22 あきらめない女騎士がかわいすぎる件 3


 二対二でやりましょう、という僕からの提案に、ライトナさんの眉がピクリ、と動きました。


「私と、君が? それはまたどうしてだい?」


「いや、戦っているカレンさんの姿を見ていると、僕としてもちょっと胸のところが熱くなってしまいまして。指を咥えて見ているだけでは、いい加減我慢できなくてなってきたというか」


「ふうん、なるほど。ハル君も一端の男の子というわけだ。愛する人と共闘して、敵を打倒する――確かに、それも面白そうだねえ」


 僕からの返答に、ライトナさんは軽く笑いました。しかし、


「悪くない提案だけど――今回はお断りさせていただこう」


 ほんの少し思案顔の後、それはあっさりと拒否されてしまいました。


「どうして、って顔してるね。いいよ、理由を答えよう。といっても、単純なんだけどね」


 言って、ライトナさんは自身が羽織っている白衣の魔法衣ローブ、その内側にある中身をさらけ出しました。


 無数あるポケットの中に納まっているのは、色とりどりの薬品が詰められている小瓶でした。


「私の帝国での称号は【教授プロフェッサー】――魔法を使わないこともないけれど、基本的にはここにあるようなお手製の魔法薬とか魔道具を使って戦うのを信条としている。だけど、今は見てのとおりの準備不足でね。戦闘用に使うものはほとんど持ち合わせていないんだよ。ここにあるのは、すべて実験用の試薬みたいなものさ」


 傍から見ると、十分すぎるほどの手札が揃っているように見えますが――どうやらこれで戦闘用ではないようです。もっと極悪な作用を及ぼすモノでもあるのでしょうか。


「ふうん……急なことだから戦うのは無理、と。そんな状態では僕と戦うのが怖い――ライトナさんはそう言いたいんですよね?」


 挑発の意味も込めて僕はそう返しましたが、ライトナさんはそれには乗らずあっさりと、


「うん」


 と頷いたのです。


「ハル君――君がめちゃくちゃ強い子だっていうのは、から聞いているからね。私の戦い方がバレバレな以上、この準備不足な状態で戦ったら、私は確実に負けちゃうだろうし」


 僕達から話を持ち掛けている以上、こちら側の準備は万端であると考えているのでしょう――であれば、彼女側としてもそう簡単に首を縦には振れません。


 しかし、これは僕達三人にとっては想定内だったりします。


「では、こういうのはどうですか? 戦うのはナツとカレンさんの一対一ですが、その間に『一回限定で手助け』をしていい、というのは」


「それは、例えばナツが不利な状況になった時に私が助太刀してもいい、ということかい?」


 僕は頷きます。


「補助や回復といった魔法をかけてもいいですし、最後の止めを刺すときでもいい――使うタイミングはいつでもOKです。もちろん、二回以上使ったら、即刻反則負けということで」


「ふむ……まあ、前回と同じというのも面白みがかけるから、賭けを白熱させるスパイスとしては、それもいいだろうけどね。でも、それはあくまでカレンちゃんが有利になるだけだよね?」


 ライトナさんの指摘はもっともでした。破魔術を使える僕がいれば、魔法主体で戦うナツにとっては脅威でしかありません。一回は一回ですから、もし超強力な魔法盾マジックシールドなどを張ってしまえば、彼女の得意な雷の魔法は全く意味をなさなくなってしまいます。


「はい――ですから、僕達からも一つ譲歩をしようかな、と思いまして」


 そうして、僕はナツのほうを見ました。


「ナツ――君の『力』、初めから全開で使ってくれて構わないよ」


「え――」


 本気を出してもらって――それは、すなわち『精霊化』しても構わない、ということ。


 教授ハカセではなく僕から聞いたのが予想外だったのか、ナツは目をぱちくりと何度も瞬きさせていました。


「いいの? お兄ちゃん――ナツ、本気出してアイツをぶちのめしちゃってもいいの? 本当に?」


「いいよ。本当にカレンさんを負かせるのなら、ね」


「やった――じゃあこれで、お兄ちゃんは、本当に私だけのお兄ちゃんになるんだ」


 言って、ナツはすぐさま自身の体を電光へと変化させました。喜々とした表情でぴょんぴょんと跳ねる様子から、すでにこの後のこと――僕と帝国に帰って何をしようかと考えているのかもしれません。


「おいちょっと勝手に……ああ、ダメだ。コイツもう私の話聞いてない」


 鼻息を荒くするナツに、ライトナさんの話を聞くだけの耳はすでに持ち合わせていませんでした。


「――わかったよ、ハル君。その提案に乗ろう。でも、カレンちゃんはこのことに納得しているのかい? お助けアリとはいえ、戦いの主役は彼女だ。初めから全開のナツと戦うのは怖いはずだろう?」


「いえ、それについては問題ありません」


 ライトナさんからの疑問に、当事者であるカレンさん本人が答えます。


「恐怖心がまったくないというのは嘘です。ですが、私もこのままやられっぱなしではいられませんし、それに何より――」


 言って、カレンさんが背中に背負った大剣を鞘から抜きました。


「ナツみたいな身勝手なに、私のハル先生を渡すだなんて、そんなの絶対に嫌ですから」


「――何を言ってる? お兄ちゃんは私の。勝手にお前のものなんかにするんじゃない」


 カレンさんの言葉に反応したナツが、威嚇するように電撃を飛ばします。しかし、カレンさんに怯む様子は一切ありませんでした。


「……」


「……」


 互いに相手を睨みつけながら、それぞれ一歩前へ。


「……それじゃあ、今から試合を始めるよ。今回ライトナさんとハルは各々支援に回る形になるから、審判はこの私――メイビィが責任を取ってやらせてもらいます」


 場が整った頃合いで、メイビィが間に立って両者に目をやりました。審判ということで、一方に偏った助言や声掛けはしませんが、間近にいるだけでもカレンさんにとっては心強い存在となってくれるでしょう。


「それじゃあ――はじめッ!」


 僕達以外に誰もいない放課後の訓練棟にメイビィの高い声が響きわたった瞬間、すぐさま小さな雷鳴が轟きました。


「手加減しないでいって言われた――さっさとケリをつける」


 足音一つなくカレンさんの懐に潜り込んだナツが、挨拶替わりとばかりに正拳突きを繰り出してきました。もちろん、鎧を着ているカレンさんの防御を全て通り抜けて。


「――んッ!」


 腹に叩き込まれた一撃に顔を歪ませるカレンさん。ですが、すぐに持ち直すと、大振りの攻撃で隙のできたナツへ向けて反撃を繰り出しました。


「――無駄だよ」


「っ、やっぱり通り抜けて……!」


 がら空きの頭部へ向けて振り下ろされた斬撃も、やはり精霊化したナツには効かず、そのまま虚しく彼女の体を通り抜けてしまいました。


「これでもうわかったでしょ? 魔法すら使えないアナタが、本気の私に勝つなんて万に一つもない——大怪我する前に、さっさと降参すべき」


 防御は無視され、攻撃は当たらない――予想はもちろんしていましたが、かなり絶望的な状況。


 しかし、そんな状態でありながらも、カレンさんの闘志が揺らぐことはありませんでした。


「――降参なんて、絶対にしてやらない。それに、私はまだこの勝負をあきらめてなんかいないんだから」


 ナツとの間合いをとったカレンさんは、もう一度仕切り直しとばかりに構え、そして僕の方をちらりと見やりました。

 

 早くも僕に助けを求めるのか――そう勘違いしたナツの顔が嫉妬に歪みました。


「お兄ちゃんの助けを借りる……ずるい。本当は私のほうがお兄ちゃんに助けてもらえるはずだったのに――」


 そうして、ナツの周囲を迸る電撃が、さらに勢いを増して――。


「グッ……!?」


 不意にナツの指先より閃いた雷撃が、カレンさんの膝元を射抜きました。


 攻撃体勢を支えていた足を麻痺させる不意打ちに、カレンさんが一瞬、よろけます。


「そんなことさせない。お兄ちゃんに助けられる暇も与えず、お前を倒してやるッ――!」


 隙を見逃さないナツが再びカレンさんへと襲い掛かると、今度はカレンさんの顎へ攻撃を仕掛けてきました。


 前回の勝負に決着をつけた攻撃――もちろんカレンさんにそれを防ぐ手立てはありません。


 しかし、これで勝敗が決することはありませんでした。


「なっ……!?」


「んっ、りやああああああ!!」


 ナツの攻撃がカレンさんを捉えたと同時に、カレンさんの斬撃も、ナツのほうへと届いていたのです。


 力が完全に伝わる前に、カレンさんから反撃を喰らったナツは、した状態でフィールド後方へと吹き飛ばされました。


「ぐっ……なんで」


 すぐさま受け身の体勢をとり、器用な体捌きで元の体勢へと戻ったナツでしたが、完全に意表を突かれたのか、驚きを隠しきれない様子でした。


「やっぱりハル先生の言う通りだった。勝てる……これなら『力』を使ったナツにだって負けない」


 反撃カウンターが成功したことで自信を深めたカレンさんの瞳が、さらに輝きを増します。


 これこそ、再戦までの間に、メイビィと重ねた特訓の一部――。


「打撃を入れるために――少々強引すぎるやり方だけど、あの方法なら、精霊化したナツとも戦えるかもね」


 すぐさま僕達の意図に気付いたライトナさんが感心したように声をあげました。


 ナツが精霊化しているのであれば、その状態のままこちらへ攻撃を叩きこむことが不可能であることは容易に推測ができていました。つまり、実体化しているのであれば、攻撃をすり抜けられることもないのです。


 避けられないのなら、相討ち覚悟でやってしまえばいい――ナツの攻撃にあわせるだけの反応速度が必要にはなりますが、それが、僕達の考えた対ナツ戦における戦略だったのです。


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