21 あきらめない女騎士がかわいすぎる件 2

「んぐっ……こん、の——!」


 本領を発揮し始めたメイビィから繰り出される怒涛の攻撃に、カレンさんがこの時初めて表情を歪めました。


 一つ一つの攻撃自体は、正直なところ大した威力があるわけではありません。速さ、鋭さ——第四分隊プラックホークや他国の騎士たちと較べると、質的には一段、いや二段以上落ちるかもしれません。

 

 ただ、そのかわり、その種類バリエーションが尋常でないほどに多いのです。メイビィの武器は、取り回しのきく短剣が主だと思いきや、それ以外に、袖の下や靴の間、胸の谷間に至るまで、様々な『不意打ち』のための暗器が隠されていました。


 僕の中での暗器使いと言えば、共和国の女戦士であるゼナ。しかし、彼女が使っているのは大体鋼糸ばかりで、それ以外のものほぼ使っていません。種類が多いと一つ一つの技の切れが悪くなる――そんなことを彼女は話していたような気がします。


「ぶへっ……! やるね、流石はカレンちゃん——だッ!!」


 攻撃をなんとかしのぎ切ったカレンさんからの反撃が、メイビィの頬を思い切り殴りつけます。ですが、しかしすぐさま持ち直すと、そのまま血の混じったツバをカレンさんの顔目がけて吐きつけました。


 これでも目くらましには十分です。


「っ、また……!」


「ほら、隙ができたよ!」


 広がるように飛ばされたツバがカレンさんの視界を塞ぐと同時に、今度はメイビィが反撃に打って出ました。先程の攻撃への意趣返しとばかりに、カレンさんの頬に、短い木剣が叩き込まれます。


 威力がさほどなくても、守りが薄ければさして問題はありません——腰の入ったいい攻撃に、カレンさんの足元がふらつきました。


「駄目だよカレンちゃん。これが本当の実戦なら勝負が決まってたところだよ。私の武器には大抵、痺れ薬とかいった類の神経毒が仕込んであるからね」


 元とはいっても、騎士は騎士——諜報担当としてつい最近まで現役でやっていたのですから、そこは意地。メイビィにとっても、さすがにそう簡単に負けるわけにはいきません。

 

「くっ……どうやらアナタのことを少々見くびり過ぎていたみたいですね。腐っても先生は先生——」


 言って、カレンさんは木剣を握り直し、一つ、二つとゆっくり深呼吸を入れました。乱れていた息が徐々に治まっていくにつれ、メイビィを見る目がどんどんと真剣なものへと変化していきます。


「くそぅ、また一段強くなるってのか……これだから才能ってやつは。私を後からあっさりと飛び越えていっちゃって」


 集中力を増していくカレンさんの姿に、メイビィが思わず苦笑いを浮かべました。


「ふう――はっ!」


 呼吸が整ったとほぼ同時に、カレンさんが再びメイビィとの間合いを詰めるべく地面を蹴りました。最初の時と同じように闘気の放出を背にしての突進。


「一度破られた手を使う……それはセンスがないよカレンちゃん!」


 咎めるようにその突進に合わせて反撃カウンターを出すメイビィ。おそらくはバカの一つ覚えのようなカレンさんの行動を咎めるつもりだったのでしょう。


「――がっ」


 しかし、次の瞬間に、苦悶の表情を浮かべて膝をついたのはメイビィのほうでした。


 反撃を防御せずにそのまま喰らったカレンさんが、返す刀で彼女のお腹へ向けて強烈な突きを叩きこんでいたのです。目くらましのための砂と、そのすぐ後ろから飛んできた針を瞼で受けること引き換えに、カレンさんはメイビィへ致命的なダメージを負わせることに成功したのです。


「威力が大したことないのなら、そのまま受けてしまっても構わない――手こずりましたが、これで勝負ありですね」


 カレンさんらしい脳筋的な考えですが、しかし、それが今この状況では最も効果覿面だったりすることもあるのです。


「――先生、ご迷惑おかけしてすいませんでした。ちょっと気分が落ち込みましたが、もう大丈夫です」


 お腹を押さえて崩れ落ちたメイビィを確認したカレンさんが僕のほうへと近づいてきました。手ごたえも十分あったのか、さすがにしぶとかったメイビィも、これ以上は立ち上がってこれないだろうという判断のようです。


「カレンさん、本当にいいの?」


「? ええ、まあ。その、ちょっと後ろのヒトに失礼な言い方になりますけど、ストレス解消というか……多少はできましたし」


「いや、違うよ。僕が言いたいのはそういうことじゃなくて――」


 僕がそう言ってカレンさんの背後、つまりはメイビィのほうを指し示しました。


「っつ……き、効いたぁ……へへ、でも、まだまだ……」


「!? そんな――」


 何度も咳き込みながらも立ち上がったメイビィに、カレンさんは驚愕に目を見開きました。


「ねえカレンちゃん、私、言ったよね? 『あなたに【諦めない】ことの大切さを教えてあげる』って――」


「いや、何言ってるんですか! 攻撃は間違いなくアナタの鳩尾に入りました――しばらくは息をするのも大変なはずです。このまま続けても、この先の展開なんて日を見るよりも明らか――」


「――だから! まだ、終わってないって……そう言ってんでしょうがあッ!!」


 絞り出すようにそう叫んだメイビィが、取り落とした自身の短剣を拾い直しました。


「息ができなくても、まともに体が動かなくても、自分がまだ『負けてない』って思ってるんなら、勝負は……決着はまだついてないんだ! 他人が勝手に判断なんかするなッ!」


 はた目から見ても痛々しい姿には変わりありません。脚に力が入っておらず震ええていますし、空気を上手く吸えずに必死に肩で呼吸している――しかし、そんな状態にあっても、メイビィの瞳からは一欠けらの戦意すら失われていなかったのです。


「コケにされても、ボロボロになっても――今、この時だけは、私は絶対にあきらめない、あきらめちゃいけない――それを今のカレンちゃんに教えることができるのは、もう私だけなんだッ!!」


 鬼気迫る様子のメイビィを、カレンさんは恐れにも似た感情で見つめていました。大勢はすでに決しているはずなのに、逆にカレンさんのほうが気圧されてしまっています。


「どう、して」


 震える声で、カレンさんが言います。


「どうして、そんなに頑張れるんですか? 冷静に考えれば無理だってわかってるのに、倒れちゃえば楽になれるのに、あきらめちゃえばもう向かい合わなくても済むのに――」


「それはね、カレンちゃん」


 血で赤く滲んだ口元に笑みを作り、メイビィは続けました。


「私が、ハル先生――いや、ハルのことをずっと……初めて会った時から、ずっとずっと好きだったからだよ」


 × × ×


 メイビィとの出会いは、僕が騎士学校に入学してから少ししてからのこと。


 当時のメイビィは、学校の中でも目立っていた存在でした。明るく、人当たりが良くて人懐こい性格。そして、特に人目を引く容姿(主に胸)など――学園のアイドルといってもいいぐらい、彼女は周囲の注目を浴びていたのです。


 その当時の僕は、基本的に一人で行動することが多く、それを遠目に眺めていることがほとんどでしたが、ある日、偶然にも彼女と話す機会があったのです。


 それは、授業に飽きた僕が、いつものように学校の地下にある図書室へと向かうとしている道すがら。


「ん? なんだろあれ……ちょっと騒がしいな」


 騎士学校の図書室は、地下にあることと、蔵書されている本の種類が少々専門的すぎるため、日中の来所者はほとんどいません。


 そのため、そこへ続く道も普段なら僕以外通らないのですが、今回ばかりはどうやら先客が――しかも本来とは違う目的を持っているようで。


「……いやっ、おねが……はなし――」


 僕の視界に入ってきたのは、馬乗りになっている男女二人。下がメイビィで、上が見知らぬ男でした。男のほうは認識阻害用のローブを羽織っているため、先生か生徒かは判然としません。


 最初の内は『僕の方がお邪魔虫かな?』とも思いましたが、嫌がっているメイビィの表情から見ても、明らかに彼女自身の意志には反しているように思えたので、成り行き上、助けることにしました。


「――ああ? なんだてめ……ェっ!?」

 

 メイビィを襲うことに夢中で、僕の存在などまったく眼中にない男の首筋目がけて、容赦ない蹴りを浴びせてやりました。


 言い分は特に聞きませんでした。当時の僕としては、こんなところで何か事件でも起こされて図書室を封鎖されるほうが困ることだったからです。困っている女の子を助ける、という正義じみた考えもちろんありません。


「あ、あの……ありがとうございます。この人、ずっと前から私につきまとってて……迷惑だとは思っていたんですけど、今日突然襲われてしまって」


 男の拘束から解放されたメイビィが僕へ向けて可愛らしい仕草でぺこりと一礼します。ですが、僕はそんな彼女を一瞥し、


「全員にいい顔するから、そんな風になるんじゃない? 愛想を振りまくのは結構だけど、迷惑がかからないようにしてよね。あ、その男の処理はそっちに任せたから」


「え――」


 今考えれば、『もう大丈夫だよ』とか、もう少し気の利いたことを言えたかもしれません。しかし、当時はちょっとぼっちをこじらせていたのもあって、そうやって突き放すような物言いしかできませんでした。


「ごめ……あ、そうだ。あの、あなたの名前は……」


「僕はハル。別に忘れてくれてもいいよ。多分これ以上絡むことなんてないだろうから」


 言って、僕はそのまま図書室へ引っ込んでしまったわけですが、その日から、僕とメイビィの交流がゆっくりと始まっていったのです。


 × × ×


「最初の印象は、もちろん全然良くなかったよ。あの時のハルの話し方って、ちょっと冷たいところあったし。でも、私のことを肯定ばかりして持ち上げる周りの人達とは違って、厳しいところとかも何の遠慮もなくズバズバと言ってくれたから、それはそれで嬉しかったのも事実だったの」


 その事件以降、メイビィの交友関係が変わりました。八方美人な振る舞いを少しずつ見直し、友達としての付き合いも、『広く浅く』から『狭く深く』へと変えていったのです。その頃より、彼女の交友関係に、僕だったり、その当時から僕に突っかかることの多かったマルベリが加わっていったのです。


「ハルが、私の危機を救ってくれた『白馬の王子様』だったから好きになったわけじゃないの。人との接し方とか、身の振り方とか――私のことをちゃんと考えてくれていたから、私は、ハルのことを好きになったんだ」


 それまではいつも冗談めかして僕への好意を伝えてきていた彼女の、告白ともいえるような真剣な気持ち。


 ほんのちょっとの偶然から始まった一人の少女の恋――ですが、その願いを叶えてあげることは、今の僕にはもうできません。


「私が騎士団に入った動機は本当に不純だった――すこしでもハルの世界の近くにいれば、ハルの目がいつかはこっちを向いてくれるかもしれない――って。入団してからも仕事は人一倍頑張ったし、いつかはハルのいる近衛騎士団に行くんだって、卑怯でもなんでもいいからって、武器の扱いとか技とかも習得した。でも、そうやって頑張れば頑張るほど、自分には到底不釣り合いな世界なんだってことを思い知らされた」


 王都の騎士団における出世競争はものすごく激しいです。騎士学校から騎士団に入団するだけでも狭き門なのに、そこから選ばれた人間達が、さらに競って上を目指していく――才能のある人間が、さらに努力して到達するところこそ、近衛騎士団であり、そして第四分隊ブラックホーク第一分隊ホワイトクロスといった分隊長なのです。


「だから、私はあきらめてしまった。ハルと肩を並べるだけの実力も、かと言って恋人にしてくれるほど女として魅力的でもない。そうして私はどうしようもなくなって、ついにはせっかく努力して入団したはずの騎士団まで辞めてしまった」


 でも、とメイビィ。


「カレンちゃん、あなたは違う。私なんかよりよほど才能と素質があって、それでいて溜息がもれちゃうぐらいにカワイイ。それになにより――ハルに好かれているじゃない」


 メイビィが、よろよろとしながらも、カレンさんへと一歩一歩近づいていきます。


「あなたが『一緒に居て』って言えば、優しいハルはきっとあなたの側にこれからもいてくれる。幸せがすぐそこにある。それなのに、カレンちゃん――あなたはそれを、アナタと同じような女の子が怖いからっていう理由で、それを手放そうとしている。それが、私にはとても、とっても許せないんだ」


 顔を上げたメイビィの表情はそれはもうぐちゃぐちゃでした。瞳は涙で滲み、口元は洟や涎で汚れています。しかし、それでも彼女は、自身の胸にしまっていた感情を吐き出すことをやめませんでした。


「カレンちゃん、ハル先生のこと好き?」


「……それは、その」


「ハッキリ言って。好き? それとも嫌い?」


 カレンさんの瞳がちらり、とこちらを向きます。僕の前で大っぴらに気持ちを打ち明けるのを躊躇っているようですが、もちろんそれをメイビィが許すはずもありません。


「言えない? じゃあ、カレンちゃんの気持ちはそんなモンなんだ。人前で堂々と大好きって言えるナツって子とは大違いだね」


「……き、です」


 ぼそり、とカレンさんが言いました。


「え? なに? 聞こえない。ハルと私にもちゃんと届くように言って」


「――好きです! 私は、ハル先生のことが大好き! 他の誰かのところに行くなんて考えられない――先生は、私だけのものだ!!」


 半ば強引に言わせた形ですが、それでもカレンさんの気持ちに嘘はないはずです。


「なら、死んでも絶対にあきらめちゃだめだよ。あきらめたって、絶対に楽になんかなってくれない――普段は忘れるように努めていても、ふとした瞬間に波みたいにどっと押し寄せて、死ぬほど辛くなる時があるんだから。あきらめた私が言うんだから間違い、な――い――」


 へへ、と口元を歪めるようにして笑ったメイビィが、そのまま前のめりになって倒れていきました。それだけ限界まで体に鞭を打ったのでしょう――受け止めた僕の腕の中で、彼女は意識を失っていました。


「……どうだった? メイビィの『指導』ってやつは。勝負自体は、カレンさんの勝ちで終わったけど」


「それはもうダメダメですよ。卑怯な手は使って手こずらせるわ、結局は私に負けるわ。でも……それでも」


 その先の言葉をカレンさんは言いませんでした。


 しかし、確実にメイビィの、経験者だから言える魂のこもった言葉は、確実に、カレンさんの心を揺さぶっているはずです。


「ハル先生――メイビィが起きたら伝えておいてください。私に、ナツに勝てるだけの技と、それから心構えを教えて下さい、と」


 メイビィのことを初めて先生として認めたカレンさんの顔は、まるで憑き物が落ちたように清々しいものとなっていたのでした。


 × × ×


 こうして、メイビィを交えて三人体勢で特訓を重ねていき——その一週間後。


 カレンさんの姿は、再び訓練棟にありました。入れ替え試験で、ナツに一度は敗北をした場所に、彼女は、僕とメイビィを伴ってしっかりと立っていました。


「勝負する気になってくれてよかった、これでお兄ちゃんを堂々と帝国あっちへ連れ帰ることができる」


 相対するのは、もちろんナツ。こちらは隣にライトナさんとチココを従えています。


 あっち側としても前回の決着は消化不良だったのか、非公式の場ではありますが、二つ返事でこちらからの再戦要請を受け入れてくれました。


「勝負はこの前の形式を引き継ぐということいいかな? 相手が気絶するか、もしく降参するまで絶対に終わらせない。もちろん、賭けの内容についても」


「ええ、もちろん。他の騎士団のメンバーには大反対されましたけどね」


 今回の再勝負にあたっては、事前にすべて他のメンバーや、それにエルルカ様にも相談をしたうえで決定したことでした。勝敗が不確実な勝負、それもこちらの分がいくらか悪い賭けに、最初のうちは大反対にされました。しかし、それについては僕やカレンさん、それにメイビィも交えた必死の説得でなんとか首を縦に振らせることに成功したのです。


 当事者同士のみで戦うという条件もあるため、今、他の騎士団メンバーはこの場にはいませんが、皆、この勝負の結果を固唾をのんで見守ってくれているはずです。


 絶対に負けられない――だからこそ、僕達は、一週間という期間を、に費やしてきたのですから。


「あ、そうだライトナさん。勝負するにあたって、もう一つだけ僕から提案があるんですが、いいですか?」


「? いいよ。それが面白いことになるんなら、なんでも聞いてあげよう」


「ありがとうございます。それじゃあ――」


 いって、僕は自身の愛剣である魔法剣を抜き放ち、ライトナさんへと突きつけたのでした。


「ライトナさん、僕達も僕達で戦いませんか? 生徒と生徒、先生と先生で分けての二対二――これが、僕達側からの提案です」

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