1 同期の女子会でマウントをとろうとする女騎士がかわいすぎる件

 

 ここ数週間の間、色々と騒がしかった第四分隊ブラックホークにも、ようやくいつも通りの平穏(?)が戻りつつありました。


 カレンさんの若返りから始まり、僕のことを『お兄ちゃん』と呼び慕うナツの存在や、帝国幹部である【教授プロフェッサー】のライトナさんとの対決などなど――今思えば、普段の仕事以上に慌ただしい時間を過ごしていたような気がしていました。


「お、お疲れさまです……」


 時は夕方。茜色の空が一日の仕事の終わりを告げようとする中、僕は息も絶え絶えの状態で詰め所に戻ってきました。


 朝から夕方までの仕事と言えば、なんとなく普通の勤め人と変わらないのでは、と思われるかもしれませんが、もちろんそうではありません。


 今回の僕の仕事――実は出発したのは昨日の朝のこと。


 つまり、朝から夕方までの任務をぶっ通しでやらされていたことになります。


 先の事件でカレンさんと僕がいなかったため、その埋め合わせを急ピッチでさせられているわけですが――。


「復帰後初の仕事が日跨ぎの任務とか……さすがブラックホーク、相変わらず人使いの荒さにブレがないんだから……」


 ちなみにこの後、再び深夜から出張の予定が入っています。


 その点、ブラックホークってすげえよな、最後まで仕事びっしりだもん――と独り言ちていると、僕の背中にささやかな膨らみが押し付けられました。


「――お帰りなさい、お兄ちゃん」


 勢いよく僕の背中におぶさってきた少女の正体はナツでした。


 あの時の決闘でカレンさん(十四歳)に負けて以来王都側――というか僕側についたナツは、結局、第四分隊で面倒を見ることになっていたのでした。


 半人半精霊という存在のため、初めの内は王都の魔術研究所に住まわせる案が出ていましたが、僕がいないと頻繁に精神状態が不安定になってしまい度々精霊化して暴走してしまうため、結局は今の形に落ち着いています。


 おそらくこれからは、僕と仕事を共にすることが多くなりそうです。


「ナツ、一人? ライトナさんは一緒じゃないの?」


「ハカセはお姫様のトコにお呼ばれされてる。多分、のこと」


「アイツ――チココのことね」


 ん、とナツは小さく頷きました。


 ナツやライトナさんとともに王都の土を踏み、そして先の決闘ではカレンさんを想わぬ形で手助けした少女は、事件後、宿泊していた部屋から忽然と姿を消していたのです。


 まだ王都領から出た形跡はないとのことで、今も王都中をくまな捜索しているのですが、未だその尻尾は掴めていませんでした。


「ナツ、本当に心当たりはないの? 一応、親友なんでしょう?」


「あんなヤツのことなんて、知らない。後、別にアイツは友達でもなんでもない」


 チココの支援アシストを受けたカレンさんとの勝負に負けてしまったナツは、あれ以来ずっとこんな調子でいじけていました。


 なぜ、あの時親友であるナツではなく、敵であるカレンさんに塩を送るような真似をしたのか――その理由については、行方をくらました今となっては聞けずじまいです。


 そのまま帝国に帰ったとしてもタダでは済まないだろうに――そう僕が彼女の身を案じていると、


 ――ぐ~。


 というお腹の鳴る音がナツから聞こえていました。


「お兄ちゃん、お腹すいた」


「…………」


 あまりにマイペースな自称『ハルの妹』に一瞬溜息が漏れそうになる僕でしたが、しかし、今彼女の心配をしたところでどうなるわけでもありません。


 まあ、彼女とて召喚術師サモナーとしての力は備わっているわけですから、王都内に潜伏しているのであれば、今すぐ危機に陥るということはないでしょう。


 それに、今日ばかりは僕としてもで頭がいっぱいだったりしますし――。


「? お兄ちゃん、そんなにニヤケてどうしたの?」


「ん? ああ、いや……をやるのも久しぶりだな、と思ってさ」


「??」


 発言の意味が分からず首を傾げるナツへ向けて、僕は手を差し出しました。


「今日はナツにも協力してもらうよ――大丈夫、晩ご飯は『今日の現場』で、ちゃんと食べさせてあげるからさ」


 × × × 


「ふっ、んふふ、んーふふふふ……」


 場所は変わって、王城に隣接するようにして建てられたホテルのロビー内。


 夕方とあって、上流階級の家族連れや仕事終わりの近衛騎士達などが行き交う中、一人の女騎士が、そう不気味ともいえる笑みをひっそりと浮かべていたのでした。


「……カレン、さっきから何なのその笑い声。さすがに気持ち悪いんだけど」


「ふっ、だってマドレーヌよ……今日は待ちに待った同期会なのだぞ。これが楽しみにせずにいられようか」


 カレンさんから話は聞いていませんでしたが、どうやら今日はマドレーヌさんやその他の騎士学校時代の同期の方たちとの食事会(というか飲み会?)のようです。


 これまで同期の女性達の中で唯一結婚しておらず、孤独死まっしぐらだったカレンさんにとって、こういった集まりは苦痛でしかなかったはず。


 しかし、今、マドレーヌさんと肩を並べているカレンさんは、その声から明らかに気分が高揚している様子が伝わってきていました。


 あ、ちなみにこの会話の様子は、マドレーヌさんの耳たぶに取りつけられているイヤリング型魔道具『盗聴七号改二』を介して、僕の耳にもしっかりと届けられていました。完全生中継です。


「今まで散々『ねえねえいつ結婚すんのぉ?』とか『いい人いないんだったら紹介したげよっか? バツイチ子持ちのオッサンだけどwww』とかなんとか煽られていたばかりの私だったが……今日こそ、あのクソ生意気な女どもを悔しがらせてやるっ!」


「近衛騎士団の分隊長のくせに随分と小物な発言するわねアンタ……」


 呆れたように溜息をつくマドレーヌさんでしたが、特にカレンさんを叱る様子はありません。


 口では興味ないようなことを言うマドレーヌさんでしたが、今回の同期会の情報を僕に提供してくれたのは他でもない彼女自身の口からだったのです。実はマドレーヌさんもマドレーヌさんで、これから起こるカレンさんの無双を楽しみにしている一人でした。


「――くだらないことしてるね、あの人達」


 カレンさんに気付かれないよう『二人で食事に来た良いトコの兄妹』という設定で姿を変えたナツが、出されたコース料理を片っ端から平らげつつそんなことを言います。


「……確かにそうかもね。でも、たまにはあんな風にガス抜きに一つや二つしておかないと、次いつできるかわからないから」


 ブラックホークは特に毎日の仕事で気持ちの張りつめることが多いですし、比較的落ち着いてきたとはいえ、まだまだ騒動の火種はそこかしこで燻っている状態のままです。


 元は精霊だったナツには理解できないかもしれませんが、多分これから僕達と過ごす時間が多くなれば、人間的な気持ちについても理解できるようになるでしょう。


 と、あらかじめ会場内のレストランで待ち構えていた僕の視界に、カレンさんが写り込んできました。


 同期会の面々が集まる予定のテーブルには、すでに数人の女性が談笑をしていましたが、カレンさんの姿を認めた瞬間、ピタリ、と話声が止みます。


「ん? どうしたんだみんな? 久しぶりの同期会なのに辛気臭い顔をして」


「……ちょっと彼氏が出来たくらいで調子乗ってんじゃないわよ」


 近づいてきたカレンさんにまず牽制を入れてきたのは、以前騎士学校に勤めていた時に同僚だったマイルさんでした。すでに酒が入っているのか、ほんの少し目がすわっているように見えました。


「ん? そう言うお前は、ハルにちょっかいをかけようとしてあえなくフラれてしまった『マ イ ル お ば さ ん』じゃないか!」


「! こ、こんのガキャア……!!」


 蛇のように鋭い目つきで相手を睨み付けるマイルさんでしたが、カレンさんは余裕の表情で、


「あぁ~つらいわ~、年下彼氏が毎晩のように求めてきてつらいわ~、昨日も結局三時間くらいしか寝てないわ~」


 わざとらしく伸びをするカレンさんですが――『夜』の状況は以前と変わらずご無沙汰のままです。唯一正しいのは、平均睡眠時間ぐらいのものです。


 ただ、僕とカレンさんの関係については、すでに騎士団の人達から各方面へ噂程度ですが伝わっており、


カレンに年下の、しかもかなり優秀な彼氏ができている』というのは、同期内で知らない人はほぼいないんだとか(マドレーヌさん情報)。


 ということで、それまで散々カレンさんのことを煽り尽くした面々は、皆一様に黙り込んでしまっているというわけです。

 

 カレンさん――今までにないほどイキイキとしているなあ。


「――よし、とそれじゃあ僕達はそろそろお暇しようか」


「え? 帰っちゃうの?」


 僕がナツの手を引いて立ち上がろうとすると、ナツが名残惜しそうな表情で食後のデザートを見つめていました。


「まあね。もしまたカレンさんがバカにされるようなことがあれば偶然を装って手助けするつもりだったけど、今回はその必要はないみたいだし」


 僕としてはカレンさんが楽しそうにしているのなら問題はないので、後のことは、同期会終わりで優越感に浸っているだろうカレンさんから直接話を聞けばいいだけのことです。


 そういうわけで、依然楽しそうな表情で同期相手に彼氏自慢をするカレンさんを横目にレストランから出ようとすると――。


「お帰りですか、ハル先生……それに、ナッちゃん?」


 そう、僕の背後にいるウェイトレスから声を掛けられました。


 振り向くと、そこにいたのは、メイド服のような制服に身を包んだ赤い長髪の少女。


 翡翠色の瞳が印象的ですが、いくら記憶を辿っても、過去僕のことを『ハル先生』と呼んでくれた子たちのなかで、このような目立つ容姿をした少女はいなかったはずです。


「えっと、君は……?」


「あ、やっぱりハル先生はわからないですよね。『この姿』を見せるのは久しぶりですから……」


 突然のことに訳がわからない状態でいると、僕の隣を歩いていたナツが僕を守るようにして一歩前に出、


「――チココ、今更何しにきたの」


 と冷たい声で言い放ったのでした。


「えっ、チココって、あのチココ……?」


「はい。あのチココですよ先生。今は元の姿に戻っちゃってますけど、きちんとメイクすれば、ハル先生が思っている『いつものチココ』になれますよ?」


 確かに声だけ聴けばわからなくもないですが、見た目や立ち振る舞いからはまったくの別人にしか思えません。


 出会った時の姿と現在の姿がかけ離れているため未だに信じ切れていませんが、親友であるナツがそう言っているので間違いはないのでしょう。


「それで何か用……というか、僕達の前に姿を現してもよかったの? 一応、君は王都内ではお尋ね者になっているんだけど」


「はい。元々、ハカセやナッちゃんを置いて帝国に逃げ帰るなんてことは考えていませんでしたし。それに、ハル先生にお願いしたいこともありましたから」


 言って、チココの服装がウェイトレスから魔法師へと戻りました。


 そしてさらに瞳に輝く『Ⅻ』の魔法文字――。


「帝国近衛騎士団所属、【召喚術師サモナー】として、お願いがあります――ハル先生、私のお姉ちゃん――【女王クイーン】のことを止めてくれませんか?」

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