24 あきらめない女騎士がかわいすぎる件 5


「…………」


 不慮(?)の事故で一撃をもらったナツに回復魔法ヒールをかけている間、ライトナさんは訝しげな視線をメイビィへ投げかけていました。


 メイビィがカレンさんの現担任であることは知っているため、彼女を勝たせるために『わざと罠を配置したのではないか?』と疑っている、といったところでしょう。


 しかし、ライトナさんがそれについて口を挟むことは決してありません。


 その理由は、至極簡単なことでした。


「――あ、もう一個あった。ったくもう……事故防止のために罠の管理はきちんとしておくよう主任からも酸っぱく言われてんのに。これだから魔法使いってやつは……」


 スタンのような魔法罠は一旦発動すればそれで消えてなくなってしまうので、解除するだけならメイビィ一人だけでも問題はありません。むしろ、足を躓かせる程度の軽い罠なら、それが一番手っ取り早いのです。


 メイビィは魔法の素質をそもそも持っていないので、審判をしている隙に罠を各所に配置するということがそもそもできない――単純です。


 しかし、結論から言うと、

 

 罠があることによってナツの行動に心理的な制限をかけようという、ちょっとした小細工ですが――今回はそれが大いに役立ってくれたようです。


 話を戻します。


 ナツの脚をもつれさせたスタンの魔法罠は、さっきも言った通り僕達の仕込みですが、三人の中で唯一魔法が使える僕は、この罠の設置には一切かかわっていません。


 発動直後までナツもライトナさんも気付かなかったほど巧妙に偽装された罠――その設置をしたのは、この学校にいる魔法講師――いえ、もっと正確にいえば、メイビィの【おねだり】にまんまと騙された男性魔法講師だったのです。


 もちろんこの場にはいるはずもありません。


 またそうやって変に気を持たせるようなことをして――と当初は思いましたが、今のメイビィなら、それも軽くあしらってくれるでしょう。


 マルベリが以前メイビィのことを『クソビッチの化身』などと評していましたが――実は以外に人を見る目があったのかもしれません。


「これで全部解除……っと。それでは今から勝負を再開します。二人とも、準備はいいですか?」


 ほんの少しの休息で体力を回復させたカレンさんと、ライトナさんの回復を受けてダメージを受ける前に戻ったナツ――傍からみれば状況は五分ですが、ナツが受けた動揺は計り知れないはずです。


「ナツ、心配するな。今私もチェックしてみたが……審判の言う通り全解除されている。思う存分やってこい」


「――もちろん、そのつもり」


 背中を押されてフィールドへ戻ったナツですが、脚を纏う電光の輝きが、先程と較べて随分と鈍くなっているのが一目でわかりました。


 魔法の威力は、自身の持つ魔力量も大事ですが、何より『いかに魔法の発動に精神を集中できるか』にかかっています。


 ですから、そんな状態で『本気』を出しても、以前ような脅威となるわけもなく。


「――そこッ!!」


「あっ……!?」


 先程までは面白いようにカレンさんを翻弄していたナツの攻撃が、いきなりの初手であっさりと見切られました。


 精霊化から実体化へのスムーズな移行が出来ず、そこで出来た一瞬の間――


 その隙を、カレンさんは見逃すはずもありませんでした。


「ぶッ……!!」


 斬撃の間合いではなかったため、ただの肘鉄でしたが、カレンさんの膂力をもって振り抜かれたそれが、ナツの側頭部を激しく揺さぶりました。ゴツッ、という鈍い音からも、おそらく十分な手ごたえだったはずです。


「どうしたの? さっきまでと技の切れが段違いに悪いけど――もしかして、また罠があったらどうしようって考えちゃったわけ?」


「この、調子に、乗ってえッ――!」


 冷静さを失ったナツが再びカレンさんへ肉薄するも、


「え、なん、で……?」


 今度は実体化がわずかに遅れ、カレンさんをそのまま通り過ぎてしまいました。


 がら空きになった背中は、攻撃してくださいと言わんばかりにカレンさんの前に無様に晒されて――。


「ハアアアアアアアッ!!」


「ッ……う、ぐえっ……!!」


 カレンさんの振り下ろした大剣がそのまま背中を捉えると、ナツの体は、斬撃の勢いそのままに地面に叩きつけられました。


 背中と腹部を同時におそう衝撃に、ナツは苦悶の表情で身を捩らせていました。


「どう、して……私はいつも通りやってるはず、なのに……」


「さあ、どうしてでしょうね。それは今度、王都の牢屋の中でゆっくりと考えてみれば?」

 

 身動きのとれなくなったナツへ向けて、剣を上段に構えたカレンさんのとどめの一撃が、ナツの目前へと迫ります。


 なんとか攻撃から逃れようとナツも必死に精霊化しようとしていますが、呼吸すらままならない今の状態ではわずかに放電するのが精一杯でした。


「これで、私の勝ち――」


「おっと、さすがにそれは『ちょっと待った』をさせてもらおうか」


 ナツへ向けたはずの、カレンさんの渾身の一撃。


 ですが、ライトナさんが待ったをかけた瞬間、大剣はライトナさんの掌に収まっていたのでした。


「二人が、入れ替わって――?」


交換イクスチェンジ――うん、ぶっつけ本番だが、実験成功。これなら【魔術師ソーサラー】も満足してくれるかな?」


 目の前で起きた現象から、対象との位置を入れ替える魔法のようです。

 

 入れ替わった先にいるナツは、すでにヒールをかけ、蓄積したダメージの回復に努めていました。


「……ライトナさん、それは『手助け』ということでいいんですね?」


「うん。使う予定のなかったものを使わされたってのは、大変不本意ではあるけどね。それに――」


 僕と、それからカレンさんを交互に見やったライトナさんの瞳に、それまでとは違う冷たい光が宿りました。


、さすがの私でもちょっと怒るよ? って言いたくなってね」


「! まずいっ――」


 ライトナさんが懐から取り出した青い粉の魔法薬が空気中に散布された時、僕は瞬間的にカレンさんのもとへと走り出していました。


 それは、この戦いを確実にものにするため、僕達が仕掛けた『もう一つの企み』が、敵に露見したということを意味していたのです。


「そうはさせない――断絶セパレート


 ライトナさんが再び聞き覚えのない魔法を口にすると、僕とカレンさんの間を、不可視の壁のようなものが形成されていました。


「いやあ、初めから怪しい怪しいとは思っていたんだよ。ほんの数日で、それまでまったく反応できなかったはずのナツの攻撃を、いとも簡単に対策するなんてさ」


 空気中に溶けた魔法薬の粉が、徐々に、僕とカレンさんにかかっていた魔法を解呪していきます。


 ハルだったはずの存在が、カレンさんへ。そして、カレンさんだったはずの存在が、僕へと。


「最初のピンチでカレンちゃんが手助けを拒否するわけだよ。だって、それまでナツと戦っていたのは、カレンちゃんじゃなくて、だったんだから」


 交換エクスチェンジを再度唱え、ナツと自らの位置を入れ替えました。


 これで、ライトナさんは、カレンさんと一対一で対峙した形となります。


「!? ライトナさん、あなた一体何を……」


「うん? いや、このままじゃナツに不公平だから、今度は私がカレンちゃんと戦おうと思ってね」


 カレンさんへ一歩一歩近づくたび、ライトナさんの体より迸る魔力が、徐々にその勢いを増していきました。


 帝国近衛騎士団の魔法使いと、今は十四歳の騎士学校の生徒――カレンさんの体力は万全ですが、それだけでこの状況をひっくり返すには、実力差があまりにもありすぎます。


「ずるい、とかそういうのはもちろんナシだよ。これは君達から仕掛けてきたことなんだから」


「くっ、こんな壁なんて、今すぐ僕の破魔術で――」


「そうはさせないよ、お兄ちゃん?」


 僕が破魔術のための魔力を練ろうと構えると、今度はナツが僕のもとへ雷撃を飛ばしてきました。


「お兄ちゃん、一緒に遊ぼ? 私、一度でいいから、お兄ちゃんと思いっきり戦ってみたかったんだ――ねえ、お兄ちゃんの格好いいところ、妹の私に見せて?」


 破魔術は、『なかったことにする対象の術式』が複雑であればあるほど集中力を要します。


 精霊化したナツをあしらいながら、この不可視の壁を打ち破るのは困難を極めるでしょう。


 さらに――。


「おっと、そうだった。ハル君は確かどんな魔法でも無効にしちゃうんだったよね。それじゃあ、もっと壁の強度を上げておかないとね。これやると交換イクスチェンジできなくなるけど、まあいいか」


 言って、ライトナさんが指を鳴らすと、さらにカレンさんとの空間が離れたような気がしました。


 これで壁のぶち破りは実質不可能になりました。


 そう、不可能、に――。


「ハル君、君はそこでナツと一緒に、大切なひとが痛めつけられるのを見――ん? どうしたのカレンちゃん。そんなに気持ち悪くほくそ笑んじゃってさ」


 一見すれば絶望的な状況――ですが、僕にもメイビィにも、それからカレンさんにも、一切の焦りはありませんでした。


 なぜなら――。


「……え? そりゃあ、こうなりますよ。だって――ようやく本当の戦いの場がと整ったんですから」


 言って、僕に変化していたカレンさん――いや、は、ライトナさんへ向けて、最後の種明かしをしたのでした。


「ライトナさんも、ナツも、まとめてやっつけて一網打尽にする――それが僕達三人に課せられた王都からの任務です」

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