5 女の子になった彼氏の扱いにあたふたする女騎士がかわいすぎる件


 さて、カレンさんの変装が完了したところで、続いては僕の番です。


 鏡を見ながら必死に目元の皺を伸ばそうと皮膚を引っ張っているカレンさんを横目に、僕はチココに要望を伝えました。


「えっと……ハル先生、本当にこれでお願いしていいんですか?」


 チココは、困惑したようにもう一度僕にそう問いかけてきました。


 今回の召喚した花の精霊による変装いたずらは、魔法によるものとは違い、減衰による効力の解除がありません。何らかの力によって強制的に解除されるか、もしくは精霊たちに変装を解いてもらう必要があるのです。


 ということで、もし今後チココの身に何かが起こり、召喚術を使えないようなことがあると、元の姿に戻れなくなる可能性というのが出てくるのですが――。


「大丈夫。もう決心はついているから」


「……わかりました。先生がそう言うのなら」


 僕の意志が固いことを確認したチココは、待機中の精霊たちに向けて改めて『いたずら』のお願いをしました。


『『~~~~~☆!△!〇!』』


 召喚主からのお願いを聞いた瞬間、精霊たちが僕のほうをちらちらと見ながら色めき立つようにして声を上げました。どうやら彼女達にとっても、僕の姿形をあれこれと変えるのに興味津々なようです。


「――お兄ちゃん、あの子たちに何をお願いしたの?」


「うん……まあ、それは見てのお楽しみということで」


「??」


 今回の変装用に用意していた衣服を小脇に抱え、僕は精霊たちとともに木陰へと身を隠したのでした。


 さて、カレンさんが姿を変えた僕を見てどんな反応を見せるか――こんな状況ではありますが、ちょっと楽しみです。


 × × ×


「――皆さん、お待たせしました」


 全ての変装を終えた僕が四人のもとに戻ると、その姿を見た彼女達は、


『なっ、ハルお前それはまさか――』


『! お兄ちゃん、カワイイ』


『さすがにちょっとこれはやりすぎでは……』


『ハハッ、ハル君、やっぱり君はヘンな男――いや、この場合はどっちなんだろうな?』


 それぞれ違った反応ではありますが。皆一様に驚きの表情を浮かべていました。


 それもそのはず――今、僕が着用しているものは、自身の愛剣を除けば、すべての衣服や装備品だったからです。


 僕自身の顔をベースに、少し顔に丸みを帯びさせ、睫毛を長くし――体についても、胸に少し膨らみを持たせるなどして、どこからどう見ても女の子になるよう調整をしてもらいました。


 つまり、今の僕は、傍から見れば完全な美少女というわけです。


 後、についても、今はその存在を消してもらっています。


 ハルではなく、ハルちゃん、とでも言えばいいでしょうか。


「ハル……お前は、その、ハルだよな? その、私の……」


「ええ。あなたの忠実な部下であり、そして大切なパートナーでもあるハルですよ? カレン?」


「おねッ……!??」


 女声となった僕の声とセリフに面食らった様子のカレンさんですが、これについては慣れてもらうしかありません。


 帝国への潜入にあたり、僕とカレンさんは『王都の近衛騎士団より逃げてきた女騎士二人組』という設定で押し通すつもりです。なので、カレンさんはもとより、ナツやチココにも、僕に対して同性であるかのように振る舞ってもらう必要があります。


 もちろんこれは自身の趣味ではなく、『とある目的』のための必須条件です。


「ねえ、チココ。一応確認しておくけど、十三星の称号って女性にしか与えられないんだよね?」


「はい、ご推察の通り。もともと帝国は初代国王と、その側近である十二人の少女達によって建国されましたから。今もその制度は続いて――って、先生もしかして――」


「うん。これから僕とカレンさんは【十三星】入りを目指そうと思う」


 チココの姉である【女王クイーン】へ近づくのに一番手っ取り早い方法はこれしかありません。


 ライトナさんからの話によれば、称号については、現在それを所持している相手に勝てばそのままその権利が移るとのこと。もちろん簡単に勝てる相手でないことぐらいは百も承知ですが、こんなところで躓くわけにもいかないのも事実です。


「わかりました。それなら私も出来る限りサポートをさせてもらいます。ナッちゃんも、あんまりハル先生にベタベタしちゃ駄目だからね?」


「え? ダメなの?」


「そうだよ、ナツ。僕と君は女の子同士なんだから、いつものように纏わりついてたらおかしいでしょ?」


 甘えたような瞳を向けるナツに、僕はきっぱりと拒絶の意を表しました。


 姿形が変わっても、ナツの僕に対する認識は『お兄ちゃん』のままで変わりありませんが、今の僕はどちらかというと『お姉ちゃん』。これまでのナツの接し方は、あきらかに僕を異性として強く意識しているので、潜入以降は自重して欲しいところです。


「お兄ちゃんが女の子なら……じゃあどうして、お兄ちゃんは『その人』とそんなにベタベタしているの?」


 ジト目となったナツが『その人』のほうを指差します。


 その方向にいるのは、もちろんカレンさん――いや、正確に言えば、カレンさんでした。


「え? だって、カレンさんと僕の仲だよ? だったら、別にこれは普通だと思うんだけど」


「お前は何を言っているんだ!? 今のお前と私は女同士だろ。ならナツの言う通り、ここまでする必要……んひゃんっ!???」


 僕の指がカレンさんの鎧の下にある素肌へ滑り込むと、カレンさんは顔をほんのりと紅く染め、体をびくん、と仰け反らせました。


「……そんな、ワタクシとカレンお姉さまは将来を誓い合った仲ではないですか。ただの女同士ではなく、固い絆で結ばれた女同士であれば、なにもおかしいところなどありませんワ」


「おまえ、楽しんでいるなッ!? この状況――んやんっ!? こ、こら、ヘンなところに指を入れるなあッ……!」


 そうですね。僕はこの状況を大いに楽しもうとしていますが、それが何か?


 それに、精霊たちによる変装いたずらの影響か、心なしか精神まで女の子になっているような気分になっています。


 カレンさんのことを好きな女性騎士の人達って、みんなこんな気持ちだったのかもしれません。


「……ま、まあ、お二人の仲はともかくとして、これで潜入の準備が整いましたね。それでは私がこれから先行して『門番』と話を付けてきますので、お二人はナッちゃんと一緒にゆっくり来てください」


 こほん、と気を取り直すように咳払いをしたチココが、自ら召喚した小型の龍に乗って城壁の向こうへと飛び立っていきました。


 召喚術――本当に便利な異能です。


「――それじゃあ私たちも行きましょうか、ナツ、それにカレンお姉さま」


「ハル、まさか常にその喋り方で行くつもりか? そのお前がそんなふうだと、ちょっと扱いに困るんだが……」


 今の僕はハル『ちゃん』ですから、いつものように何かを粗相をしたらすぐにぶん殴るというわけにはいかないでしょう。ですから、先程僕がカレンさんへした『おさわり』に抵抗しなかったのでしょう。


「……申し訳ないですけど、我慢してください。あ、あと城壁都市へ向かうまでの間、細かい設定のすり合わせもしますからね。ナツも、ちゃんと覚えること」


「……覚えるの苦手。だけど、のために、私頑張る。だからお姉ちゃん――私の嫁になって??」


 それは嫌だ、ととりあえず拒否しておきます。嫁にもなれませんし。


 そうして、ライトナさんに別れを告げた僕達は、城壁都市につくギリギリまで、僕の考えた台本の内容を頭に叩き込んでいったのでした。


 用意周到に準備した僕らの変装――上手くいってくれればいいのですが。

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