23 あきらめない女騎士がかわいすぎる件 4


 × × × 


 それは、メイビィを交えた三人で特訓を開始した初日のことでした。


「「綺麗な戦い方をやめる?」」


 メイビィから出されたそんな提案に、僕とカレンさんが重なるようにして同時に声を出しました。


「うん。再勝負まで時間はあまりないから、付け焼刃ではあるかもだけど」


 ナツがどういう子で、どんな能力を持っているかについては、特訓前、すでにメイビィには話していました。半人半精霊という俄かには信じがたい事実でしたが、彼女はそれについて疑問を持つことなく、しっかりと僕達の話に耳を傾けてくれたのでした。


「これは凡人の私が傍から見た上での意見なんだけど――強い人ってさ、自分の戦い方ってのにすごくこだわる気がするんだよね。美学、っていうかさ」


「それはそうですよ。戦いっていうのは命のやり取りですから、それを預けるのは、自らが鍛えた技だったり、信頼できるものの方がいいに決まっているじゃないですか」


 僕自身は全素質適性オールラウンダーのため、何を拠り所にするか、なんていう話はピンときません。しかし、カレンさんや、その他の人達を考えてみると、そういった『こだわり』のようなものはあるかもしれません。


 特にカレンさん(二十九歳)なんかはそれが顕著で、元々の物理特化の才能や性格もあって、不意打ちやだまし討ちなどの、戦いの中における技の駆け引きとはまた違った戦い方を非常に嫌っています。


 目の前のカレンさんも(十四歳)もやはり同じ考えなのか、唇を尖らせながら、メイビィへと反論しました。


「じゃあカレンちゃんに質問。もしカレンちゃんの言う『自分の鍛えた技』が、まったくの役立たずであることが分かった時はどうする? 技の駆け引きだけじゃどうにも歯が立たないときは?」


「う……そ、その時は――」


「あ、『もっと修行して云々~』って言うのは勿論だけどナシだよ? 後も先もない、一回こっきりの勝負。これで負けたら一生敗者のまま。絶対に負けちゃいけない戦い――そんな状況になっても、カレンちゃんは自分の戦い方に拘る?」


「……」


 答えを先回りされたカレンさんはそのまま黙りこくってしまいました。


「私は、私自身が弱いっていうのを誰よりも自覚してる。どんなに技を磨いたって、駆け引きを身に着けたって、私は勝つことなんかできない。壁を超えることなんて出来っこないの」


 ポン、とカレンさんの頭をなでるようにして手を置いてから、メイビィは続けました。


「だからこそ、私は小細工を積み上げることを選んだの。自分が本当に欲しいもののために、罠を張ったり、騙したり、嘘をついてみたり……ね。あ、実はこの喋り方とか立ち振る舞いも実は計算なんだよ。知ってた?」


「え、そうなの?」


「ううん、嘘」


 呆気にとられる僕を尻目に、いひひ、と意地の悪そうに笑うメイビィ。彼女の話術に、僕は完全に手玉に取られていました。


「――前置きはとりあえずいいです。それで、メイビィ先生は私に何をさせたいんですか? 目つぶしのために砂をこっそり握りこんでおくことですか? それとも死んだふり?」


「ん~、私的にはそんな小物みたいなことするカレンちゃんも見てみたいけどね。でも、それはひとまずナシ。今回はもうちょっと卑怯なことをやろうって思ってます」


 すっかり悪巧みの似合う女の顔になったメイビィが、小さく手招きして僕達の顔を近づけさせました。


「さて、それじゃあ今から始めるとしますか――私たち三人で寄ってたかって、ナツちゃん一人を叩きつぶすための準備を」


 × × ×


「相討ち狙い――小癪なことを、する」


 白い頬を赤く腫らしたナツが、地面へむけて血混じりのツバを吐きかけます。完璧にとらえたとは言い難いカレンさんの攻撃ですが、着実にダメージとして積み重なってくれたようです。


「そういえば、もし引き分けになった場合はどうするつもりだい? さすがにもう一度再戦なんてことは、私としてもしたくないんだけど」


 口を拭ったナツの後ろで、ライトナさんが僕達へ向けてそう尋ねてきました。


 腕を組んで悠々と立っている様子から、まだ手助けをするつもりは一切ないようです。


「――引き分けなら、そちらの勝ち扱いでいいです。私、ナツに負けるつもりなんてこれっぽちもありませんから」


「! この女、弱いくせにっ……」


 ライトナさんへそう返したカレンさんに、ナツが怒りを込めた視線を飛ばしていました。バチンッ、瞳の奥から閃いているような電撃は、触れれば一瞬で意識が飛んでいきそうなほどの凶悪さを感じます。


「ほら、両者とももっと近づいて。時間は無制限とはいえ、ここだってそう何時間も借りてられないんだからね」


 学校側には成績の悪い生徒への特別補習という形で訓練棟の鍵を借りています。時間は早朝~朝の始業時間の予冷が鳴るまでの間です。。


 校内の規則では絶対厳禁の私闘――ですから、ばれないようにするためには早めに勝負をつける必要があるわけです。


「ほら、来なよナツ! またさっきみたいに返り討ちにしてやるんだからッ!」


「っ……できるものなら――!」


 カレンさんの見え透いた挑発に乗ってしまったナツが、再び精霊化してカレンさんの間合いへと迫りました。


 フィールドの外周を沿うようにして逃げるカレンさんの背後を、不規則かつ瞬速の動きでナツの蹴りが襲います。しかし、


「んぎっ……そう来るって、思ってたッ!!」


 蹴りが背中を捉えた同時に、ナツの脚を鷲掴みにしようとしたカレンさんの手がぬっと伸びてきました。実体化している間に強引に捻ってしまえば、脚での踏ん張りがきかなくなるため、威力のある攻撃を出しにくくなります。


「むっ……!」


 それを察知したナツの体が、カレンさんの手が触れるか触れないかで離れます。蹴りの力が完全に伝わる前の離脱――反撃を浴びせることはできませんが、カレンさんのほうにもダメージはほとんど残りません。


「ほらほら、どうしたの? 私の反撃にもうビビっちゃった?」


「んっ……んぐ~~~~!!」


 イライラをさらに募らせるナツが悔しさに、歯をぎりぎりと軋らせていましたが、


「――こらこら、いい加減落ち着かないか」


「ぶっ――!??」


 ナツの沸点が頂点に達しようとする寸前、ライトナさんからの手刀がナツの後頭部をしたたかに打ちました。


「……なにをしているのハカセ」


「それはこっちの台詞だ。お前こそ何をしている? 見え見えの言葉にまんまと乗って――そんなんじゃ、ますます相手の思うツボだろうが」


 ナツの頭を叩いたライトナさんの手には、不思議な光沢のある手袋がつけられていました。布のような柔らかい材質ですが、決して布ではないような。

 

 精霊化状態のナツの体にも触れていますし――ライトナさんのいう魔道具というやつでしょうか。


「力の差を見せつけてやるために一撃必殺を狙っているんだろうが、前の試合のことは忘れろ。カレンちゃんは、お前と戦うためにしっかり準備してきている――『帝国に帰ったらお兄ちゃんとやることリスト』なんていうくだらないものばかりを作っていたお前とは大違いだな」


「っ、ハカセ、どうしてそのこと知って――」


「ん? チココから聞いた」


「チココ……余計なことを」


 密かな楽しみを暴露されたナツが、顔を俯かせて赤面させていました。


 ナツの動揺をさらに広げるかに思われたライトナさんの行動――ですが、


「――落ち着いたか、ナツ?」


「ううん。お兄ちゃんに恥ずかしいところ見られて物凄く動揺してる。でも、戦闘こっちのほうはちょっと落ち着いた、かな」

 

 次に顔を上げたナツの顔は、戦闘前よりもさらに落ち着きはらった表情にもどっていたのです。


 その様子を見、僕は心の中で小さく舌打ちをしました。


 やっぱり、一筋縄ではいかないか――。


「――よし、それじゃあ行ってこい」


「うん――もう少し、本気出してみる」


 ライトナさんの命令を受けたナツが、カレンさんを瞳の中心に捉えながら、ぐっと屈みこみました。


 目を覆うほどの眩しさを持った電光がナツの脚に集中したかと思った瞬間、


「疾ッ――!!」


 稲妻が落ちたかのような音ともに、迅速の雷と化したナツの打撃が、カレンさんの膝を捉えました。


「早っ……ッ!?」


 速さ重視で威力はさほどないように見えます。しかし、その尋常でない速さは、カレンさんへ反撃の余地を奪い去ってしまったのです。


「まだまだいく――」


 上から、背後から、側面から――当て逃げのような形で、ナツは四方八方からカレンさんへ打撃を繰り出していきました。


 カウンターの届きにくい場所を狙ってみたり、もしくは攻撃をする振りをしてただ通り抜けてみたり――カレンさんの攻撃の間合いには決して入らず、遠くからのヒットアンドアウェイを繰り返していました。


「この速度を出すためには実体化して脚で踏ん張る必要がある――でも、この距離ならお前の攻撃は届かない」


「うっ、この……!」


「カレンさん、ダメだ。無理に動こうとしたら――」


 なんとかナツの動きを捕まえようと無理な体勢で一か八かの反撃を試みるカレンさんでしたが、それは悪手。


「空いた――」


「ぐえっ……!?」


 ナツのフェイントに見事引っかかったカレンさんの防御ががら空きになったところで、実体化したナツの、腰の入った正拳突きがカレンさんの胴を撃ち抜きました。


 あまりの衝撃に膝をつくカレンさん――ナツにとってみれば、追撃の好機ですがそれには乗らずに一旦ライトナさんのもとへと戻りました。


「よし、いい一撃だったぞナツ。褒めてやろう」


「――別にこんなの大したことない。本気を出せば、ざっとこんなもん」


 言いながらも、ライトナさんに頭を撫でられているナツは誇らしげに鼻をすんすんと鳴らしていました。


「カレンさん、平気?」


「大丈夫です――と言いたいところですけど、結構効きました。多分、次は耐え切れないと思います」


 もらった攻撃が相当重かったのか、カレンさんの疲労が一気に頂点に達してしまったようです。ここまで上手く事が運んでくれていたため、彼女自身も疲れを感じずに済んでいましたが――どうやらライトナさんにうまくリズムを崩されてしまったみたいです。


 しかも、彼女ナツしたのは単なる助言でしかありませんから、それを『手助け』としてカウントすることもできません。


 形勢は完全に不利か――。


「ハカセ、この調子でどんどん行く。相手は虫の息――次は確実に仕留める」


「ああ。カレンちゃんのあの調子なら、相討ち覚悟とはいえ反撃もそう怖くはないだろうしな」


「――双方とも、無駄話しない。始業まであと一時間とないよ」


 メイビィの急かす声に応じるようにして、ナツがさらなる追撃のために力を再びため込み始めました。


 先程以上に長い時間をかけ、ゆっくりと脚に電光を纏わすナツ――宣言通り、次で勝負を決めるつもりです。


「カレンさん、交替しよう! 僕ならナツの攻撃を難なく受けきれるから――その隙を使って反撃を」


「ダメです! 先生の助けをこんなところで使っちゃったら、それこそ相手の目論見にはまってしまいます」


 痺れをきらした僕がカレンさんに『手助け』の使用を促しますが、カレンさんは頑なにそれを拒みました。


「確かにタイミングは早すぎるかもしれない。だけど、次の攻撃をもらっちゃったら元も子もなくなる。それなら、こっちもナツに一撃を入れて体力を奪うってやり方もあるんじゃないの?」


「敵だけど、私もハル君の意見に賛成だよカレンちゃん。これじゃあちょっと拍子抜けだし、もう少し白熱した展開というものを期待したいからね」


 しかし、カレンさんは首を強く横に振りました。


「ダメです。切り札は最後までとっておくべき――まだ、その時じゃありません」


「まったく意固地だなあ……まあ、しょうがない。ナツ、もう十分だ。さっさと決めてしまえ」


「ん」


 呆れたように僕らから背を向けたライトナさんが、フィールドの外へと出てしまいました。手助けをする必要もない——彼女の中で、そう判断したのでしょう。


「うっ……ああああああ!」


「無駄だって、そう言ってるのに」


 苦し紛れにカレンさんが剣を振りかぶり、ナツへ斬りかかろうとしますが、すでに準備を整えたナツには届かず――。


「じゃあね、カレン――途中までは、案外楽しめ……」


 言って、ナツがとどめの一撃とばかりに飛び出――


「たッ――?」


 ――そうとした瞬間、ナツに異変が起こりました。


 カレンさんへと向けて跳躍したはずのナツの体が、何かに躓いたかのようにして、前方へとつんのめってしまったのです。


「なにこれ、なんで私――」


「ああああッ!!」


「しまっ………!?」


 自身の身に何が起こったのか理解する前に、カレンさんの苦し紛れの斬撃が綺麗にナツを捉えました。刃を研いでいないものを使っているので致命傷とまではもちろんいきませんが、体の深くまで沈み込んだ刀身は、ナツに十分すぎるほどの痛手を与えたことでしょう。


 フィールドの外に出ていたライトナさんも、起こりえるはずのない状況に、口を半開きにさせていました。


「! ちょ、ちょっとストップ! ご、ごめん。多分の前の授業で使ったスタンの魔法罠が残ってたっぽい!」


 メイビィがナツのつまずいた部分へ駆け寄ると、そこには、地面の色と同化したごくごく小さな魔法陣が展開されていました。


「ごめん、今のカレンさんの攻撃はナシ! 特別にナツへの回復ヒールの使用を認めます! ライトナさん、お願いできますか?」


「ん? あ、ああ。これは『手助け』には該当しない、ってことでいいんだよね?」


「もちろんです! ああ、もう。せっかくの試合だってのに水を差しちゃって――すぐに片づけますから!」


 言って、メイビィはすぐさま罠の解除に取り掛かったのですが――。


 ナツとライトナさんに背を向け、地面にしゃがみこんだ瞬間、


「……ひひっ」


 と、僕とカレンさんだけが見える位置で、いやらしい笑みをこぼしていたのでした。

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