6 いきなり目標を達成する女騎士がかわいすぎる件 1
王都側の関所を通過してさらに数十分歩いたところで、初めて僕達の目指す目的地が、その姿を現しました。
「――遠くで見ても大きいと思ったけど、近くだとさらに巨大に感じるな……」
王都と帝国を分ける国境、その向かい側に位置する帝国首都『城壁都市』の壁を前に、思わず僕はそんな感想を漏らしました。
帝国という一つの大陸を治める国家が出来てからおよそ一年ほどかけて造られたものらしいですが、近くで目を凝らして見ると、それがどれだけあり得ないことなのかがわかります。
壁自体が頑丈そうなつくりになっているのはもちろんですが、そこに施されている防御魔法と思しき術式は、これまで僕が見たどんなものよりも複雑に入り組んでました。
おそらく、僕の破魔術を使っても術式の破壊は難しいでしょう。
「――お待たせしました。中の者に話は通しておきましたので、これから帝国内を案内しますね」
再びこちらのほうに戻ってきたチココが壁のほうへむけてなにやら合図を送ると、それまで王都側からの来客を頑なに拒んでいた城壁の門が、ゆっくりと開き始めました。
「……それじゃあ、行きますよカレンさん。これから僕はもう完全に女の子ですから、打ち合わせ通りに扱ってくださいね」
「違和感なくできるかどうか不安だが……まあ、善処はするよ」
これから帝国に入るにあたり、僕達は『王都から駆け落ちしてきた女性どうしのカップル』という設定で周囲に振る舞うことになりました。
ということで僕はすでに不安げな顔を浮かべつつカレンさんの腕にしがみついている(もちろん演技です)のですが、やはり慣れないのか、カレンさんの動きが若干固いように思われます。
なるべく普段通りに振る舞えるよう、恋人関係であることだけは真実として嘘の中に混ぜたのですが――これなら全く違う設定でやったほうがよかったかもしれません。
そんな懸念を抱きつつ門の中を進む僕でしたが、壁の内部を進むうち、少しばかり――いや、かなり拍子抜けする光景が僕の視界に映っていたのでした。
「……壁を抜けたらすぐに首都の中心部だっていうのに、人がほとんどいないね」
普通であれば、こういった関所的な役割を果たす場所には多くの人員が配置されているはずです。『壁』の防御は鉄壁ですが、決して完璧ではありません。
そういった捕り漏らしを防ぐためにも人の監視は必要だと思うのですが――。
「ああ、そのことについてなら、普通なら問題ないと思いますよ。この壁の管理も、十三星の称号の一つである【
「だが、壁といっても国境は広いぞ。それを一人で担当するのはどう考えても無理じゃ……」
チココの言葉にカレンさんがすぐさま疑問を口にしますが、その答えは、別のところからもたらされることになりました。
「――女騎士、王都、二人、あなた、言ってた、それ、亡命者、チココ?」
主語も述語もバラバラな喋り方で、ふと現れたその存在――黒い三角帽子に帝国の徽章の入った魔法衣を着た木人形を見た瞬間、僕の心臓が、一瞬ドキリと跳ねるを感じました。
(あれは――キャノッピ!?)
木目調の肌に、眼窩内をつねにギョロギョロとうごめかせる魔法石の瞳と、特徴的な高い鼻――そう、僕達の目の前に現れたのは、共和国での一件でほんの一瞬だけ剣を交えた不気味な人形だったのです。
どうやらカレンさんもその記憶が残っていたようで、すぐさま僕を庇うようにして一歩前に出ていました。
「?? 悪いこと、私、した、なにか? けど、してる、とても、ふたり、警戒」
「ううん、大丈夫だよウーノ。王都から初めてこっちに来た人達だから、緊張しているだけ。すぐ慣れると思うから」
「よかった、そう、なら?? 受け入れる、帝国、来る者、すべて、安心すればいい、だから」
すこし大げさ目に首を傾げた
「おに……姉ちゃん、大丈夫? すごい汗かいてるけど」
「大丈夫、だけど……ねえ、チココ、さっきの人形の名前って――」
「ええ、あの子は『ウーノ』といって数十体あるうちの【
どうやら帝国にはあんなのがゴロゴロうろついているみたいです。性能が変わらない、ということは、多分あの人形も僕の剣を指一本で止めたりしてしまうのでしょうか。
「っと、そうこうしているうちにそろそろ壁を抜けたみたいですね。それでは改めて――」
言って、チココはナツの手を引っ張って僕とカレンさんの前へと出、恭しくお辞儀をしました。
「「ようこそ、帝国へ――私達は、良心によって差し伸べてくれた手を、決して無下にはいたしません」」
帝国式の歓迎の挨拶でしょう――それをした彼女達の後ろに広がるのは、建物のそこかしこから吹き上がる蒸気と熱気、そしてどこからともなく漂ってくる鉄の匂いと、そして魔法陣の光でした。
建物の周りや隙間を縦横無尽に走る鉄製の配管、乱雑に置かれた積み木のように上へ上と建てられた煉瓦造りの住居――きちんとした都市計画の元、整然と配置された王都と較べ、首都としてはいささか
古くより歴史のある王都とはまた違い、常に様々な技術を取り入れつつ進化している――僕自身、王都のことは別に嫌いではありませんが、帝国も帝国で好ましい部分もあるのは意外でした。
騎士学校時代、教師たちは帝国のことをまるで『悪の枢軸』のような口ぶりで言っていたのは、一体なんだったのでしょう。
「……どうですか、カレンさん。初めての『帝国』は」
「私の主観だが、悪くはない……と思う。王都とはまるっきり違うし、治安もそれほど良くなさそう――しかし、いい意味で活気がある。第一印象で言えば――私も『嫌い』じゃない」
どうやらカレンさんも思う所は僕とそんなに変わらないようです。
そして、おそらくは、僕達以外の人たちも、この光景を見ればそう考えるはずです。
きちんと話をすれば、帝国とも仲良くできるのでは――と。
「気に入っていただけたようで何よりです。でも、くれぐれも『お願い』のことは忘れないようにお願いしますね?」
チココの言葉に僕はしっかりと頷きました。
なんとなく出鼻をくじかれた気がしますが、それはそれ、これはこれです。そう悪くないように見えても、僕達が帝国にされたことを忘れてはいけません。
正すべきところは正す。その先のことはまた別の人に――もっと国の上の人に任せるべきです。
「では、ひとまず私たちの自宅へ行きましょうか。これからのことを話す必要もありますし」
女王に近づくための第一段階として、僕とカレンさんは『十三星』入りをする必要があります。
称号持ちを名乗る条件はただ一つ――とにかく相手に勝つことです。というわけで大事になってくるのは、『誰と』勝負するか、になります。
帝国に十三人しかいないので、簡単に勝てる相手は誰一人としていないでしょう。しかし、その中でも与しやすい相手はいるわけですから、まずはそこのところをチココと相談しなければなりません。往来でそんなこと話すわけにもいきませんしね。
ということで、チココに促されるまま、僕達一同は、彼女達の
そんな僕達の後ろで、案内役のチココへ投げかけられた声がありました。
「――よお、十二位さん。
振り向くと、そこにいたのは、戦闘衣に大剣という、まるで今現在変装しているカレンさんと似た風貌の女性が立っていました。
女性にしては背の高いカレンさんよりさらに一回り大きい――男と言われても納得してしまいそうなほどの体躯をもった彼女の瞳に浮かぶのは、【Ⅴ】の魔法文字。
それが意味することは、つまり――。
「――【
応じたチココの【Ⅻ】の瞳が鋭いものとなった瞬間、僕は思わず苦笑いを浮かべてしまいました。
どうしてこう、物事の山場っていうのは突然にやってきてしまうのでしょう。
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