4 いらぬ若作りをしようとする女騎士がかわいすぎる件
姫様から命じられた極秘任務という体で、
「――さて、と。私が案内できるのはここまでだ。ナツ、チココ――あとのことは任せたよ」
ライトナさんの言葉に、二人の少女はしっかりと頷きました。
当初は【
しばらくは、分隊の仕事を手伝ってくれる、とのこと。
「心配ない。お兄ちゃんだけは、妹の私が守ってみせる。他の奴らなんかには指一本触れさせない」
「おい、『だけ』とはなんだ、『だけ』とは。お前も一応はウチの分隊の
相変わらず僕の腕に纏わりついているナツをカレンさんが引きはがします。
「むぅ……私とお兄ちゃんの仲を邪魔しないで」
「お前はハルとは赤の他人だろ。そっちこそ、私とハルの仲を邪魔しないでもらいたいものだな」
「お兄ちゃんは私の」
「いーや、私のだ!」
いつものにらみ合いを始めてしまう二人を見、僕の口から思わずため息がもれました。
相性が悪いのは百も承知でしたが、こんなことで仲間割れをしていると先が思いやられます。
「ナッちゃん、あんまりハル先生とカレン隊長を困らせちゃだめだよ」
「部外者はどっかいって」
間に割って入ろうとしたチココにも、ナツは刺々しい視線を浴びせていました。それに苦笑いを浮かべるチココの様子を見るからに、まだ二人の間で(というかナツの間で)喧嘩は継続中のようです。
「ふ~ん、いいんだそんなこと言って……」
チココの瞳が妖しく光りました。初めて会った時のオドオドとしていた少女の面影はほぼ残っていません。
「な……なに」
「……【お仕置き】」
「っ……!?」
ぼそり、とチココは言っただけですが、その瞬間、条件反射のようにナツの体が縮こまりました。
彼女の体をこんなにも縛りつける【お仕置き】とは――。
「あはは、冗談だよ冗談。でも、これ以上ひどいようだと、今度はハル先生からされちゃうかもしれないよ? ナッちゃんだって、先生にそんなことされたくはないでしょ?」
「……」
ナツがちらりと僕を見、ほんのりと頬を染めながら一言。
「…………お兄ちゃんにだったら、ちょっとされてみたいかも」
いや、本当に何をやってるんですか【お仕置き】って。
ハカセことライトナさんに問いただそうとしても、我関せずといった様子で無視されてしまいますし。
もうやだこのパーティ。
「ほらほら四人とも、楽しいおしゃべりはその辺にして。……見えてきたよ」
国境へと続く道は続いていましたが、王都と帝国を分け隔てる山の向こうからでも存在が確認できる『壁』が、僕達の目の前に姿を現したのでした。
「城壁に守られた都市……じゃあ、あれが」
僕の言葉にライトナさんが頷きました。
「そう、あれが所謂『城壁都市』――帝国側の最前線であり、そして帝国の心臓部でもある場所だよ」
国境より遥か離れた場所に首都のある王都や他国と違い、帝国は国と国との境目であるこの場所に、首都を置いているという珍しい国です。
『強い者が先頭に立って弱い者の盾となる』という初代国王の言葉を元にして造られたこの都市の特徴は、なんといってもこの幾重もの防御魔法が施されている『壁』にありました。
大陸間で繋がっている王都との境界線をなぞるようにして建てられたそれは、どんな隙間からも侵入を許さないという強固な意志が伝わってくるようです。
「しかもあの壁、防御魔法だけじゃなく探知魔法についても完備されているからね。変装なんて小細工も絶対に通用しないって代物なわけさ。監視役にも、『面倒くさい奴ら』が配置されているしね」
そうなると、僕の得意としている変装の魔法ではすぐに探知されてしまうことになります。元々、僕とカレンさんについては姿と身分を偽って侵入をするつもりでしたので、初っ端からその計画が挫かれたことになります。
「……そんな心配そうな顔するなよハル君。魔法を使っての隠蔽は確かに難しいけど、だからこそ私達『元』帝国の人間がいるわけだし」
「でも、それならどうやって侵入を? 僕もカレンさんも、多分共和国の事件で人相とかは割れてるはずですし」
共和国でネヴァンと戦った時、ほんの少しだけ交えた
そうなれば、もはや近づくことすら許されない思うのですが……。
「……そこで私の出番になるわけですよ、ハル先生」
言って、チココが僕の前へ出て振り向きました。
その手に握られているのは、小さなナイフ。
「――おいで、いたずらな花の精霊たち。私達と一緒に遊びましょ」
召喚の言葉とともに彼女が親指の腹に傷口を入れると、瞬間、彼女を中心に展開された魔法陣から、数体の小さな小さな女の子たちが姿を現しました。
召喚術――きちんとした形で見るのはカレンさんの治療をしてくれた時以来ですが、見れば見るほど不思議な力です。
「召喚術はあくまで精霊の力を借りるもので、自身の生命エネルギーを放出する形の魔法とは似て非なるです。『壁』の探知魔法は、この生命エネルギーの流れを感知するものなので……」
「変装してもばれない、と」
そうであれば、早速準備に取り掛かることとしましょう。変装後の身分や立ち振る舞い、それから口癖などの設定は事前に考えていましたので、道すがらそれに慣れる必要もありますし。
「僕の変装は多分時間がかかると思うので、まずはカレンさんからやりましょう。チココ、お願いできるかな?」
「……やっぱり私も変装しなきゃならんのか?」
「当たり前です。カレンさんはただでさえ王都の『最年少女性騎士分隊長』なんていう肩書を持っているんです。あ、別に大した変装じゃありませんから安心してください。ざっと髪と瞳、それから肌の色と骨格を少々変えるだけですから」
「それ、十分大した変装だと思うのだが……」
そんなことないです。だって、僕なんて人じゃなくてモノになったことだってありますから。もう随分前の話になりますけど。
× × ×
ということで、精霊たちにかけてもらった変装後のカレンさんはこちらになります。
「ど、どうだハル……に、似合って、いるかな?」
髪色や瞳は黒色に、そして肌の色を茶褐色に変えたカレンさんが恥ずかしそうにそう訊いてきました。
結局骨格については『自分の肉体をいじるのだけは嫌だ』と、あまりにも嫌がるため妥協しましたが――それでもこの人が
ちょうどエナやゼナ、リーリャといった『共和国の女戦士風』と想像していただくとわかりやすいかもです。
「ええ、上手に変装できてますよ。これなら帝国の人間にもバレないはずですから」
「……そう言うことを訊いたんじゃないんだが」
変装の出来をそう評した僕でしたが、カレンさんは途端に不機嫌そうに顔をむくれさせたのでした。
あれ? 僕何か選択肢を間違えちゃったでしょうか?
「ふん、まあいい。ところで誰か鏡を持っていないか? 私も、自分がどんな姿になったのかを見ておきたい」
変装のため普段からメイクをしているというチココから手鏡を受け取ると、『おぉ……』とか『なるほど……』と感心した声を漏らしていました。
今回、カレンさんにはできるだけ王都出身であることがわからないような姿になってもらったので、カレンさん自身も新たな自分を見ることができてよかったのではないでしょうか。事実、様子を見る限りでは満更でもなさそうです。
「ん? う、う~ん…………」
しかし、しげしげと鏡に映る顔を観察するにつれ、カレンさんの表情に曇りが現れてきました。変装はどこからどう見ても完璧なはずですが――なにかカレンさんの感覚に引っかかる綻びでも見つけたのでしょうか。
「カレンさん、どうかしましたか?」
「いや、別に言うほどのことでもないんだが、ちょっと個人的に気になるところがあって――あ、いやいい。やっぱり今のナシ。忘れてくれ」
「却下です、カレンさん。せっかくチココに精霊を召喚してもらってまで変装するんですから、気になることがあるなら何でも言ってください」
もし、それが原因で正体に気付かれてしまっては元も子もありません。そういう悪い可能性の芽は摘んでおくべきです。
「そ、そうか? なら、その、ここなんだが――」
言って、カレンさんが指さしたのは自身の目元。
「目元にちょっと皺を見つけたから――せっかくだからここも隠蔽してくれると助かるなって――」
「却下です。カレンさん」
にっこり微笑んで、僕はカレンさんにそう告げたのでした。
変装は若作りのためにするのではありません。そういうのはメイクでごまかしてください。
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