2 今回ばかりは頭からついてくる女騎士がかわいすぎる件 1


 女同士の激しい罵り合いが騒がしい同期会の会場から離れると、僕とナツは、チココとともに人通りのない路地裏のほうへと場所を移しました。


「――それじゃあ、詳しく話を聞かせてもらえるかな?」


 人払いの魔法がきちんと発動したのを確認した後、僕は燃え盛る炎のような赤髪の召喚術師のほうへ向き直ります。


「はい――」


 僕達に声をかける前からすでに決心はついていたのでしょう――その翡翠の瞳をまっすぐにこちらへ据えて、チココはゆっくりと口を開きました。


「では初めに……ハル先生、『帝国』という国そのものができたのがいつになるかは覚えていらっしゃいますか?」


「えっと……騎士学校時代に授業でちょっぴり触れただけだからうろ覚えだけど……確か百年ぐらい前だったよね? 東側の大陸で起こっていた戦争をほぼ一人で解決して国を統治したっていう――」


 建国されてから千年以上の長い歴史がある王都と比較して、帝国は、まだ誕生して日の浅い国です。


 それ以前、東の大陸は八つの地域と数十の国に分かれて覇権争いという名の戦争に明け暮れていました。


 国境付近にある街や村は荒廃し、生きている人間よりも死んでいる人間のほうが多いような、血の匂いが常に漂っている――そんな地獄のような状況が続いていたある日、突如現れた一人の『英雄』が、大陸の人々の希望の光となったのです。


「それが帝国の初代国王――確か、呼び名は……」


「【勇者ブレイバー】です、ハル先生」


「あ、そうそう勇者ブレイバー。物凄く強くて、どれだけ巨大な軍勢だろうがたった一人で立ち向かって、その上で勝っちゃうっていう……」


 一説によると、気合だけで百人の屈強な兵士を吹き飛ばしたり、一度魔法を唱えれば小国を一瞬で消し飛ばしたりと、まるでおとぎ話のような存在だったよう。


「一人、っていうのはちょっと違いますね。正確には、勇者と、その従者である十二人の計十三人。といっても、それでも十分すぎるほど凄いことなんですが」


「――しかも、その十二人は全員女の子だったみたい」


 ナツがチココの話を補足するように割って入ってきました。


 その情報から推察すると――。


「勇者を含んだ十三人――だから、十三星ってこと?」

 

 チココは頷きました。


「そうです。帝国は、この十三の称号を持つ人達によって建国され、政治の権限についてもすべてこの十三人の『称号持ち』に全て委ねられています。ハカセの【教授プロフェッサー】や私の【召喚術師サモナー】――当時の創設メンバーの女性達になぞらえて」


「それじゃあ、政をやるような議会っていうのも――」


「もちろんありません。『文句があるなら力で示せ』――それが初代国王である【勇者ブレイバー】が一貫して言っていたこと。従者である先代の少女達は、彼が言うならと、盲目的に従うだけでしたから」


 チココの話を聞くたび、おぼろげながらにしか把握できなかった『帝国』の内部が、僕の中ではっきりと輪郭を持ち始めました。


 あまりにも行き過ぎた『力』に対する信仰――だからこそ、共和国の事件における死霊術師や意志をもつ木人形、そしてナツなどの存在が生み出されたのでしょう。そして、おそらくその他にも隠されていることがあるはずです。


「それでチココはいったいお兄ちゃんに何をさせたいの? あの人――【女王クイーン】のことを止めたいのなら、自分でやればいいんじゃないの?」


「私も、初めの内はそうしたいと思ってた。でも、今のあの人は、私の話は聞いてくれないし、私の力じゃ敵うはずもない」


 そうして、チココの目が僕をまっすぐに見つめてきました。


「ハル先生なら――【教授プロフェッサー】を再起不能にしたハル先生だったら、もしかしたら止められるかもしれないって。ハカセから、先生の『光剣』の話を聞いた時にそう思いました」


 言うと、チココがその場に跪き、ちょうど土下座のような格好で頭を下げてきたのです。


「――お願いです、ハル先生。わたしにはもう先生しか頼れる人がいません。お姉ちゃんも、それに【人形使パペットマスター】も、『叶わぬ願い』を実現するためにおかしくなってしまった。十二番目の私じゃ、お姉ちゃんの二番煎じ以下でしかない私じゃ、もうどうすることも……!」


「ちょっと待ってよ、チココ。君の願いが本気であることは分かったけど、僕としてもそれだけじゃ判断できない。だから今はとりあえず落ち着こう……ね?」


 興奮気味のチココを宥めつつ、僕はこれまでの情報を整理し直しました。


 とにかく、簡単に言ってしまえば、チココの姉である【女王クイーン】を始めとする、その他のメンバーの暴走を止めて欲しい――と、そんな感じで理解すればいいはずです。


 ですが、もちろんそれを安請け合いするわけにはいきません。


 女王、というぐらいですから、相手はおそらく帝国のトップか、それに最も近しい人間です。それに多分ですが、そんな人を止める方法は一つしか――そう、力づくで止めるしかないと思われます。


 王都の騎士と帝国幹部の戦い――となれば、大規模な戦闘となるのは必至。


 この国の中では多少腕に覚えのある僕ですが、それでも僕は近衛騎士団という大きな一団に所属する下っ端でしかないのです。


「もちろん私もハル先生に全面的に協力します。いまから王都側に寝返っても全然構いませんから、ですから――」


 どうしたらいいかと戸惑うしかない僕に、チココが潤んだ瞳で縋ろうとしていると――。


「ほう……なんだか随分と興味深い話をしてるじゃないか、なあハル?」


 そんな馴染みのある女性の声――僕が最も信頼する上司であるカレンさんの声が届いたのでした。


 ――あれ? というか、人払いの魔法かけたはずなのに、どうしてカレンさんにバレたんだろう?

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