3 今回ばかりは頭からついてくる女騎士がかわいすぎる件 2


「あれ? カレンさん……?」


「ああ、そうだぞハル。私はカレンだ。お前の上司であり、そ……それから、こ、こここここいびっ……と、のな」


 赤面しつつ肝心なところを噛んでしまうのもカレンさんの可愛いところですが、しかし、なぜカレンさんにここがばれてしまったのでしょう。


 確かに僕は他へ会話が漏れ聞こえないよう人払いの魔法をかけました。そしてもちろん、カレンさんにだけに気付かれるような変な細工なども施していません。


「ん? どうしたハル? 難しい顔をして」


「いや……どうしてカレンさんがここに来れたのかな、と。人払いの魔法をかけていたんですが」


「そうなのか? 私はただ、ハルのがしたからそれを追いかけただけなんだが。実際、今もずっと匂っているしな」


「え? 匂い?」


 思わず僕は自分の体臭を嗅いでみました。


 仕事終わりでわずかに汗臭いかもしれませんが、それだけです。


 会場に潜入する際に、一応のエチケットして消臭のための香水も振りかけていますから、匂うはずがありません。


 隣にいるナツを見ましたが、ふるふると首を横に振っています。


 僕の近くにいるナツにすらわからないのに、なぜ――。


「ハル先生――おそらく、カレン隊長は、『先生の魔力の匂い』のことを言っているのだと思います」


「……え? 魔力の匂い?」


 チココの言葉に耳を疑います。


 魔力は自身の体内から湧き出る生命エネルギーのため、素質などによって個体差というものあるかもしれませんが、そんな眉唾なことは聞いたことがありません。


『お前の魔力……なんかスパイシーな香りすんだけど』――うん、自分で言ってて意味がわからないです。


 ですが、チココがいきなりそんな冗談を言うのも考えにくいです。


 実際、チココも、少しばかり驚きの表情を浮かべていました。


「普通に考えれば、魔力に匂いや味などあるはずもありません。しかし、個体間の相性が抜群だったり、片方が偏執的なまでの『一方的かつ強い興味・関心』を持つと、魔力感知とは別の部分――嗅覚や味覚などでも相手パートナーのことを感じることが出来る……そんなことをハカセから聞いた覚えがあります。実際にこの目で見たのは初めてですけど」


「ということは……カレンさん、今はどうですか?」


 言って、僕はすぐさま人払いの魔法を解きました。これからチココの言う仮説を証明するためです。


「うん……今はしないかな」


「じゃあ、今度は?」


 再び僕は人払いの魔法を発動しました。今度はさらに魔力強度を高めての行使です。これなら手練れの魔法師であるマドレーヌさんやアンリさんでもちょっと探知するのは難しいはずです。しかし――


「……匂うな。それもすごく」


 カレンさんにはバレバレでした。


 ナツにもう一度意見を求めますが、やはりナツは首を振りました。


「――ということはつまり、僕とカレンさんの相性は最高だってこと?」


「ここまで正確にかぎ分けていますから、おそらくは。もちろん後者の可能性も十分にあるとは思いますが」


 一方的な興味・関心――まあ、それも多分、『カレンさんが僕のことを好き過ぎるから』ということでいいのでしょう。


 しかし、そうなるとこれ以上はあまり変化魔法を使ってコソコソできなくなるかもしれません。変装自体は、魔力を外に放出するよう使っているわけではないので、遠くから眺める今のスタイルを保てばいいのでしょうが――それもいつ感知されてしまうか。


 魔法の才能のなさを、こんなところで埋めてくるとは――わかってはいましたけれど、やはりカレンさんもカレンさんで十分規格外です。


「なにやら私を差し置いて色々怪しいコトを言っているが……君は確かチココとか言ったな? 今の私はオフだが、騎士たるものそれがどんな時であっても責務は果たさないとな」


 仕事着のまま同期会に参加していたため、そこらへんにある棒切れでも拾ってしまえば、カレンさんならそれで仕事をすることは可能です。


「これはちょっともう隠し通せないな――チココ、カレンさんも話に加えていいかな?」


「構いません。カレン隊長が協力してくれれば、心強いですから」


「やっぱりあの人ついてくるんだ……私、正直言って苦手」


 ナツが苦い顔でそうぼやいていました。少し前はわりと互角な勝負を演じていたナツとカレンさん(十四歳)でしたが、元に戻った状態だと、赤子の手を捻るぐらいの差がありました。


 こうして、僕、カレンさん、ナツ、そしてチココも入れた四人は改めてとある場所へと、会談の場を移すことになったのでした。


 × × ×


 チココを伴って僕達が向かった場所は、第一分隊にある総隊長室。


 僕から、そして帝国幹部であるチココの話を聞いた後、エルルカ様は用意されていたお茶を一口いれ、ふう、と小さく溜息をついていました。


「――話はわかりましたわ、ハル様」


 騎士団の仕事から政治まで全てをこなす必要があるエルルカ様には、さぞ頭の痛い話でしょう。僕よりもまだ遥かに若いながらも、浮かべる表情はまさに悩める指導者のそれです。


「ダメです――と本当は言いたいのですけど、ハル様はもう決めてしまっているのですよね?」


 あきらめたようにそう訊いてきたエルルカ様に、僕はしっかりと頷きました。


女王クイーン】の暴走を止めるというチココの願いに応じるため、帝国への潜入を認めて欲しい――それが、僕がエルルカ様にした話の内容です。


 ナツが僕の現れた時点で、いずれ帝国に深くかからざるを得ない時が来るとは、ずっと考えていました。


 ナツが僕のことを『兄』と呼ぶ理由。それがはっきりすることによって、僕のルーツも同時に探れるのでは――と、そういった目的があるのも、チココの願いに応じた理由の一つです。


 カレンさんは、僕が『どんな僕』でも受けて入れてくれるはずです。しかし、それでも僕は、自分自身が『なぜ』、『どこで』、『どのようにして』産まれたのかを知りたいと思っています。

 

 なぜか――それは、僕は将来的にカレンさんと結婚をしたいと思っているからに他ならないからです。


 結婚というのは、僕とカレンさんが家族になるだけでなく、カレンさんの父親であるガーレス総隊長とも家族になります。結婚とは、当事者だけでなく、そこに付随する人達とも親族として繋がることを意味します。


 僕と結婚することで、カレンさんに何かをあきらめさせたくない――だからこそ、僕は自分が本当は何者なのかを知っておきたいのです。


 全ての真実をさらけ出して、その上で結婚を皆に認めてもらい、そして祝ってもらう――これが、僕の考えているカレンさんとの理想の結婚です。駆け落ちなんて絶対にしてあげません。


 それが、僕が帝国行きを決心した一番の理由でした。それについては、まだ誰にも――それこそカレンさんにさえ打ち明けてはいないのですけど。


「敵いませんわね、ハル様には。まあ、そんなところも私は大好き抱いてという感じ……ゴホンゴホン」

 

 姫にあるまじき言葉は聞かないでおくとして、ひとまずこれで許可は頂きましたので一安心です。


「ですが、この話は極秘裏に進めます。第四分隊にも、第一分隊にも、それから他の分隊のどの人間にも、この話は口外禁止です。ガーレスも、それでいいですね?」


 全ての話を姫様の側でじっと聞いていた総隊長が、そのまま黙って首を縦にふりました。本当は総隊長にも聞かせるつもりはなかったのですが、しかし、今回帝国へ潜入するメンバーから考えると、話を『お父さん』にも通しておかなければなりませんでした。


「――そんなに心配しないでください、おと……いや、総隊長。私はあくまでハルの身に危険が及ばないようにするための保険です。無茶はしません。ですから安心してください」


「うむぅ……」


 カレンさんから『今回ばかりはハルについていく』と宣言した時点で、もちろん総隊長は大反対に回りました。嫁入り前の娘を危険な目に遭わせたくないという『親心』と、それから、カレンさんが抜けることによる騎士団が被る『損害』という打算あってのことですが、どれだけ説得してもカレンさんは頑として意見を変えることはありませんでした。


 今回帝国に潜入するにあたり、おそらくは他の十三星との戦いは避けられないでしょう――これまでの話に出てきている【女王クイーン】、【人形使パペットマスター】他、まだ正体の掴めないメンバーと戦うにあたり、カレンさんは絶対に必要なわけです。


「ハル――今回ばかりはお前に娘を預ける。もし娘に何かあってみろ――その時は、直々に私が殺してやるからな」


「――わかりました」


 それについては重々承知です。


 僕としても、帝国でカレンさんには傷一つつけさせるつもりはありません。


 そのために、僕も今回ばかりは初めから全開で行くつもりです。


「――よし! 姫様と総隊長の許可が取れたことだし、早速出発の準備に取り掛かるぞ。マドレーヌや他の分隊のメンバーには、私から言って適当にごまかしておくから、お前たちは備品アイテムの買い出しなどを頼む」


 そう言ってすぐに立ち上がったカレンさんは、その他の潜入メンバーである僕やナツ、それにチココを置いて、第四分隊のある地下へ続く階段を駆け下りていきました。


「ねえお兄ちゃん。あの人、なんであんなに上機嫌なの?」


「あはは……まあ、カレンさんにも、僕がらみで色々とあったからね」


 僕が共和国に単身赴任した時などを考えるとわかりやすいですが、実は、事の始まりからカレンさんと僕が行動を共にするのは何気に初めてだったりするのです。


「僕も――カレンさんに負けないよう頑張らないとな」


 やる気を漲らせている想い人の背中を見つめながら、僕は密かに自身の気を引き締めなおしていたのでした。

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