27 蒼く煌いた女騎士がかわいすぎる件


 僕は、いったいこれまで何をしていたのでしょう。


 意識自体はもちろんずっとありました。これまでやらかした数々の失態の記憶だって、自分自身の判断でやったことです。

 

 女王に何かされた感覚はありました。抗えようと思えば、出来たかもしれない。


 でも、僕のなかに植え付けられた【勇者ブレイバー】の記憶が、その判断を誤らせてしまいました。


 アスカさん、チココ、ミライさん、それに他の面々たち……そうした女の子たちと冒険し、絆を深め、時には男女の仲になってしまいかけた時の記憶が。


 僕はなんて汚らわしい人間なのだろうと思いました。


 初めはアスカさんのことが好きだったはずなのに、そんなことをすっかりと忘れて、目の前に現れたカレンさんにアプローチを重ね、あまつさえ結婚までしたいなどと言い放った愚かさ。


 まったく、どんだけクズな浮気野郎なのでしょう。


 できることなら、今すぐこの場で自分のイチモツを斬り落としてやりたい。


 でも、そんなどうしようもないクズ男の僕を、カレンさんは、前と変わらず、好きと言ってくれました。


 僕がどれだけ拒絶しようとしても、冷たい態度をとっても。


 カレンさんは、一切あきらめることなく、僕のことを追いかけて捕まえてくれたのです。


「カレンさんはやっぱりずるいです……本来、これをするのは僕でなきゃいけないのに」


「そうかな? 本ばかりで経験なんてまるでないから、私は、そういうのはよくわからん」


 僕をすっぽりと包み込むカレンさんの温度が、今はとても心地いい。


 僕ももう、二度とカレンさんから離れたくない。


 こんな変な力いらない。騎士になんてならなくてもいいし、男として立派になるのなんてもうヤメだ。


 僕にはカレンさんがいれば、それでいい。他にもう何もいらないんだ。


「くっ、何を二人で勝手に盛り上がって……!」


 王の炎に搦めとられているアスカさんが、力なく呟きました。


 それを見て、鈍感な僕もようやく気づきました。


 どうやら、僕は『ハズレ』だったらしいと。


 勇者は女王との別れに際に言っていました。『どんな形でも、必ず戻ってくる』——そう、たとえそれが、女性の姿を——カレンさんの姿をしていたとしても。


「すまないな、アスカ。お前が手塩にかけて育てたハルに執着する気持ちもわかるが、この子はもう私のものだ。だから、お願いする。この子を、私にくれ」


「ダメよそんなのっ……それを認めたら、これまでの私はいったい何をしてきたとうのっ……あの人の約束のために、どれだけ私は人間をやめてきたとッ……!」


「全部わかっている。それも、あの『少年』から聞いた。私をずっと見守り、私の力の源泉となってくれていた『王』の魂によってな。正確にいえば、本来のカレンの魂にくっついているだけらしいが」


 どうやら、カレンさんにも色々と複雑な事情が絡んでいるようです。そういえば、カレンさんの出生自体も、よくよく考えてみれば謎に包まれてましたし。


 そう考えると、やっぱり僕とカレンさんは似たものどうしのお似合いカップルだったのかもしれません。


「だろうな、だから。そのかわりに、お前にはこれをくれてやる」


 言って、カレンさんがアスカさんへ向けて手をかざすと、それまでカレンさんの体内で燃え盛っていたはずの蒼炎が、ゆっくり、人の形となってアスカさんの前に現れたのです。


【ごめんな、アスカ。遅くなった】


 少年の姿となった炎が呼びかけると、女王が恐る恐る、その少年の顔に手を伸ばしました。


「あなた、なの?」


【ああ、本当はもうちょっと早く戻ってくる予定だったんだけどなあ……意外にオレに相応しい器だったり、オレの魂と結びついてくれる気のいいヤツが見つかんなくてさ。いや、本当にごめん。この通り】


「全然、元に戻ってないじゃない……それじゃあ私達と似たようなものよ」


【そうか? そういえばお前のほうは、随分変わったよな。雰囲気だけは前に似せてるみたいだけど。わざわざ髪まで赤く染めてるし】


「私だって頑張ってたのよ。アナタが戻ってきたときに、まったく外見が変わってたらわからないでしょう? たまに私をチココと間違えるぐらい、あなたバカなんだから」


【うわ、ひっでえ! さすがに妹と間違えるようなマヌケは晒さねえぞ、オレは】


 久しぶりの再会とは思えないほどに、会話に花を咲かせている二人を、僕とカレンさんは肩を寄せ合ったまま眺めていました。


 好きな人との会話は、自然に弾みます。それこそ、それまでの時の流れなんて止まったかのように。


「お姉ちゃん、それに、皆さん!」


「これは、一体……なにが起こったっていうの?」


 と、ここで、チココとミライが二人して様子を見に来ました。


【ん? よう、ミライ。久しぶりだな……後は、あれ? なんでアスカが二人いるんだ?】


「なにのっけからマヌケかましてんの! あれはチココでしょ。私の妹のチココ」


【ああ、そっかそっか。いや、二人ってやっぱり似てね? 俺いっつも誰が誰だかわからなくなんだよな】


「え? まさか……おにいちゃん、なんですか?」


【おお。そう呼ばれるのも懐かしいな。おう、そうだぞチココ。お前のおにいちゃんだ】


「っ……おにいちゃん!」


 ニコリと屈託なく笑った若かりし頃の少年に、チココは泣き顔になって抱き着いていきました。


【おいおい、今の俺はこう見えても炎なんだぞ。そんなに抱き着いたら、全身火傷じゃすまないってのに】


「いいもん! 火傷しても構わない。私だって……ずっとずっと、お姉ちゃんに負けないぐらい、お兄ちゃんに会いたかったんだからぁ~!!」


 そう言いつつも勇者は、召喚術師の頭を優しく撫でています。


 彼の最期の看取れたのは、女王であるアスカさんのみでしたから、彼としても、その妹であるチココのことが気がかりだったのかもしれません。

 

 それは、もちろんミライさんについても。


【お前はいいのか? ミライ】


「……いいわよ。私はこの子たちほど情熱燃やしてたわけじゃないもの。ただ、何も言わずにいったアンタに、一言言いたかっただけよ」


【ふ~ん。で、何を伝えたかったんだ?】


「好きよ。私だって、アスカやチココに負けないぐらい……あなたのこと、ずっと。バカ、本当にアンタってバカ……!」


【ごめんな、俺もちょっと無理に力を使い過ぎた。もうちょっと、お前たちに頼ればよかったな】


 そうして、ミライさんも自然と姉妹と勇者の輪の中に入っていきました。


 幼いころに出会って、一緒に野山を駆けずりまわり、冒険し、いつの間にか国まで作ってしまった十三人のうちの、今も魂だけこの場に残る四人。


 少し遅くなったけど、果たされた約束。


【アスカ】


「うん」


「……お姉ちゃん」


「うん」


「……アスカ」


「……うん」


 三人の呼びかけに、女王はゆっくりと頷きました。


【もう、帰ろうぜ。ちょっと遅くなっちまったけど……】


「そうね。多分、私たち、ちょっとばかり遊び過ぎたみたい。それに、私ももう、ちょっと疲れちゃった」


 そうして、立ち上がった四人は、僕とカレンさんほうへ向き直り、言う。


【すまねえな、二人とも。オレは、これから三人を一緒に連れて行くよ。オレも、コイツラも、本当はもう死んだ人間だ。死んだ人間は、死んだ人間の有るべき場所に、帰らなきゃいけない】


 ほら、と勇者が女王の背中を押すと、しっかりしおらしくなったアスカさんがぺこり、と頭を下げました。


「……後処理のことを任せる形になってごめんなさい。その代わり、帝国のことは自由にしていいから。同盟を結んでもいいし、そのまま王都領にしてくれてもいい。後のことは、軍師か執政官が全部やってくれるだろうから」


「ハル先生、カレンさん……ナッちゃんのこと、よろしくお願いしますね。普段は言うこと聞かないけど、根はとってもいい子ですから」


「カレン、ありがとう。あなたがハルにしたあのプロポーズ、あっちに行ってもずっと忘れないから。あ、キャノッピ達はちゃんと王都の言うことに従うよう変更しておいたから」


 チココとミライが、女王の後に続きました。


 用意周到な彼女達のことですから、ナツへの別れの挨拶も含めて、すでに済ませてしまっているのでしょう。


【それじゃあな、カレン。今まで一緒に居させてくれてありがとう。お前の人生、途中まですっげえつまんなかったけど、ソイツのおかげでいい感じに捲れそうじゃないか】


「ああ。後は上がるだけだ。むしろ絶頂期はこれから始まるといっても過言ではない」


【ははっ、まあ、そうでなきゃ困るってモンだよな】


 死霊術で転生を繰り返していた三人の魂が、徐々に、器である肉体から離れていきました。


【じゃあな、二人とも。これから末永くお幸せに——】


 言って、少年の姿が再び燃え上がる炎に変わり三人を包み込みました。


 キラキラとした光の粒子が、空へとゆっくり立ち上っていき。


「……終わったな」


「はい、そうですね」


 残されたのは、僕達二人だけとなったのでした。


「……笑ってたな、四人とも。幸せ、そうだった」


「そうですね……ねえ、カレンさん。僕達もあんなふうになれるでしょうか? 最後に笑顔で一生を終えられるような、そんな人間に」


「なれるさ、きっと。これからそうなるよう、頑張ればいい……二人で」


 言って、カレンさんはあらためて僕のほうに顔を向けました。


「ハル、その……」


「待ってください、カレンさん。それは、僕がいいます。ですから、カレンさんは一言だけ言ってくれればいいです」


 小さく息を吸った僕は、カレンさんへ。


「カレンさん、僕と結婚してください。もう二度と、カレンさんを不安にさせません、泣かせたりしないと誓います。ですから、僕とずっと一緒に幸せになりましょう?」


 僕の差し出した手を見つめたカレンさんは。


「――はいっ!」


 人生で一番うれしそうな泣き顔で、僕のプロポーズを受け入れてくれたのでした。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


  4 悪の女幹部になってもすべてをあきらめた女騎士がかわいすぎる件 完



→ 5 エピローグ へと続く

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