5 エピローグ
すべてをあきらめた女騎士がかわいすぎる件 2
「アキト~!! こら、どこいった。アキト~ッ!!」
「げっ、トウカの奴、もうここ嗅ぎ付けやがったのかよ。結構完璧に隠れたつもりだったのに……面倒くさい妹だよ、ったく」
十三歳を迎えて、最初の春。売れないけどなぜか潰れないパン屋の息子である俺は、同じく、売れないけどなぜか潰れないパン屋の娘であり、双子の妹であるトウカから逃げていた。
今日から、俺達二人は、西の大陸に位置するこの『連邦』国の親元を離れ、北と東の大陸全土を飲み込む、世界最大国家である『王都』へ引っ越すことが決まっていた。
妹のトウカは王都立騎士養成学校へ。
そして、兄である俺は、なぜか王都の近衛騎士団に配属されてることが決まっていた。
王都の近衛騎士団といえば、世界にその名を轟かせる騎士がゴロゴロと存在する化物の棲家として有名である。
なぜだかわからないが、オレは、若干十三歳で、騎士学校を経由することのない飛び級での入団が決まったのである。
ちなみに俺は別に天才というわけではなく、いたって普通の少年である。
親の作った妙に美味いパンを食って育ち、野山を駆けまわり、たまに怪我をして、歳の割に妙に若々しいお袋の拳骨と、そして、そんなお袋よりもさらに若い、少年のような容姿の親父の小言をもらいながら、日々を平穏に暮らしていた。
魔法の才能も、剣の才能も平凡そのもの。自他ともに認める普通の男の子。
そんなオレに、この春、王都の代表であるエルルカ姫様から、手紙というか、文書というか、やたら豪華な便箋と、
『新人騎士アキトを、このたび、王都近衛騎士団へ配属することに決定した』
という、大層ありがた迷惑な辞令が届けられたのだった。
「ちょっとアキト! いつまで逃げ回るつもり? もうナツおばさんだって迎えに来てんだよ!」
「嫌だ! 俺はこのままだらだらと実家でニート暮らしをしたいんだっ! どうして十三の身空で、化物の巣窟なんかに放り込まれなきゃならんのだ。いったいどうなっているんだ。責任者、責任者を呼べっ!」
「お父さんとお母さんは仕事中だよっ! さあ、いい加減諦めてとっとと降りてこいっ! これから懲役数十年の、社畜生活を受け入れるのっ!」
「嫌だああっ! 児童虐待っ! 若い労働力を不当に搾取するな、この王都めっ!」
というわけで、出発を本日に控えた今、王都近衛騎士団新人騎士(仮)である俺アキトは、実家にある屋根裏部屋に追い詰められて、ささやかなる抵抗を繰り広げていたのだった。
王都の近衛騎士団に配属となれば大変名誉なことで、所属先によっては俺としても喜んでいくつもりだったのだが。
「第四騎士分隊、黒翼の鷹、通称ブラックホーク……なんだって俺がそんなことろに配属されにゃならんのだ」
俺の配属先に内定しているのは、その中でもいわくつきの部隊と呼ばれる第四騎士分隊だった。その仕事の激務さから、ほんの数カ月の間に隊長や隊員が何人も入れ替わることは日常茶飯事で、退職者の半数以上は『しばらく自然の囲まれた場所で静養が必要』だと医者から診断を受けるほどの、超絶ブラック職場だったのである。
「うう、どうせ行くならナツおばさんのいる本隊とか、ガーレス爺ちゃんが居たっていう
俺達家族が住んでいるのは西の『連邦』だが、爺ちゃんや叔母さんといった親類たちは、今も王都に住んでいる。
昔は親父もお袋も王都に居たらしいが、結婚した後、なんのあてもないはずの連邦へと引っ越し、それと同時にひっそりと、小さな村の集落の一角で、『売れないけどなぜか潰れないパン屋』の経営を始めたようだ。
親父もお袋もあまり昔のことは言いたがらないけど、多分、二人とも騎士をやっていたのだろう。
まあ、その間に産まれた俺は平凡だから、どうせヒラ階級で大したことない戦歴だったのだろうけど。
「わかるよ、アキト。私でも、あんなところで二度と働きたくないもの」
「ね、ナツおばさんもそう思うでしょ。だいたい、どうして王都の姫様は、こんな俺なんかに目をつけ、っておばさん!? いつのまにここに来たの?」
「アキト、あんたは私を舐めすぎ」
そういえば、おばさんは雷の魔術が得意なことを今更ながらに思い出した。極め過ぎて、なんか自分が雷撃そのものになれるとかなんとかで、まだ小さいころの俺に語ってくれていた。
ナツおばさんカッケー! と、まだガキの頃の俺は言っていた気がする。
であれば、突然の俺の元に現れても何の不思議もない。
「って、なに一人勝手に納得してんだ。おばさんがここに来たってことは、つまり」
「……そういうことだよ、アキト」
がしり、とナツおばさんが、俺の足を乱暴に掴んだ。
「うわああ、助けておばさんっ! オレ、まだ死にたくないんだよ~!」
「安心しなさい。死にかけて心臓が止まりそうになったら、私の電撃で生き返らせてやるから」
「むしろ死なせてくれ~!?」
そうして、俺の必死の抵抗むなしく、俺は、妹のトウカとともに、荷馬車にのってゆらゆらと市場、ではなく王都へと向かっていったのだった。
× × ×
「連れてきました、姫様」
「ナツですか? アキト君は無事、連れてきましたか?」
「はい。ちょっと抵抗されましたけど、今はすっかり大人しく」
「……ぐるぐる巻きに縛られてりゃ、そりゃ大人しくもなるってもんですよ」
数日ほど馬車に揺られて、ようやく俺の身柄は王都へと移された。
半ば拉致された形となった俺が、ナツおばさんに連れてこられたのは王都の中心部にある姫様のお城。
これからすぐに任命式を行うとのことで、一息入れる間すらない。
ガーレス爺ちゃんのもとでたっぷりと甘やかされているだろうトウカがうらやましい。俺も爺ちゃんのところに住みたかったが、新人騎士は大抵、独身寮という名の監獄にぶち込まれるらしい。
ああ、野山を駆けずり回った十三年の人生よ、さようなら。
そして、ようこそ。地獄のようなクソッたれの騎士生活。
「あら……あなたがアキト君ね。こんにちは、私はエルルカ。この国の代表兼、王都近衛騎士団の団長を務めています」
「あ、あの……ど、どうもこんにちは」
俺は少しどもりながらも、姫様へとあいさつを返した。本当なら騎士団への任命なんて取り消してもらいたいけれど、所詮、心はいつだって小市民の俺。こんなところで『搾取反対!』とシュプレヒコールを上げて処刑されるようなバカではない。
「ふふっ、実はあなたが産まれた時にちょっとだけ抱かせてもらったんだけど、やっぱり覚えてないか」
「え、俺のこと、知ってるんですか?」
「ええ、ようくね。やっぱり男の子だけあって、お父さんにそっくり。ふふ、お父さんのほうは失敗したけど、息子のアキト君は、今度こそは私がおいしくいただいて……」
「……姫様」
「っ! ……お、おほん。すいません、ちょっと地が」
ナツおばさんがやんわりと注意すると、正気を取り戻した姫様が、口の端から垂れた涎を拭いながら、佇まいを直していた。
あれ、なんだろうこの違和感。イメージしてた厳格な『王都』の姿とは、ちょっと違うような気がする。
と、ここでもう一人、俺の見知った顔が姫様の部屋へと入室してきた。
「ふむ……しばらく見ないうちに大きくなったな、アキト」
「あれ? 爺ちゃん、どうしてここに?」
「少し前に現役は退いたが、仕事自体はまだ続けているからな。今はエルルカ姫の参謀役といったところだ」
やった。爺ちゃんの後ろ盾があれば、もし騎士生活で辛いことがあっても泣きつけばいい。そうすれば、職場を変えることだってわけないはず。
「アキト、もしお前が『私に泣きつけばいい』という考えでいるなら、それは捨てるようにな。いくらアキトがかわいい孫でも、この国の騎士であることに変わりない。ビシビシ鍛えていくから覚悟しておけ」
「…………」
おっと、早くも十数秒で希望は打ち砕かれたみたいだ。死にたい。
「ところでガーレス、レッカはどうしたんですか? 姿が見えないようですが」
「すみません、分隊長は今、仲間の代わりに緊急の任務に出ているようでして。すぐ戻ってくるといっていましたが……」
「まったく、相変わらずですね彼女も……」
あの人にそっくりね、と、姫様が溜息をついたところに。
「す、すいませんっ! 第四分隊、分隊長レッカ。ただいま参りました!」
どたとだと慌ただしい足音を立てて室内に滑り込んできた女騎士がいた。
「慌ただしいですよ、レッカ」
「……も、申し訳ありません、姫様。ちょっと急病で欠員が出てしまいまして、その対応に追われておりました」
「レッカよ、大事な任命式に遅刻するとは何事だ。そういう時は部下を頼れといつも言っているだろう」
「すいません、参謀殿。しかし、最近入ってくる連中はいささか頼りなく……はあ、小さいころに私が憧れた鬼の第四分隊は、いったいどこに行ってしまったのか……」
どうやら、この人が俺の所属する分隊の隊長のようだ。今は背後にいて声しかわからないけれど、なんだか頼りなそうに思える。
「そういうことなら、レッカ。今日、あなたの隊にうってつけの人材が入りますよ」
「新人、でございますか?」
「ええ。ガーレスの孫であり、騎士団の中でも数々の功績を打ち立てたあの伝説の騎士の息子ですよ」
「え?」
そうなの? 俺、売れないけどなぜか潰れないパン屋の息子じゃなかったの?
姫様の言葉に、先に驚きをあげたのは、分隊長であるレッカさんではなく、なんと俺の方だった。
「……そうなのですか? 王都にそんな子供がいるとは、聞いたことがないんですが」
「アキト君の両親は、結婚後すぐに連邦に移り住みましたから。知らないのも無理ありません」
「レッカ、アキトをくれぐれもよろしく。よろしくしなかったら、どうなるかわかるよね?」
「ナツ先輩……了解しました。このレッカ、もうすぐ三十の大台に乗って婚期を完全に逃したその体に鞭打っても、アキト君を立派な騎士に育て上げて見せましょう」
二十九歳の女騎士さんか……しかも独身の。まあ似たような年代の人ならナツおばさんもそうだし、別に不思議じゃないといえばそうだが。でも、胸張って言う内容じゃ決してないと思う。
本当にこの人のところで大丈夫なのだろう?
そう、俺がレッカさんのほうを振り向くと。
「あ……」
その時、言いようのない胸の高鳴りが、初めての感覚が俺を襲った。
「ん? どうかしましたか、アキト君?」
首を傾げるレッカさんは、ハッキリ言って美人だった。
後ろに纏めた神秘的な黒髪はもちろん、傷一つない綺麗な白い頬と切れ長の黒い瞳、それから形のいい薄い桃色の唇。スタイルの良さは、鎧の上からでも十分に判別できた。
目の前の姫様や、ナツおばさんも確かに綺麗な人だけど、なんというか、レッカさんは、俺の好みのど真ん中にバッチリ収まっている人だった。
こんな人が婚期を逃しているなんて。王都の男たちは、いったい何を見ているのだろう。
「あの、れ、レッカさん!」
「はい、えっと、どうしましたかアキト君?」
「あの、俺、これから頑張りますから……ブラックホークだろうがなんだろうが、頑張って立派な騎士になって見せますから、ですから――」
どうしてこんなことを口走っているのか、自分でもわからない。
だが、なんとなくこのチャンスだけは逃してはダメだ、と本能が告げている気がしたのだ。
「れ、レッカさん! お、俺と、俺と……つ、付き合ってくださいッ!!」
「ふ、ふにゃにゃ——!??」
突然の俺からの告白に、素っ頓狂で可愛らしい声を上げたレッカさんを見て、俺は思った。
もっと、この人の可愛いところが見てみたい、と——。
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→ すべてをあきらめた女騎士がかわいすぎる件 完
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