない……この私にだって」
「……戯言ですね、そんなの」
メイビィの言葉へ向けて返答するように、カレンさんは首を激しく横に振って目にかかった砂を振り払いました。
「はっきり言います。卑怯なのはメイビィ先生——アナタが弱いからです。弱いから、力以外のものに頼らなければいけない。でも私は違う。私は強くなります——それこそ、自らの力で道を切り拓けるように。先生――アナタと私は、多分才能からして根本的に違う」
それはおそらく事実です。カレンさんのように体内に備えている闘気量自体が圧倒的だったり、または僕のように
背伸びしても、メイビィのような普通の子では決して届かない領域が確かに存在している——。
ですが、カレンさんのその言葉を、メイビィは、ふっ、と溜息をつくように鼻で笑い、言いました。
「でも、今は弱いじゃん?」
「……!」
その言葉に、カレンさんの肩が強張っていくのを僕は感じました。
「――カレンちゃんが才能の塊だっていうのはなんとなくわかるよ。多分このままいけば騎士学校は余裕で主席卒業できるし、そうなれば近衛騎士団入りも余裕。いずれはハルと肩を並べることだって……でも、」
――やっぱり今は、弱い。
「私は下っ端だからカレンちゃんの詳しい事情なんか知らない。でも、カレンちゃんは特別クラスに戻りたいんでしょう? ハルの担当する特別クラスに。でも、そのためにはあのナツって子に勝たないといけない。でも、今のカレンちゃんの力じゃ何度やっても負けるんでしょう? 違う?」
「…………」
カレンさんは何も言い返すことが出来ません。それは、その全てが図星だったから。
「自分の『力』でなんでも解決できる——それが出来るならいいよ。でも
うやむやに終わったナツとカレンさんの『賭け』。ですが、おそらくナツの性格上、中途半端なままでは終わらせてくれないでしょう——遅かれ早かれ、白黒つけるための再試合を要求されるはずです。
現在のナツとカレンさんがぶつかれば、勝敗はどうなるか――多分、今度こそ僕はナツとの約束を果たさなければならなくなります。
「……それじゃあ」
それまで押し黙っていたカレンさんが、口を開きました。
「それじゃあ私に教えてください。あなたの言っていることが正しいことなんだっていうのを、あなたの『力』でわからせてください」
そう言って、カレンさんは再び剣を構え直しました。
目を擦った後のわずかに赤みがかった瞳に、油断の色はもう微塵も浮かんではいません。
「……言われなくてもそのつもりだよ。私の全部を……カレンちゃん、あなたに見せてあげる」
対するメイビィも、カレンさんに迎え撃つようにして格闘戦の体勢になりました。もちろん、今度は挑発するような素振りはなし。
「ハル、これからちょっと汚い戦いなるだろうから先に謝っておくね。でも、カレンちゃんに勝つんだったら、多分なりふり構ってられないと思うから」
「安心して。どんな君でも、僕は君の友人をやめたりすることはないから」
「はあ……やっぱりトモダチなんだね。手厳しいなぁ、ハルは……」
その言葉にメイビィは今日一番の大きな溜息をつきました。
「でも、まあいいか。友達だからこそ、さらけ出せる部分もあると思うしね」
何か吹っ切れたようにして笑顔を見せるメイビィは、今まで見た彼女のどの表情よりも輝いているような気がしていたのでした。
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