EX4.1 ライバルになってもすべてをあきらめた女騎士がかわいすぎる件

1 婚約者と職場が別になる女騎士がかわいすぎる件


 さて、僕とカレンさんの双方ともに命を懸けた帝国との戦闘が終わりを告げてから、しばらく。


 実権を握る十三人のうちのほぼ半数がいなくなったことにより、いったん帝国は王都の領地とすることに決まりました。


 これからは、姫様や、共和国のリーリャ、そして、残った帝国幹部『十三星』のうちの何人かで細かく詰められることでしょう。


 ただ、そんなことは、今の僕と、それからカレンさんには関係のないことでした。


「んふ、んふふふふふ……」


 ブラックホークの職場は、まあ、相変わらずでした。

 

 隣国の脅威がなくなっても、やっぱりどこからともなく仕事は舞い込んできますし、むしろ帝国が領地になったことで、それまで近衛騎士団が赴くことのなかった場所が新たに追加され、余計忙しくなってしまったのです。


 副隊長のマドレーヌさんは相変わらず書類の山とにらめっこしていますし、隊に入って随分馴染んできたマルベリも、部屋が同室で仲良しの共和国戦士エナと、一緒にぜえぜえ言いながら詰め所と任務を往復していました。


 引き続き僕の妹として王都に残った半精半人のナツですら、今は文句を言わず、淡々と仕事をこなす毎日で、


「……全員目が死んでるんですけど……そんな中でも、幸せいっぱいですね。カレンさん?」


「え? なんか言ったかハル?」


 当の隊長さんは、そんな状況の中でもきらきらと輝く笑顔をウザいくらいにみんなに振りまいていました。


「んふふ……この左手薬指にかがやく婚約指輪の輝きよ……おい皆! 見てみろこのまばゆいばかりの愛の結晶を。これを見れば、たちどころに疲れなど吹っ飛んでしまうぞ!」


 カレンさんの指にはめられているのは、女王との最終決戦を終えた後に、僕の給料と貯金をすべてつぎ込んでプレゼントした婚約指輪でした。


 安月給のため、そんなに高いものは用意できませんでしたが……それでも、プレゼント以来、カレンさんはずっと暇を見てはああやって、うっとりとしているのです。


 まあ、他からしたら相当にウザいわけですが……僕にとっては、そんなカレンさんも大好きだったりするのです。


 ウザかわカレンさん。


「おばさんさぁ……いつまでクスリキメたようなセリフ吐いてんの? タイチョーと婚約したのが死ぬほど嬉しいのはわかるけど、いい加減ウザいから、もうやめてくんない?」


「ちょ、ちょっとエナ……!」


「マルは黙ってなよ。ってか、ジブンだって『さすがにいい加減にしてほしいですわ』って私に愚痴ってたじゃん」


「そ、それは確かにそうですけどもっ……隊長に向かってそんな口の利き方」


 我慢の限界だったのか、相変わらず仲の悪いエナが、マルベリの制止も聞かず、乱暴な口調で文句をつけてきました。


 普段は、ここで『むきー!』となって取っ組み合いの喧嘩に発展するのですが、


「ん? ああ、すまんエナ。もうすぐ三十のおばさんだというのについ舞い上がってしまって、調子に乗ってしまった。以後気を付けるよ」


 と、カレンさんは、大人の余裕でスルーするのです。


「いや、まあ……わかればいいんだけどさ」


 これが『婚約』という言葉がカレンさんにもたらした魔力なのでしょうか。これまではカレンさんへ行ってはいけない禁句ワードベスト5(僕、ハル調べ)に余裕でランクインし、口に発した瞬間ぶった切られることうけあいの『おばさん』を、こうも余裕で受け流せるなんて。


「大人になったな、カレンさんも……」


「……お兄ちゃん、今の言葉、ちょっとガーレスおじさん臭い」


 しみじみとそう呟いた僕に、ナツがぼそりと突っ込みを入れてきました。


 どうやら僕も、カレンさんと正式に結婚の約束を結んでおかしくなってしまったみたいです。


 しかし、それは仕方のないことなのです。


 今、僕とカレンさんは、幸せの絶頂期なのです。


 付き合う前、そして付き合い始めた後。僕の出自から始まり、単身赴任に帝国の影、カレンさん14歳若返り事件とあって、そして最後に女王率いる帝国との決戦で、ついに明らかになったカレンさんと僕の秘密。


 そんな幾多の壁をいくつも二人で乗り越えて、そして最後にようやくつかんだものですから、何度もいいますが、ちょっとキマった感じになっても仕方がないんですよ、と。もうあきらめてくださいよ、と。


「ああもう、そこのバカップルは放っておきなさい。私は、もうあれらにとやかく言うのはあきらめたから。ほら、アンタらさっさと仕事、行ってきな」


 しかし、マドレーヌさん以下隊員の方からも大分『なんだコイツら……』臭が強まっているのを感じるのも事実なので、いい加減フラットな状態に戻らなければ、いけません。


 幸せなのは結構ですが、惚気も度が過ぎれば鬱陶しいですからね。


 と、そんなことを色々と考えていると、


「――ハル様、ちょっとお話よろしいですか? あとはそうですね……カレン、マドレーヌも」


「エルルカ様?」


 騎士鎧を着用しているエルルカ様が、僕のほか隊長職の二人を扉の向こうから手招きしていました。


 今は関係各国との会議ばかりで超多忙であるはずですが、そんな彼女がわざわざブラックホークまで出向くとは、一体何の用事なのでしょう。


「姫様……その、ハルに何かご用ですか? 今のところ、これといって緊急なことはなかったはずですが」


「ええ。皆の頑張りのおかげで、特には。ですが、ハル様、それからカレンにとっては、ちょっとだけ良い、いや、悪い、ですかね? 知らせでしたので……」


「「え?」」


 僕とカレンさんが同時に声をあげました。


 ただ、今更悪い知らせなど僕にも、それからカレンさんにも思い当たる節はありません。カレンさんの父であるガーレス総隊長からも、すでに結婚の許可はいただいていますし、障害となるものは、そうないように思えますが。


「幸せそうな二人の時間と空間にさざ波を起こすようで大変申し訳ないんですが」


 ひらり、と開かれた一枚紙を見せて、エルルカ様が続けました。


「ハル様……あなたを、王都近衛騎士団第二騎士分隊、通称『レッドイーグル』の新副隊長として任命します」


 確かにそれは、姫様の言う通り、二人にとって良くもあり悪くもある知らせだったのでした。

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