7 いきなり目標を達成する女騎士がかわいすぎる件 2


 チココの口から出た【剣闘士グラディエーター】という言葉に、僕とカレンさんの間に緊張が走りました。


 偶然にも早速現れた『十三星』のひとり――序列が能力差の全てを現しているとは限らないかもしれませんが、五番目なので注意はしておくべきでしょう。


「あ? 確かにオマエの言う通りオレは非番――休みだよ。ただ休日にオレが何してようがオレの勝手だろうが、違うか?」


「……それはそうですが」


「ま、近々お前が帰ってくるのは報告受けた時点でわかってたけどな。散歩がてら負け犬の顔でも拝んどこうと思ってなあ」


「…………」


「んだよ、その反抗的な目はよ。なんか文句あんなら聞くぞコラ。ああん?!」


「――別に、何もありませんよ、ユーリ。それから、失敗の処分についてはきちんと受けるつもりですよ」


「罰ぅ? はっ、あのお姉ちゃんのことだから、妹のお前のことなんか甘々な罰一つで許すんだろうなきっと。オレなんかがしくったら速攻首が飛んじまうってのによ。あ~あ、オレもあの人の妹かなんかになりたかったぜ」


 会話が繰り返されるたびに空気が張りつめていくのを見るに、おそらく二人の仲はそれほど――というか、かなり悪そうに見えます。


 十三星ともなれば、実力派ぞろいなのは間違いないでしょうし、中にはアクの強い人間もいるということでしょう。


「……それでは私はこれで失礼します。そこの王都からの亡命者二人を、城まで連れていく必要がありますから」


 まだ何も準備が整ってない状況で、これ以上のゴタゴタは防ぐべき――そう考えたのであろうチココが、僕らに目で合図をして、そのままそそくさと【剣闘士グラディエーター】ユーリの横を通り過ぎていきます。


 チココに倣い、まずカレンさんがユーリの横を通り過ぎました。彼女の瞳がカレンさんを一瞬見るも、特に興味はなかったようですぐに視線を僕の方へと移しました。


「――お?」


 瞬間、何かの玩具か宝物でも見つけたかのようにユーリの目が見開かれました。


 と同時、彼女の元を通り過ぎようとした僕の首に、突然腕を絡ませてきたのです。


「!? え、あの、ちょっと」


「――なあ、お前だけさ、ちょっとオレのとこにこねえ?」


「……へ?」


 ユーリからの唐突の申し出に、僕はついそんな呆けた声を出してしまいました。


 僕だけ、彼女のとこに――どういうことでしょうか。


「あの、どういうことでしょうか? 私、さっぱり意味がわからないのですが……」


「お前のことを気に行った。多分一目惚れだ。だから、オレの女になれ」


「「「「――!!」」」」


 ユーリから僕への告白に、その場にいた僕達四人の間に衝撃が駆け抜けました。


 というか、僕の記憶が確かならば彼女も女性のはずですが――それをして『オレの女になれ』とは、これいかに。


「いやいや、ちょっと散歩のつもりでここまで来たつもりだったが――まさかこんなヤツが王都から来てたとは思わなかったぜ。今日はなかなかツイてる」


「……剣闘士グラディエーター、この人は私がツバ付けてるんだから手出ししな――むぐぐ」


「ナッちゃんはちょっと黙ってて――ねえ、ユーリ、アナタは一体何を言い出すのですか? この人は私のお客人なんですから勝手なことをして彼女を困らせないでください」


 話に割って入ろうとしたナツを抑え込みつつ、チココが言う。


 ユーリはどうやら、女に化けた僕のことをいたく気に入ったしまったようです。


 まさか、こんな方向に話が行っちゃうなんて。


「ああ? 客人っても、王都からの亡命者だろ? どうせ帰るとこなんかないんだろうし、それならオレのところで世話してやるって話だよ。別におかしくないだろ?」


 それが言葉通りなら問題ないですが、彼女は僕のことを『自分の女』にしたいと希望していましたから、それはちょっと問題があります。


 嫌味ではなく、本当の意味でモテるのが辛い――というか、なんで僕の周りってこういうちょっと個性的な女性が引き寄せられるのでしょうか。そういう体質なのかな?


「なあ、お前、名前は?」


「え? ハ、ハレイですけど……」


 僕はとっさに偽名を名乗りました。あまりに不自然な言い方だったので、もしかしたらバレるかもと思いましたが、ユーリは僕の全身を舐めまわすように観察するのに夢中で気付なかったみたいです。


「ハレイか……いい名前だ。まあ、一番いいのは、その顔と、あとは細腰だな。胸はないが、オレは小さい女が好みだからな。大丈夫、問題なく愛してヤレル」


 なんだか最後の方の口調がおかしい気がします。欲望を一切隠さないユーリのぎらついた瞳が怖い。というか、このままいったら僕はいったいどうなってしまうのでしょう。


「あの……そのユーリ様の申し出は嬉しいのですけれど、私にはもう心に決めた人がいますので……」


 と、僕がユーリを拒絶しようとしたところで、彼女の手が僕の衣服の中に滑り込んできました。


「えっ、ちょ……あうっ!?」


「……やっぱり思った通り『まだ』だな。ま、それはそれで俄然ヤル気が出るからいいんだけどな」


 しかも、いきなり彼女の手が滑り込んできたののは下半身のほうです。精霊の魔法の効果は絶対なので、バレるはずはないですが、しかしだからと言って他人に下半身をこんなにも強引に触られるのは初めてですから、どうしても変な声がでてしまいました。


 その光景を見て、もちろんあの人が黙っているはずはなく――。


「――おい、そこの下品女」


 低くくぐもったカレンさんの声がユーリへと投げかけると、瞬間、彼女の動きがピタリと静止し、カレンさんのほうへ顔を向けました。細められた瞳は、まるで野獣そのものです。


「下品? 今、オレのこと下品って言ったか? このデカ女」


「ああ悪い。人間の言葉は獣には理解できなかったようだな。ならもう一度言ってやるからよく聞け――『それは私のモノだ。このクソビッチ』」


「へえ……言ってくれるじゃねえかこのアマぁ……!!」


 僕から離れたユーリが、眉間とこめかみに激しく血管を浮き上がらせてカレンさんのほうへと近ついていきます。


 互いに顔を限界まで近づけてメンチをきる二人の間には、一触即発の空気が流れていますが、しかし、それを見ているチココは全く動く気配なし。どうやら、止める様子はないようです。ナツも同じ。


 多分、この時ばかりは二人も僕と同じ気持ちなのでしょう。


 やっちゃえ、カレンさん――と。

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