2 婚約者の新上司に嫉妬する女騎士がかわいすぎる件


 さて、これまで全然登場してきておりませんでしたが、僕の所属する王都近衛騎士団には、ちゃんと、一、二、三、四と分隊がございます。


 第一分隊『ホワイトクロス』。

 

 第二分隊『レッドイーグル』。

 

 第三分隊『ブルーマリア』。


 そして、第四分隊『ブラックホーク』。


 で、今回僕が副隊長として働くことになるのは、その第二分隊、『赤嘴せきしの鷲』をトレードマークにするレッドイーグルです。


「本当は私としても、ハル様とカレンは一緒の部隊にいさせてあげたかったのです……ただ、さすがに婚約者同士を同部隊に所属させるのはどうか、という話になりまして」


 姫様のおっしゃる通りです。基本はこっそりやるべき職場恋愛ですが、僕とカレンさんの場合、同僚の皆が見ている前で堂々と告白→婚約という流れになっているので、二人の関係は近衛騎士団のほぼ全員に知れ渡っています。


 今回の帝国との戦いにおける功績によって、僕の出世はほぼ間違いないものとなっていました。副隊長以上になるのは確実だったのです。カレンさん隊長、そして僕が副隊長――悪い影響も少なからず出てくるでしょう。


「しかし、第二分隊の隊長と副隊長が同時に騎士を辞めてしまうとは……あの、姫様、まさかとは思うのですが……」


 カレンさんの問いに、エルルカ様が苦い顔をして頷きました。


「ええ。対外的には『任務中の行方不明』として処理したのですが……隊長と副隊長、どうやら二人で駆け落ちしてしまったようで」


「……第二分隊隊長あのヤロウ、既婚者のくせに。奥さんより、やっぱり若い女のほうがいいってか」


「……あはは」


 騎士団の内情は疎いので、僕はとりあえず苦笑いだけ浮かべることにしました。


 騎士団ってもうちょっと健全なイメージがあったのですが……意外に中はドロドロとしているものですね。


 そんなわけで、急遽空いてしまったポストに、僕を入れてしまおうとなったわけです。

 

 本当、タイミングがいいのやら、悪いのやら。


「あれ? えっと……いっきに二人いなくなった、ってことは、隊長も新しい人になるんですか?」


「はい。近衛騎士団所属ではなかったのですが、最近行われた昇進試験で、分隊の副隊長たちを抑えてトップの成績をたたき出した人がいまして。新任ですが、その方を任命することになりました」


「へえ……」


 重ねてになりますが、王都の近衛騎士団に所属するということはそれだけでエリートとして見なされます。


 騎士学校で優秀な成績を修めて、そのまま近衛騎士団入りする――カレンさんも、僕も、マルベリだってそうです。


 そして、その中でさらに行われる内部試験をパスして副隊長なり、隊長なりになっていく……そんな中で、エリートコースからはいったん外れたはずの騎士が、もう一度そこに食い込んでくる。


 どう考えても快挙です。僕も、カレンさんも、思わず感嘆の声をあげるほどでした。


 いったい、どんな人なのでしょう。これから僕の上司になる人ですから、もちろん気になります。カレンさんと離れ離れで働くのなら、新しい上司はやさしい人がいいなあ。カレンさんもマドレーヌさんも、仕事は超スパルタさんだし。


「あの……と、ところで、なんですが姫様」


「? どうしましたカレン? まだ何か気になることでも? 第二分隊隊長クソヤロウなら、地の果てまで追いかけて、ぼろ雑巾になるまで奥様に謝罪させるつもりですが」


「あ、いえ、第二分隊隊長あのヤロウはどうでもいいです。若い女もろとも適当に滅んでしまえ……いや、むしろこの手で滅ぼしてやりたい」


 わあ、こわい。僕、この二人には絶対逆らわないようにしようっと。


「その、そういうことではなく、私が気になっているのは、ハルの新しい上司の性別というか、なんというか……」


「ああ、なるほど」


 わざとらしく、姫様がぽん、と手をたたきました。


 本来の仕事をほったらかしにしてまで、わざわざ僕と一緒に第二分隊の職場へと向かっているのは、それが理由です。


 職場が別になることで、確実に、僕とカレンさんが一緒に居られる時間が減ります。


 それまで一緒だったはずの時間を、僕は、別の隊長と一緒に過ごすことになるわけで、もし、それが女性だったりしたら、独身だったりしたら、とカレンさんは考えているのでしょう。


 その思考回路は、僕にも、姫様にもばっちりとバレていました。つまりは嫉妬です。


 新しい職場に向かう間も、カレンさんは、まるで所有権を主張するように僕の腕をぎゅっと握りしめていました。


 ああ、やっぱりカレンさんは相変わらずかわいい。


「やだなあ隊長、そんなに心配しなくても大丈夫ですって。『僕にはカレンさんしか見えません、愛してます』――毎晩ベッドの中でそう言っ……もがっ」


「ばっ……姫様の前でいきなりそんなことを言うやつが……!」


「……それだけ仲がいいのなら、大丈夫だと思いますけどね」


 こほん、と頬をほんのり染めた姫様が咳払いをして、僕の新たな職場、『レッドイーグル』の詰め所へと入っていきました。


 新しく部下となる隊員の方たちの注目が、一斉に僕へ向きました。


 まだ入隊して一年未満で副隊長への昇進は異例中の異例……ほとんどが年上の隊員の品定めするような視線が、僕の全身をちくちくとやってきました。


「どうやら、まだ到着していないようですね。それでは『彼女』が来るまで少し隊長室で待たせていただいて――」


「……その必要はありません」


 低くくぐもった声が耳に届いたかと思うと、僕のすぐ隣に、長い黒髪の女性が突如として姿を現しました。王都では見ないような、独特なデザインの赤い鎧を身にまとっています。


 姫様も、カレンさんも、そしてほかの隊員たちですら、驚きの表情を浮かべていました。すでに到着していたようですが、全員が全員の彼女がいることを察知することができなかったのです。


「……驚かせないでください、カナメ」


「はっ……」


 そう言って、目の前の新隊長であるカナメさんが、小さく頭を下げました。


 姫様に対する受け答えもそうですが、あまり余計なことを言わない人なのでしょうか。大人しいというか、寡黙な印象を受けます。


「ハル様、この人が新たに『レッドイーグル』の隊長となるカナメ。王都領の南東地域の騎士団出身です。年齢は……」


「二十八、です」


 二十八歳で、新たに隊長。と、いうことは。


「むむぅっ……!」


 女性管理職の最年少記録を破られたカレンさんの頬が、露骨に膨らんでいたのでした。

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